第25話 五

「新聞社名、わかる?」

「※※新聞とありました」

 クオレは数秒考えこむような顔をした。

「……その新聞社なら、もうなくなったよ」

「え?」

「何年かまえにつぶれたはず。もともとそういう新聞社はあることないこと書きたてるものだから、嘘か本当かはわからないね。信じちゃ駄目だよ」

 コンスタンスの胸にかすかな希望がわいた。

「お母様に会って直接話を聞くのが一番だと思うけど」

「……それが、わからないんです」

 コンスタンスは紺色のスカートの膝上でハンカチをにぎりしめた。

「ママン、いえ、母は、わたしが子どものころ家を出てしまって……以来、連絡がないんです」

「ふうむ……」

 クオレが腕をくんで、そうつぶやく仕草は、どこかとりすました少年のようだ。男っぽいとか、男性のよう、ではなく、あくまでも少年っぽいのだ。子どものとき読んだ冒険小説に出てくるちいさな英雄を思わせる。

「お母様の親戚はなんて?」

「母の身内はみな地方に住んでいて、母が家を出てからは会ってません」

 言っていて、コンスタンスはだんだん背が張っていくのを自覚した。今まではなんとも思っていなかったが、どこか自分の家は普通ではないような気がする。

 しばし考えこんでいたクオレの碧の瞳が蠱惑こわく的に光った。エメラルドのよう、というよりもっと複雑な……孔雀石の色、マラカイト・グリーンを思わせる色合いを秘めて薄暗い照明の下できらめいている。

「思い出したんだけれど、似たような話をどこかで聞いた気がするんだ」

「え?」

「その……娼婦と思われて逮捕された主婦を迎えにきた夫が平手打ちしたっていう話を、どこかで聞いた気がするんだよ」

「……」

「調べてみたら、わかるかもしれない。すこし時間をくれないかい?」

「お、お願いします」

 コンスタンスは藁にもすがる思いで懇願した。もしかしたらママンのことが判るかもしれない。きっと何か事情があったはずだ。

(そうよ。ペリーヌの言っていたことなんて嘘に決まっているわ) 

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