第3話 画力
俺は手に持った剣をじっくりと点検する。
クレヨンで描かれ、輪郭のぼやけた剣は刃の中心が少し欠けていた。これが真剣ならば致命的な欠損だが、この剣に限ってはそれほど問題ではない。なにぶんクレヨンで描かれた剣。切れ味はもとより無い。他に問題がないか確認しておこう。
無言で点検作業をしている俺の元へ恐る恐る乃蒼が近づく。それを知りながらも俺は無視し続けた。
無視無言に堪え切れず、乃蒼が口火を切った。
「なんだか、酷い絵面でしたね!」
「……は? どこが?」
意外な一言に少しイラッとしてしまった。てっきり称賛の言葉が贈られると思っていたのに、悪態を突かれるとは。
乃蒼は苦笑いしながら答える。
「いや、その……。メイドさんを頭からズバーッと剣で叩き切るなんてあまり、その、英雄的ではないというか、R18指定の漫画っぽいというか」
俺は呆気にとられるがすぐさま反論する。
「しょうがないだろ? あんな見た目だが、こいつらめちゃくちゃ頑丈なんだぞ! その証拠に真正面から叩き切っても血の一つも流さなかっただろ? できることなら俺だってカットイン演出付きの横文字必殺技名でも叫びながら倒したかったぜ」
そう答えると乃蒼は「まぁ、そうですが……」と怯みながらも少し引いた様子で苦笑いを浮かべている。
戦闘直後の興奮も相俟ってか、ついワッと言ってしまった。詫びようと思ったが、乃蒼の視線がDIGと剣に移ると一瞬にして陰っていた顔に光が差した。
「それにしても凄いですね! それが、DIG! そしてDIGで引き出された絵! これが『二次元を三次元に呼び出す装置』!」
「――の、劣化版だけどな。厳密に言えば」
俺はひとまず落ち着き、点検を終えた剣を乃蒼に渡した。ワタワタと慌てながら乃蒼は剣を受け取る。
クレヨンそのままの質感で具現化された剣は見る者に奇妙な感覚を与える。乃蒼はすっかりその不思議な剣に魅入ってしまった。
そんな乃蒼を尻目に、俺はバインダーからまっさらな紙を取り出し、紙の表面を軽く撫でる。紙の表面は水面のように波打つ。
剣を乃蒼から取り上げ、揺らいだ紙に剣をあてがう。一瞬にして剣は紙の中に戻っていった。その動作一つ一つに感嘆の溜息を溢す乃蒼。しかし、思い出したかのように俺に問いかけた。
「『劣化版』というと?」
「あいつら二次元種を呼び出したオリジナルのDIGによって具現化したモノは
「なるほど! でも、どうしてそんな制限をつけたんでしょうね?」
乃蒼があっけらかんにそう言うと、俺はため息交じりで答える。
「オリジナルのDIG一つでこんな世界になっちまったんだぞ? そんな危険なモノほいほい作れるかよ。二次元種に奪われた時、無制限に二次元種を具現化されても困るしな。あくまでこれは二次元種との戦闘時に、一時的に俺達人間が二次元の力を使えるように改造したんだよ」
「あぁ! なるほど!」と乃蒼は力強く頷く。
本当に理解しているのか? と思いながらもバインダーをベルトに戻す。留め金をパチンと鳴らし、
「さてと、またここで騒いでたら、今度こそ残りの奴らに見つかっちまう。行くぞ」
そう言って俺は辺りを見回し、誰もいないことを確認する。そして、メイドが現れた草むらに向かって歩き始めた。
「え、ちょっ、待ってくださいよ!」
乃蒼が後ろへ続き、構わず進む俺に「あの、行くってどこへ?」と聞く。
もしかしたら奴らはまだ近くにいるかもしれない。人差し指を口元で立て、声を押し殺して答える。
「一対一ならなんとか勝てることが実証できた。だから、これから残り2人を1人ずつ『蒐集』する」
「な、なんでまたそんなことを! 折角見つかってないんだから、このまま逃げた方がいいんじゃないですか!?」
動揺に満ちた乃蒼の問いかけ。確かにごもっともな意見だ。しかし、
「奴らは3人しかいないようだったが、もっと仲間がいるかもしれない。もし俺を見つけられなかったらその仲間を呼ぶ可能性がある。そうなれば、いよいよこの山を超えるのが困難になる。そうなる前に、今いる奴ら全て蒐集する。幸い、手分けして俺を探してるみたいだしな」
「まぁ、確かにそうでしょうけど……。なんだか紫苑さんって、殺し屋みたいですね! 後ろに立たない方が良いですか? アサルトライフルとか持ってます?」
俺は鼻で笑って応える。
「たしかに後ろに立たれるのは嫌いだか……俺は殺し屋じゃなくて『蒐集家』だ。アサルトライフルも今は持ってはいないが、それも問題ないだろ? なんたって何でも作れる『絵師』様がここにいるんだからよ」
後ろから聞こえた「えっと、うぅ」という頼りない声を無視して俺は進む。
◇◆◇◆
山中の草木を掻け分けながら俺と乃蒼は残る二人の二次元種を探す。静かな自然の中、獲物を探しているのは自分たちだけではない。もしかしたらあちらも影に潜みながらこちらを探しているのかもしれない。
何時破かれてもおかしくない静寂の中、緊張に押し潰されそうになりながら進む。なるべく木や背の高い草むらに隠れながら、周囲を警戒。時折、鳥の鳴き声がしたり、風で草木が揺れるのを見る度にビクついては神経をすり減らす。
