第16話 三
(教師なんて……ちっともなりたくない。……秘書や電話交換手は……なるのが難しそう。しんどい思いをしてまでなりたくないわ)
では、何になりたいのだろう。女優か、歌手か。こういった職業は、それこそなろうと思っても簡単になれるものではないだろうし、中流以上の階級の人間からは蔑まれる。
サラ・ベルナールのような一流の女優はともかく、たいてい女優だ歌手だといえば高級娼婦と同列にされている今の時代だ。やはり名門校の学生が憧れるにふさわしい職業とはいえない。もしコンスタンスが女優になりたいなどと言えば、アガットはびっくりするだろうし、彼女の両親などは、以後娘がコンスタンスとつきあうことを禁じるだろう。
(考えてみれば、わたしって、なんにもないのよね……)
美術や音楽などの芸術方面にもそれほど興味はないし、なによりそれで食べていくのは無理だ。
芸術稼業というものは、このパリでさえもどこか堅気の道からはずれた水商売のように見られている時代である。画家は貧乏の代名詞のように言われ、中産階級の親は、趣味として楽しむぶんならまだしも、我が子が芸術家になりたいといえば大抵は苦い顔をして反対する。まして女性の芸術家は極端に少ない。三年ほどまえにやっと官立の美術学校に女子が入学できるようになったが、それも正規の学生ではなく、聴講生としての立場で教室に入ることを許されているぐらいだ。
「どうしたのよ、溜息なんかついて。教師は駄目なの?」
「……向いてないと思うわ。教師になるぐらいなら、デパートやパサージュの店員の方がいいかも」
数学の公式とにらめっこするぐらいなら、華やかなドレスを眺めている方がまだましな気もする。
アガットが困ったように茶色の眉をよせた。
勿論、本気で言ったわけではない。コンスタンスの階級の娘が店員になるのは、没落と同意味だ。そうなってしまえば、もはや学院の生徒たちとは友人同士のつきあいが出来なくなってしまい、万が一にも客として誰かが来れば、どんな顔をして対応すればいいのか悩む。
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