ローマの夜
ああ、くたびれた。なんでローマくんだりまで来てユダと二回もデートもどきをやらないといけないのよ。ホント、あれこそ世界一危険なデートだわ。あれに較べたら、素っ裸で夜のNYのハーレムを歩く方がよほど安全よ。
ガチガチの緊張が解けてお腹が空いてきた。でも今から出かけるのも億劫だから、今日はルームサービスで晩御飯を済ましちゃおう。なんにしようかな、あれ、部屋の電話が鳴ってる。
「小山様、面会希望の方が来られてますが・・・」
「わかった、部屋に通してくれる」
程なく、
「じゃ~ん、ウサギだよ」
ローマに来てもウサギ耳とはねぇ。バニースーツじゃないだけマシか。
「あれユッキーえらい疲れてるやん」
「今週、二度もユダとデートしたからね」
「そりゃ、お疲れさん」
それにしてもエライ日数がかかったな。ちゃんと旅費は振り込んだはずだけど。
「来てくれてありがとう。どうやって来たの」
「そんなものシベリア鉄道に決まってるやん」
ああ、やっぱり。
「晩御飯は?」
「今日は疲れたからルームサービス」
「ほならコトリが頼むで」
それでもグッド・タイミング。やっぱりこういう時にコトリがいてくれるとホッとする。
「エレギオンでなに掘らせたの」
「アングマール戦の石碑」
へぇ、あれを掘らせたのか。コトリのリセット感覚もホンモノかも。前にユウタにアングマール戦の話をした後は大変だったけど、かなり変わったみたい。良かった、良かった。
「泊って行くつもりでしょ」
「そのつもりでホテルは予約してへん」
ちゃっかりしてるわ。ルーム・サービスも来たので、
『カンパ~イ』
ビールが喉にしみる。
「で、撮れた」
「バッチリよ」
ああこれだ、これだ。見るのは二千五百年ぶりぐらいかな。
「コトリ、少しは読めた?」
「シベリア鉄道で考えてた」
「で、どう?」
「だいたい読めた」
コトリが知恵の女神と呼ばれるのはダテじゃないのよ。コトリこそ天才だと思ってる。たしかに知識の習得能力だけならコトリを上回るけど、発想力は及ばないのよ。ハズレも多いのがネックだけど。
「とにかく謎の文字やけど、書いてあるのはエラム語やろ」
「そのはずよ。そうじゃなきゃ、そもそも読めないし」
「そやから、まず字一個ずつに数字を割り振っていった」
そこから始めるよね。
「出てきた文字は八十個やった」
「多いわね。エラムの表音文字は六十個なのに」
エラム語は日本語と似ていて表意文字と表音文字を合わせて使うの。
「そうやねん。表意文字が混じると厄介やねんけど、数字も入ってると考えた」
「表意文字が入る可能性は?」
「まあ焦らんと」
「意地悪」
「それとやけど神韻で書いてあると思うねん」
神韻は主に祭祀文で使われるもの。色んな仕掛けが施されるんだけど、まず特定の節回しで読むと、あるイメージが頭に浮かぶようになってる。女神賛歌もそうなんだけど、たとえば、
『恵み深き主女神に感謝』
こんな感じかな。さらに本文にも仕掛けがあって、今なら縦読みみたいな感じで別のメッセージも織り込まれるの。このメッセージの読み込みは二重三重の仕掛けが施される事も珍しくないの。
神韻文は初代の主女神が得意だったけど、コトリも読むのも書くのも上手だった。わたしはどっちかというと苦手。そりゃ出来るけど、コトリみたいには出来ないもの。
「今でも書けるんだ」
「博士論文も神韻で書いたるつもり」
「なんて織り込むつもり」
「そんなもの『一発やりたい』に決まってるやろ」
はははは、コトリらしいけど、エレギオン語の博士論文なんて通るのかしら。まあユウタではそこまで読めないとは思うけど。
「でもさぁ、読み込み文はカギがわからないと読めないんじゃない」
「そこやねんけど、初代主女神は誰のために書いたかやんか。神韻が読み書きできるのはコトリとユッキーだけ言うてもエエやん」
アラッタの上位神官クラスなら読めるのもいたけど、エレギオンに移住してからは初代主女神とコトリとわたしだけになったものね。あれは初代主女神が晩年に書いたものだから、二人へのメッセージ以外に考えられないものねぇ。
「初代主女神は色んな仕掛け使ったけど、コトリとユッキーがわかるもんの可能性が高いと見た」
「それで、それで」
「まあ見てえな」
コトリに見せられたのは数字の羅列。エラム語には大文字小文字の区別は無いし、神韻で書く時は区切りを付けないから、見ただけで頭が痛くなりそう。それでも、
「特定パターンを見つける訳ね」
「そうやねん。まず冒頭部だけど初代主女神やったらどう書くかや」
「ありそうなものだったら・・・」
「それだったら文末形式も神韻なら・・・」
「そやろ、そやろ」
さすがはコトリね。
「・・・ここでこれぐらいわかるやんか。わかる部分の数字を文字に置き換えるとこうなる」
「あっ、それならここのところは決まり文句ぽくない」
「そやろ。そう仮定すると、この文字もこの文字もわかるやん」
「すごい、すごい」
「その調子でドンドン埋めて行ったら、じゃ~ん、ほら」
コトリが一枚の紙を取りだして渡してくれた。
「残ってるところがあるじゃない」
「数字か表意文字のどっちかやと思うけど、表意文字の可能性が高そうや」
さて書いてある内容だけど、たいしたこと書いてないな。
「ハズレかな」
「コトリもそう思てんけど、カギずらしで読んでみ」
神韻文の書き方の一つだけど。
「えっと、最初のところは