ストレスフルな森林浴を始めてから10分も経たない頃、乃蒼が沈黙に耐えかねたのか声をあげた。
「紫苑さん! 私、二次元種と出会ったらどうすれば良いですか!?」
小声ではあるが、やはりハツラツとした!マークが付いてしまう乃蒼の声はこの静けさの中で目立つ。これがこいつの喋り方というか性格というか――ともかく今は矯正もできそうにない。黙らせるためには答える必要がある。
「お前は『絵師』なんだから絵を描いてくれればいい。直接闘うのは『蒐集家』の俺。後ろで武器を描いてサポートするのが『絵師』のお前。他に質問は?」
「あぅ……そうですね……。あ、具体的に、何を描けばいいですか!?」
「そうだな。さっき言ってたアサルトライフルでもいいが、やっぱり得意なのは剣とか刀みたいな長物だな」
「『剣』! ですか」
乃蒼は唸り、眉間に皺を寄せ考え込む。心なしか自信が無いように見える。
「剣や刀は得意じゃないのか? だったら、他の武器でも構わないぞ。お前が得意で『画力』の高い絵なら、なんでも良い」
「『画力』の高い絵! ですか……」
「……」
なんだか急に不安になってきた。この女は「DIGを使っての具現化」についてどこまで理解しているのだろうか?よくよく考えると、DIG自体を見たことが無いと言うのであれば、DIGの「仕様」も知らないのでは? はっきりと「自分は『絵師』です!」と言うものだから、色々と知識があると思っていた。あまりのんびりとしていられないが、確認は必須だ。
頭に?マークを浮かべる乃蒼に問う。
「『画力』って何のことか知ってるか?」
「え?」
急に乃蒼の目が泳ぎ出した。水泳種目で「目」型があれば余裕で一等賞が取れそうなほどの泳ぎっぷりだった。さっきまで威勢のいい返事だったのに、急におとなしくなりやがって……。確認の意も込めて俺は説明する。
「いいか、『画力』っていうのは、大きく分けて3つの要素から構成されている。
一つは『描き手の想い』。
一つは『読み手の想い』。
一つは『クオリティ』。
これぐらいは知ってるよな?」
「はい! そうそう、そうです! 『描き手の想い』と『読み手の想い』と『クオリティ』ですよね!」
俺が言った事を復唱しただけじゃないか。まぁ、落ち着け俺。深呼吸し、続ける。
「『描き手の想い』とは「
「はい!」
乃蒼はそう言って力強く頷く。こいつ、まさか……。
「『読み手の想い』とは「
「ほう……!」
乃蒼はゆっくりと頷く。「ほう」って……。
「『クオリティ』は単純に「その絵の精巧さ」だ。テキトーに描かれた絵は形を保つのも難しくなる。写実的な絵だとこの要素が強い」
「……」
頷くだけで乃蒼はとうとう返事すらしなくなった。
「以上が具現元化するモノの強さを決める『描き手の想い』と『読み手の想い』と『クオリティ』だ」
「なるほど! そうだったんですね! ……あ」
次の瞬間、俺は乃蒼の頭を両拳で挟み込んだ。そしてギリギリと万力のようにその頭を締め付ける。
「ぁ痛いぃ! 痛いですよ!? 紫苑さんっ!?」
乃蒼は小さく悲鳴をあげた。一応、敵を意識して声を押し殺していることだけは褒めておこう。しかし、
「テメェ……やっぱり何にも知らなかったんじゃねぇか! 何を知ったかぶってんだよコンニャロウ!」
「ひぃぃ……ごめんなさいぃ!。だって、なんだか後に退けなくて!」
「もしかして、最初に言った『絵師』ってのも嘘か!?」
乃蒼の頭を更に締め上げると更に小さく悲鳴をあげた。しかし、乃蒼は「違います違います!」と鳴くだけ。仕方なく締め上げるのを止め、乃蒼を解放した。地面に座り込み、こめかみを抑えながら、乃蒼は言う。
「『絵師』っていうのは本当です! 生まれた時から絵ばっかり描いてきたので! ……でも、『画力』っていうものは全然知らなかったんです! ごめんなさい!」
俺はそれなりに手加減はしたが、かなり強めに頭をグリグリしてやった。恐らくもう嘘はついていないだろう。乃蒼が『絵師』であることに一先ず安心した。
「別に知らないことを責めてるんじゃねーよ。知ったかぶったことに腹が立っただけだ。……まぁ、『画力』に対する知識がなくても、絵が描けりゃそれでいい」
俺は地面に座り込んだ乃蒼に手を伸ばした。乃蒼はその手を恐る恐る掴み、立ち上がる。
「で、話を戻そう。お前に描いてもらう絵だが……。剣が苦手なら銃でも弓でも槍でも構わん。とにかく、得意で『画力』が高い絵ならなんでも良いんだ。生まれた時から絵を描いてるなら、それなりの『画力』の絵は描けるはずだろ」
「は、はい! もちろん! ただ、私の得意な絵って――」
乃蒼に元気が戻り、返事しかけた時。遠くから何者かの声が聞こえた。乃蒼にも聞こえたのだろう。互いに喋るのを中断する。衣擦れの音も、呼吸の音も殺し、聞き耳を立てると再び聞こえた。
「――い、せんぱーい、せんぱーい!」
制服姿の二次元種の声だった。
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