モフモフとの出会い
屋敷に戻った私は、すぐに雹による被害を確認した。
そこでわかったことは、そもそもここら辺では雹は降らなかったということだ。
どうやら王城一帯だけにあの黒い雲がかかり雹が降ったらしい。
そのことを聞き驚いたが、とりあえず屋敷の皆や街に被害が出なかったことにホッとした。
そして舞踏会に出席されていなかったお祖父様達に、会場で起こったことを一通り説明すると、私の怪我を酷く心配されてしまう。
だけどソフィアのお陰ですっかり治ったと、傷跡もなくなった足を見せつつ話すと、今度は癒しの力が使えたソフィアの存在に驚いていた。
その後も色々聞かれてからようやく解放された私は、自室に戻り寝間着に着替え寝室に入る。
「疲れた~」
私は自分のベッドに倒れ込み、くるりと仰向けに寝っ転がった。
そしてじっと天井を見つめる。
「……ソフィア、か」
さきほどまで居た王城での出来事を思い出し、ボソリと呟く。
「『輝恋』のヒロインであるリリアーナと同じ希少な光属性の持ち主で、癒しの力が使えるなんて驚いたな~。でも……前世で『輝恋』を何度もプレイしたけど、一度もそんな話出てこなかったよ?」
難しい顔で腕を組み唸る。
「もしかしたらあまり知られていないだけで、この世界には癒しの力が使える子が結構いるのかも。今度ノアに聞いてみようかな? 確かノアも、癒しの力は使えないけど光属性だったはずだし」
ごろりと横に寝返りを打つ。
(だけどあのソフィア……ちょっと普通の令嬢とは違っていたな~。まあ確かに、元々魔法が使えないっていうことで、周りの大人達の対応が特殊だったのかもしれないけど、それにしても言動がおかしすぎだと思う。まるで全て知ってますって言ってるような感じだったし…………まさか!)
私はハッとし上半身を起こして顎に手を置く。
「私と同じ……転生者?」
口に出してみると、その考えが益々確信に変わる。
「ちょっと待って。もしそれが本当だとした場合、あの口振りと能力から考えると……彼女がヒロインってこと? いやいやそんな馬鹿な。『輝恋』のヒロインはリリアーナだよ? そもそもソフィアなんてキャラ出てきたことさえないんだけど……。でも状況から考えると、それが一番しっくりくるんだよね」
とうとう私はベッドから降り、部屋の中をぐるぐる歩きながら考え出す。
(もしかしたら……今は私の死後に出たゲーム軸なのかもしれない。あのゲーム、結構評判もよかったし、続編が出ててもおかしくないから。だとすると……攻略対象者は間違いなくあの四人だろうね)
私はフレデリック、アスラン、ノア、ヒースの顔をそれぞれ思い浮かべた。
(確かにそう考えれば、あの四人だけずば抜けて顔がいいのも納得できる。完全に乙女ゲーム定番のポジションキャラ達だもの。…………ん? じゃあライバルキャラは? おそらくあの舞踏会が初めてヒロインとヒーロー達が出会う場面だろうから、当然そこにはライバルキャラも登場するはずだよね? それなのに……悪役令嬢っぽい人いなかったよ? あ、もしかして今回はライバルキャラなし?)