『そは表にあらず』
こう読めるけど、後は意味がないね」
「やろ」
「後ろから右上がりカギはずしで読んだら」
「あっ」
こ、これは・・・
『安ぜよ、
戻りし者はイナンナにあらず』
シオリが主女神として復活するってことなの。でもこれだけじゃ、
「コトリ、三重神韻の可能性は」
「見つけた。曲がりカギ外し二段跳びや」
よく見つけたものね。
『我○○を倒しけり、
されど死なず、砕けたるのみ、
そを○○に託し封ず。
されど時は永遠、
甦りたる時は我も甦らん
我が力、深く封ぜん』
これは・・・なんてことなの。
「コトリ、だったらイナンナの冥界下りの真相は・・・」
「七つに砕いたアンを冥界に送り込むためやったかもしれん」
「じゃあ、ミサキちゃんが見た七つの門は、アンの残骸を封じた場所」
ミサキちゃんの話によると、冥界の最奥部でナルメルを倒し帰る時には七つの門は廃虚と化していたとなってる。これはアンを封じていた最後の力が失われたって事を意味するでイイと思う。
「ユダがエンキドゥの秘法の痕跡を見つけたって言ってたけど」
「あれは、誰も見たことがなく、やれる者もいないよ。おそらく冥界から脱出するアンの痕跡やと思うで」
「じゃあ、あの時の最後の縦穴の崩壊が」
「その方が話に合う」
知らなかったとはいえ、取り返しの付かないことをやってしまってたんだ。
「ユッキー、なに心配そうな顔してるんや」
「だって・・・」
コトリはニッコリ笑って、
「初代主女神が死ぬ前に遺した言葉を覚えてるやろ」
「もちろんよ、神々の時代は要らないって」
「あれは神が人に対して、どれだけの事をしてたかの意味やないか」
そうかもしれない。神と言うから深遠な存在と思っちゃうけど、あれはエラン人の意識、いやエラン人とした方がイイだろう。シュメール神話では、神が働く代わりに人を作ったってなってるけど、あれはそうじゃなく、エラン人が地球人を支配し搾取してたんだ。
その地球人だって混血率はわかんないけど、エラム基地の末裔である意味エラン人。後から来たエラン人が先に住んでいたエラン人を支配してたと見ることも出来るものね。
アンは天の神としてシュメールに君臨してたのは間違いない。巨大すぎるアンの力は神々、すなわち流刑囚組のエラン人の平和をもたらしたけど、先住していたエラン人にとっては刃向う事の出来ない疫病神だったんだわ。
「ユダの言葉を信じれば、イナンナはエランでは革命の女神とまで呼ばれてたそうや」
イナンナはその矛盾に気づき革命家の血が騒いだで良さそう。革命家ってある種の理想主義者だから、エラン人がエラン人を支配し搾取する世界をぶち壊そうと考え、絶対支配者であったアンに立ち向かったぐらいだよ、きっと。アンが倒された後にエンリルやエンキが台頭するのも同様に許せなかったから倒したんだわ。
「でも、どうしてあれだけ扱いにくかったの」
「当り前やんか。革命家ってのは動乱の時代でこそ光るけど、平時には役立たずどころか、むしろ邪魔になるもんに決まってる。倒す相手がいてこそ光るのが革命家ってこと」
そうかもしれない。革命家って理想家でもあるけど、見方を変えれば現体制に極度の不満を持つ不平家だものね。それも穏当な手段じゃなく、自分の理想のために暴力も肯定してしまう人種だもの。そんな連中は平和な時代の秩序の中では浮くしかないよね。
エンメルカルから逃げた本当の理由はわからないけど、おおらくシュメールやエラムの地では自分の理想が実現しないと考えたと見て良さそう。イナンナの理想もわからないけど、ひょっとしたら原始共産主義的なものだったのかもしれない。
そう考えるとキボン川流域の豊かな地を選ばず、ビソン川流域の不毛の地にエレギオンを建国したのもわかる気がする。イナンナは富こそ不公平をもたらし、理想を妨げると考えていたのかもしれない。だから、イナンナに取ってエレギオン建国時の苦労は楽しかったのかもしれないわ。
イナンナが記憶の継承を封じた理由もよくわからないけど、後も合わせて考えるとエレギオンの栄えが見えてしまったのかもしれない。それを見たくがないために、あえて封じたぐらいかも。でもこの辺は、もうわからないな。
「コトリ、イナンナはシオリで復活するの」
「そうやろ」
「だいじょうぶ?」
「だいじょうぶって書いてあるやん」
そうだけど。
「アンって強いのよね」
「そうなってる」
「シオリで勝てるの」
コトリちゃんはビールをグイッと飲み干して、
「あの時に主女神は、その力の半分をコトリとユッキーに分けたになってるけど、あれは神の言葉でイイと思う。主女神はもっと強大な力があり、それを封じてるんや」
「そんなもの見えたことないよ」
「そりゃ、見えへんよ。力の差はそれほど違うってことや」
どんだけ! いや、だからアンにも勝ったのかもしれない。
「シオリちゃんがフォトグラファーなのは、ちょうどイイ気がする」
「どういうこと」
「あれも芸術の一つやんか。芸術ってゴールのない理想を追い続けるようなものやから、革命家にピッタリっておもわへん」
「なるほどね、既存の美を乗り越えて革命を起こし続けるのが芸術とも言えるからね」
わたしもビールをお代わりして、
「シオリちゃんはいつ来るの」
「明日ぐらいのはずだけど」
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