第43話 三

 それも、考えてみればあたりまえだろう。

「カルメンという名はマダムがつけたの。この子ったら、あんまりにも気が弱いんで、マダムがもっと強くなるようにとつけたんだけれど、なんだか、かえって名前負けしちゃっているのよね」

 ビュルが――それも本名かどうかは判らないが――、コバルトブルーの瞳を同情にゆがめる。

 気の毒にカルメンは唇を噛みしめて、いっそう気弱そうに黄色の眉をしかめている。コンスタンスまで同情してきた。

 よく見れば、顔立ちはなかなか可愛らしいのに、あまりにも気弱で陰気そうな性格がすべて台無しにしているのだ。ぎゃくにビュルの方は、美少女と呼ぶには顔が丸過ぎるが、それがかえって愛嬌になって、魅力的に思える。

 そこまで考えてコンスタンスは、ここが売春宿だということを思い出す。考えてみれば、この歳でこんな所に出入りして笑顔で楽しそうにしていられるビュルやブリジットの方が異常で、今にも泣き出しそうな暗い顔をしているカルメンの方がまともなのだということに、あらためて気づいた。

「やっぱりカルメンという名前はやめて、他の名前にしない? アンナとか、マリーとか」

「それは駄目よ」

 コンスタンスはあわてた。愛する母の名を使われるのは嫌だ。

「じゃ、なにがいいのよ?」 

 ブリジットに訊かれてコンスタンスは一瞬首をひねったが、娼婦の名といえばこれだろうか。

「『椿姫』のマルグリットは?」

 しかし彼女は最後には死んでしまう。ますます陰気になるかもしれない。コンスタンスは別の名を提案した。

「エスメラルダは?」

 この名前ならカルメンも強くなれるかもしれない。しかし、やはり名前負けだろうか。

「それか……ペリーヌなんてどうかしら?」

 コンスタンスの頭に浮かんだのは物語のヒロインではなく、憎い級友だった。大嫌いな相手の名を娼婦の偽名につかうことに、コンスタンスのなかに、ある種の復讐のよろこびがわく。だが、口はうらはらにもっともらしい説明を述べる。

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