そう思ったがふとソフィアの言葉を思い出す。
(あれ? 確かソフィアは私を見て『婚約者』とか『引き立て役』とか言ってたような……それに小さな声だったけど『ライバル』とか言ってなかった? それにいくつか気になることも……え? そのワードって全部、
その事実に気がつき驚きに目を瞪る。
「嘘でしょ!? また私が悪役令嬢役なの!?」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を両手で塞ぎ扉に視線を向けた。
しかしどうやら誰も隣の部屋にはいなかったようでホッと息を吐く。
(いやいや悪役令嬢が続投するなんて、私が前世でやってきた乙女ゲームの中でも一度もなかったよ? いくらなんでもそれはないでしょう。というか……もうやりたくないんだけど)
カルーラ王国での悪役令嬢時代を思い出し、目を据わらす。
「……うん、決めた。もし本当に私が悪役令嬢だったとしても、やらないから! 私はちゃんとシナリオ通りに退場してあげたんだから、これからは私の時間なの!!」
誰にも言うでもなく握りこぶしを作り、力強く言いきった。
「どうぞどうぞ、貴女達で勝手に恋愛ゲームでもなんでも楽しんでくれればいいよ。私は邪魔しないから。だから逆に私を巻き込まないでよね」
そう言って私は再びベッドに潜り込み、眠りにつくことにしたのだった。
◆◆◆◆◆
舞踏会から数日が経ち、やはりというか教会関係者はソフィアを聖女と認定し、教会で保護することになった。
だからソフィアは今、大聖堂内の居住区に住み城にも簡単に出入りできるようになっている。
(この前姿を見かけたけど、ここに居るのが当たり前のような顔で堂々と城の中を歩いていたな~)
そのことを思い出し苦笑いを浮かべながらも、仕事を終え一人帰宅途中の私は馬車から外を眺めていた。
「……あれは……っ! 止めて!!」
私はあることに気がつき、慌てて御者に声をかける。
その声に驚きながらも、御者は私の指示を聞き馬車を止めてくれた。
「お嬢様、一体どうなされ……」
「ごめんなさい。説明は後でするわ!」
「お、お嬢様!? どちらに!?」
御者が呼び止めるのも聞かず、私は馬車から飛び出し目的の場所に急ぐ。
なぜならそこでは、男達が数人寄ってたかって一匹の動物に向かって石を投げていたからだ。
「やめなさい!」
「な、なんだあんたは!?」
私の登場に、男達は驚いた顔で振り返る。
「今すぐその子を解放しなさい」
「いやだけどこいつ、この見た目だし気味が悪いだろう?」
「言っている意味がわからないわ! むしろ大の大人が寄ってたかって小さな動物を虐めて……情けない」
「なっ!? どこのお嬢様か知らねえが、俺達庶民のすることに口を出さないでもらいたいな!」
男は目くじらを立てて怒鳴ってきた。
だが私はそんな男に物怖じせず、じっと睨み返す。
するとそんな私達のもとに、御者が駆け寄ってきた。
「お嬢様~!」
「お、おいあの馬車に付いてる紋章って、王家の紋章じゃねえか?」
「え? ほ、本当だ! じゃあこの女……いやお嬢様は王家に縁のあるご令嬢ってことか!? っす、すみませんでした!」
私に怒鳴ってきた男は、青い顔で慌てて頭を下げてくる。
それを見た他の男達も頭を下げて謝ってきた。
「……謝罪はいいわ。もう弱いもの虐めはしないように。さあ行きなさい」
「は、はい!」
男達は脱兎の如く逃げ去っていったのだ。
(それにしても、城への送り迎え用にとフレデリックに無理やり使わされている王家の紋章入り馬車が、こんな所で役に立つなんて……)
私は王家の紋章である鷲のエンブレム付きの馬車を見て、苦笑いを浮かべた。
「お嬢様、大丈夫でしたか?」
「ええ、私は平気よ。それよりもあなたが来てくれて助かったわ。あのままだったら……魔法を使って懲らしめていたかもしれないから」
さすがに魔法の使えない平民相手に魔法を使っては、今度はこちらが弱いもの虐めをしているような気になっていただろう。
「……そもそも普通のご令嬢は、対抗しようとは思われないのですがね」
「え? 何か言いました?」
「い、いえ。それよりも、そいつは……」
御者はちらりとさっきまで男達が居た場所に視線を送る。
「っ! そうだったわ!」
私は急いで雪の上に立つ動物……おそらく黒い毛並みの子犬に駆け寄った。
しかしその子犬は、人間に虐められていたせいで酷くこちらを警戒し、牙を剥き出しにしてこちらに向かって唸っていた。
だけど体のあちこちがボロボロになっており、足からも血が流れていて痛々しい。
「大丈夫よ。私はあなたを虐めたりしないから」
「ウゥゥゥゥ!」
優しく声をかけ近づくが、唸り声が大きくなるばかりだった。
「お嬢様、危ないですよ! それにそいつ、ただの犬じゃないと思いますよ。そんな真っ黒な毛並みに血のような真っ赤な目の犬なんて見たことないですから!」
「見た目で判断しては駄目よ。あなたが見たことないだけで、世の中には同じような子が他にもいるかもしれないのだから」
「ですが……」
「いいからここは私に任せて」
心配そうにしている御者にそう言い、私はゆっくりと子犬に近づく。その間もずっと威嚇されていた。
それでも私は足を止めることはせず、ようやく子犬に触れれる位置まできた時……とうとう子犬は私の手に噛みついてきたのだ。
「お嬢様!!」
「っ痛った…………くない?」
噛まれたと思わず顔をしかめるが、全く痛みがなかった。
私は不思議に思い噛みつかれている手を見て驚く。
子犬の牙が数ミリ手前で止まっていたのだ。
それも子犬がわざと止めているわけではなく、その証拠に何度も口を動かし噛もうとしている。
それはまるで、手の周りに薄いバリアが張られているかのようだった。
(なんでだろう? ……まあいっか。これは逆にチャンスね)
私は噛まれないとわかると、すぐに両手で子犬を抱えあげ腕の中に収める。
すると今度は私の腕に噛みついてきたが、やはりそこも噛めなくてとうとう困惑しだしていた。
(くっ、小首を傾げている姿、可愛い!!)
