悪役令嬢の想い

「フ、フレデリック!?」


 私に覆い被さり見下ろしてくるフレデリックを見ながら、はげしく動揺する。


「男の部屋に行ったら、こうされるかもと考えなかったのか?」

「だってノアが、そんなことをするとは思わなかったから……」

「なら俺の部屋に来たのも、そう思ったからなんだな」

「うっ……」


 図星を指され何も言い返せなかった。


(フレデリックもこんなことしてくるなんて思わなかったから……)


 視線を逸らしていると、フレデリックが大きくため息をつく。


「お前はもう少し警戒心を持て」

「も、持っているわよ!」

「どこがだ」

「それよりも離れて!」


 私はフレデリックの胸を押し返すが、その手を掴まれてしまう。


「……テレジア、俺だって男なんだ。もう少し俺を意識して欲しい」

「……っ」


 フレデリックはじっと私を見つめ、私の手を自分の頬に添えた。

 途端、息が詰まりそうになる。


「……ノアに何かされたか?」

「え?」

「キスやそれ以上のことだ」

「さ、されていないわよ!」

「……そうか」

「まあ、キスはされそうにはなったけれど……痛っ」


 なぜかフレデリックは私の手を強く握ってきたのだ。

 さらに目を据わらせて私を見てくる。


(なんでそんなに怒っているの?)


 その瞳にはまるで嫉妬の炎が燃えているように見え、フレデリックの様子に戸惑う。

 しかし同時に疑問も浮かぶ。


(どうしてだろう? この押し倒されている状況はノアと同じなのに、フレデリックが相手だと全く怖いとは感じない。むしろ…………っ!)


 その理由に気がついた瞬間、今までで一番大きく心臓が跳ねたのだ。


(わ、私……フレデリックのことが……好き、なんだ。……だからソフィアがフレデリックに近づいてイライラしたり、フレデリックのことがいちいち気になってしょうがなかったのね)


 まるで霧が晴れたかのように自分の気持ちがわかり、目を瞬いてフレデリックの顔を見た。

 するとその顔に黒田部長の顔が重なる。


「……っ!」


 さらに私は気がついてしまったのだ。

 どうやら前世の自分は、黒田部長のことが好きだったことに。


(嘘でしょ!? だって私と黒田部長はずっと犬猿の仲で、口喧嘩ばかりしていたんだよ? そんな風に想っていたなんて……あ、でも現実の男性で気を遣わずいられたのは、家族以外では黒田部長だけだった。そっか、自分では気がつかない内に、黒田部長に対して好意を抱いていたんだ。でもリアルな恋愛経験ゼロの私には、それが好きっていう感情だとわからなかったのね。……あれ? なんだかフレデリックへの接し方って、黒田部長の時と同じじゃなかった? それもほぼ初めの方から……ふふ、もしかしたら無意識に、フレデリックが黒田部長だと気がついていたのかも)


 姿は全く違っているのに、同じ人を好きになっていた自分に笑いが込み上げてきた。

 そんな私をフレデリックは怪訝そうに見てくる。


「何がおかしい?」

「いえ、べつに」

「お前、襲われている自覚はあるのか?」

「……ああそういえば」

「くっ……だからお前は、危機感がないと言っているんだ!」

「そう言われても……」


 目の前には好きだと自覚した人がいる。

 確かにこの体勢はすごく恥ずかしいが、でも嫌とは思えない。

 激しい動悸に襲われ少し目が潤みながらもじっとフレデリックを見つめていると、そんな私をフレデリックも見つめ返してきた。


「……」

「……」


 私達はそのまま無言で見つめ合っていると、ゆっくりとフレデリックが顔を近づけてきたのだ。

 その意味を察し、私は静かに目を閉じる。

 そうして唇に吐息がかかる距離まで近づいてきた時、なぜかフレデリックは勢いよく体を起こす。

 その気配に気がつき驚いて目を開けると、フレデリックは片手で顔を覆い何度も深呼吸をしていた。


「フレデリック?」


 私は身を起こし戸惑いながら声をかけると、フレデリックは制するようにもう片方の手のひらをこちらに向けてくる。

 明らかに様子のおかしいフレデリックが心配になってきた。


「どうかしたの?」

「……あんなことがあった後なのに、襲うような真似をしてすまなかった。冷静に考えれば、俺は最低なことをしているな」

「そんなことは!」

「いや、気を遣わなくていい」


 そう言ってフレデリックは私から離れ、向かいのソファに深く腰かけうなだれる。

 私はソファに座り直しながら、そんなフレデリックを困惑しながら見ていた。

 その時、ふとあることを思い出す。


(そういえば、フレデリックには好きな人がいるんだった……)


 熱でうなされていた時に聞いたフレデリックの言葉が頭に浮かび、一気に気分が落ち込む。

 さらに胸がズキズキと痛みとても辛かった。


(そうよね。フレデリックにはフレデリックの人生があるんだもの。好きな人がいたっておかしくないよね)


 そう自分に言い聞かせ、泣きたくなる気持ちを隠して笑みを作る。

 するとそんな私を気遣ってか、ビビが私の膝に乗りペロペロと顔を舐めてきたのだ。


「ありがとう」


 そういえばフレデリックに押し倒された時、なぜかビビは部屋の角に移動していたのを思い出す。

 もしかしたらビビは、本人より先に私の気持ちに気がついて気を利かせていたのかも。

 慰めるように舐めてくるビビを見ながら、そう思えていたのだった。


「テレジア」

「あ、はい」


 話しかけられ体をビクッとさせながらフレデリックの方を見ると、もういつもの平静な様子に戻っていた。


「これからランペール邸まで送って行くが、俺が一緒でもいいか?」

「え、ええ。構いませんよ」

「そうか。もし嫌ならハッキリ言っていいからな」

「嫌だなんて……」


 正直好きだという気持ちを伝えれれば楽になるのだろうが、振られるのが目に見えてわかっているためどうしても言う勇気は持てなかったのだ。


(うん、ソフィアの件が無事に終わったら。カルーラ王国に戻ろう。だってこのままここに残っていても、辛いだけだから……)