前世でも実家で犬を飼っていたので、犬が大好きだったのだ。
しかし子犬がぐったりとし始めたことに気がつき、慌てて振り返る。
「ランペール邸に大急ぎでお願い!」
「は、はい!」
私の必死な様子と腕の中の子犬を見て、御者は大きく返事をすると急いで馬車に戻っていった。
私もその後ろに続き走るが、揺れで子犬の体に負担がかからないように風の魔法で子犬の体の周りに空気の層を作り揺れを抑える。
そうして私は馬車に飛び乗ると、御者は速度を出して馬車を走らせてくれたのだった。
◆◆◆◆◆
ランペール邸に戻ってから、医者を呼んでもらい傷の手当てと薬を貰った。
だけどだいぶ衰弱していたこともあり、今夜が峠かもしれないと言われてしまう。
私は自室に連れ帰り寝ずの看病をしながら子犬を見守っていたのだが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
すると私の頬を何かがペロペロ舐めてくる感触があった。
「う、ううん……」
私は目を擦りながらゆっくり顔を上げると、目の前には尻尾をブンブン振りながらソファの上に立っている子犬がいたのだ。
「え!?」
驚いてソファにもたれ掛かっていた上半身を起こすと、子犬は嬉しそうに私にすり寄ってくる。
そんな子犬を、信じられない表情でじっと見つめた。
なぜなら昨日まで瀕死の状態でぐったりしていたのに、今朝にはそれが嘘のように元気一杯になっていたから。
「す、すごい回復力ね……この世界の犬って皆そうなのかな?」
子犬の頭を撫でながらそう呟くが、ハッと思い立ち急いで医者を呼んで看て貰う。
そして医者も、子犬の驚異の回復力に驚いていた。
どうやら普通はこんなにすぐよくなることはないらしい。
それも酷かった傷まで綺麗に治っていたそうだ。
医者は不思議そうにしながらも、もう心配することはないと診断して帰っていった。
「元気になってよかったね」
「ワン!」
子犬を抱き上げながら嬉しそうに声をかけると、まるで私の言葉がわかっているかのように吠え返してくれ私の頬を舐めてきた。
「ふふ、じゃあ元気が出たのならさっそくやりましょうか。お医者様からもいいって許可を貰えたし」
「ワフゥ?」
子犬は首を傾げて私を見上げる。
「お風呂よ」
にっこりと微笑んであげた。
お風呂を終え、部屋に戻った私はぐったりとしながらソファに腰を落とす。
その私の足元では、すっかりフワフワの毛並みになり尻尾を振りながら美味しそうにご飯を食べている子犬がいた。
「犬をお風呂に入れるのって、こんなに大変だったのね」
前世の実家でいつも犬をお風呂に入れる時、両親が二人がかりで苦労していたのを思い出した。
(まあお湯を体にかけたり洗っている間はよかったよ。大人しくしてくれていたから。だけどその後が……体を乾かすためのタオルを持って、追いかけっこ大会が始まるとは思わなかった。もう完全に遊んでもらっている気満々の表情で走り回るもんだから、結局侍女達も呼んで大騒ぎになったんだよね。結果、走ったことで乾きは早かったけど……あ! そうか、私が風の魔法で乾かせばよかったのか。……今度からそうしよう)
すっかり疲れきった表情で仕事をしている侍女達を見ながら、苦笑いを浮かべたのだった。
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