 私は密かにそう決意し、フレデリックに連れられて部屋を出たのだった。


  ◆◆◆◆◆


 ランペール邸に到着し、フレデリックが私の手を取って降りるのを手伝ってくれた。

 その行動一つ一つが好きだと自覚した今、とてもドキドキする反面辛くも感じる。

 だけどそれを表情に出さないようにいつも通りの態度でいた。


「フレデリック、送ってくれてありがとうございます」

「いや、これぐらい気にするな。それよりも……」


 フレデリックが何かを言いかけた時、屋敷の扉が大きく開きそこからヒースが飛び出してきたのだ。


「テレジア姉さん!」

「ヒース!?」


 ヒースは私に飛びつきぎゅっと抱きしめてきた。

 その行動に驚きながらも、ヒースに声をかける。


「どうしたのヒース!?」

「テレジア姉さんの帰りがあまりにも遅いから、心配していたんだよ」

「ごめんね。ちょっと話し込んでしまって」

「テレジア姉さんの用事って、フレデリック殿下とお話しすることだったの?」


 ヒースは私を抱きしめたまま、後ろにいるフレデリックを険しい表情で見た。

 私はフレデリックの方を向いて、どう答えようかと言葉に困る。

 するとフレデリックは小さくため息をついてから、私の横に立ちヒースに話しかけた。


「すまない。どうしても定時後でないと話せない内容の仕事があってな。テレジアには残ってもらった」

「だからと言ってこんな時間まで!」

「それは俺も反省している。次からは気をつけると約束しよう」

「……ならいいですけど」


 不満そうな顔をしているが、仕事だと言われてしまってはもう文句を言えなくなってしまったようだ。


「それでヒース、デイルは在宅か?」

「お祖父様? ええ、中に居ますが」

「そうか。デイルに少し話があるからあがらせてもらうぞ」

「あ、はいどうぞ」


 戸惑いながらヒースが答えると、フレデリックはうなずき玄関に向かっていく。


「テレジア姉さん、フレデリック殿下はお祖父様になんの用事が?」

「さあ?」


 私も何も聞いていなかったので、首を傾げることしかできなかった。

 そのまま歩いていくフレデリックを見ていると、突然ピタリと足を止めこちらを振り返る。

 そしてなぜか早足でこちらに戻ってきたのだ。


「どうした……」


 私が声をかけるよりも早くフレデリックは、まだ抱きついているヒースの襟首を掴んで引き剥がしてきた。


「フレデリック殿下!? 何をするんですか!」

「ヒース、俺をデイルの所まで案内しろ」

「ええ!? 中にいるセバスに案内してもらってくださいよ!」

「いいからヒースが案内しろ」


 そう言ってフレデリックはヒースを歩かせる。

 ヒースはブツブツ文句を言いながらも、玄関に向かって歩きだした。


「テレジア、今日はもう疲れただろう。ゆっくり休め」

「あ、はい」

「おやすみ、テレジア」

「っ……お、おやすみなさい」


 優しく微笑んできたフレデリックを見て、私はドキッとしながらも笑みを浮かべておやすみの挨拶を返す。

 すると満足したフレデリックは、私に背を向け玄関に向かっていった。

 その時ヒースは、私とフレデリックを見比べすごく不機嫌そうな顔を浮かべるが、何も言わず先に屋敷へ入っていく。

 そうしてフレデリックが中に入ったのを確認すると、私も自室へ向かっていったのだ。

 次の日の朝、お祖父様とさらにお母様までもがニコニコとすごくご機嫌な様子でいるのがとても不思議であった。


  ◆◆◆◆◆


 テレジアを送り届けそのままデイルと、途中からテレジアの母親も呼び出して話をしたフレデリックは、用事を終えランペール邸を後にする。

 その帰りの馬車の中で、フレデリックは一人窓の外を眺めていた。


「とりあえずデイルとテレジアの母親から了承は得られたな。あとはテレジアの父親である、ロンフォルト公爵から承諾を得るだけか。戻ったらすぐに手紙を書くとしよう。……ああ、ついでにもう一通も書いておくか」


 城に戻ってからすることを頭の中で整理する。

 しかしフレデリックは突然大きなため息をつくと、窓から顔を離し椅子に深く座り込む。


「それにしても俺、よくあそこで止めることができたな」


 ボソリと呟き、自室でテレジアを押し倒した時のことを思い出す。


「あの時の俺はどうかしていた。頭に血が上ったからといって、ノアと全く同じことをしてしまうとは。……だが俺は、あれ以上のことはするつもりはなかった。それなのにテレジアが潤んだ目で見つめてくるから、まるで俺のことが好きかのような錯覚に襲われ危うくキスをするところだった。あれは多分、俺の願望がそう見せたんだろうな。もしあのままキスをしていたら……きっと歯止めが利かず、無理やりテレジアを自分のモノにしていただろう」


 もう一度ため息をつくと、うつむいて握った両手に頭を乗せる。


「もしそんなことをすれば……テレジアに一生嫌われていただろう。テレジアにはまだ俺の気持ちを伝えていないのだから。だがそれはまだ今じゃない。ソフィアの件が片付いてからちゃんと気持ちを伝えるつもりだ。そのためには、これからすることを絶対失敗させるわけにはいかない」


 フレデリックは再び窓の外を見つめ、決意を込めて口を開く。


「必ず成功させてみせる」


 そう拳を握りしめ、力強く言ったのだった。

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