27.転性聖女と農業青年

「ヘンリー、こんにちは」

「こんにちは、ロロ。

 ハルママさんもこんにちは」

「こんにちは、ヘンリー」


 あれからロロに案内されてヘンリーの家に向かうと、野菜畑に水を撒いているヘンリーを見つけた。

 そこは私達が作った畑ほどの広さは無いものの、ロッシやピペリア、ペピーノだけでなく、他にも数種の作物が美味しそうな実をつけていた。

 ロロが言う通り、ヘンリーは野菜作りが上手いようだ。


「立派な畑ですね。

 てっきりヘンリーも他の男の子と一緒に森に狩りに行っていると思っていました」

「あはは、僕は争いごとはどうも苦手で。

 そういった事は、兄さんやアルフの方が得意ですしね。

 僕は畑を弄っている方が性分に合っているんです」


 ヘンリーは農作業で掻いた汗を拭いながら、爽やかな笑顔で答えてくれる。

 確かに彼自身が言う様に、気性の穏やかそうな好青年であるヘンリーには、農作業が合っているのだろう。

 体躯に恵まれているので、狩りなども卒なくこなしそうだけれども。


「それで、僕にどんな用事ですか」

「えーと、農業を頑張るヘンリーにこれを差し上げようかと思いまして」


 私はそう言って、作っておいた水晶でできたシャベルをヘンリーに差し出した。

 もちろん、水晶ナイフ同様に魔道具である。

 力の要る農作業の足しになればと、気に関するマナを込めた一品だ。

 そんな私の姿を、ロロは野菜の事を聞きに来たのではないのかといった表情で見つめてくる。

 ごめんね、ロロ。

 ヘンリーは優しそうだから素直に教えてくれそうだけど、私の性分として、貸しを作るのは良いけれど、あまり借りは作りたくないのだ。

 私の心情的な話でしかないが、便利なお土産をプレゼントすることで貸し借りゼロと言う事にしておきたい。


「このシャベルは・・・・・・

 ちょっと失礼しますね」


 ヘンリーはシャベルを受け取ると、軽く振り回し始めた。

 振り回されたシャベルの刃は鋭く、軽快に周囲の雑草を刈り取っていく。

 簡単に地面に差し込めるようにと鋭く作ったが、シャベルにしては少し鋭すぎただろうか。

 怪我の原因にならないか少し心配だ。


 そんな事を考えながら眺めていると、ヘンリーはおもむろにシャベルを大上段に構えた。

 そして、ヘンリーはシャベルにマナを込めると、力強く一気に振り下ろす。

 シャベルが地面に衝突すると、空気を震わせる轟音が鳴り響く。


 「あわわわわわ」


 ロロが思わず声をあげる。

 シャベルが振り下ろされた先は、どこか見覚えのある様なクレーターが出来上がっていた。

 グスタフさんの練気剣さながらの威力だ。

 しかし、魔道具だなんて一言も言っていないのに、ヘンリーは何故わかったのだろうか。


「魔道具だって良くわかりましたね」

「え?ああ、ベルが水晶で出来た魔道具のナイフをハルママから貰ったって自慢して回っているので、このシャベルも或いはと思いまして。

 取りあえず地面に向かって試せば何の魔法が出ても大丈夫だと思ったんですが、これは地面に向けておいて本当によかった」

「ヘンリー、先に言ってよ!」


 笑いながら語るヘンリーに、ロロが少し怒り気味に抗議している。

 仲の良い兄弟みたいで実に微笑ましい光景だ。


「ハルママさん、このスコップはありがたく使わせて貰います。

 でも、こんな貴重な魔道具をホイホイと人にあげたり、周囲に宣伝しては駄目ですよ。

 善からぬ人に狙われてしまいますよ」

「う、すみません」


 少し怒られてしまった。

 心配してくれているのだろうけど。

 でも、周囲に宣伝って私がいけないのだろうか。

 この件に限らず、何でもかんでもベルに言いふらされている気がする。

 後でベルに注意するようにお願いしておこう。


「それで、僕に何かお願いがあるんですか?

 こんなに貴重な魔道具を僕にプレゼントするためだけに来た訳じゃないですよね?」


 ヘンリーはそう言って、笑顔を崩していないものの、少し身構えながらこちらを見つめてくる。

 こちらの意図はバレてしまっている様だ。

 まぁ、そう思いますよね。

 普通は、そんなに美味しい話があるわけが無いですもの。


「あはは、ばれましたか。

 実は私とロロからお願いがありまして・・・・・・」


 私はロロと共に、今行っている畑作りの状況についてヘンリーに説明し、助けが欲しい事を伝えた。


「そういう事ですか・・・・・・」


 ヘンリーは、少し困った顔で頭をかく。

 

「ロロ、流石に今から種を撒いて育てるのは無理じゃないかな。

 それに、初心者には種から育てる事はお勧めしないよ。

 僕も苗の状態で農家の方に分けて貰いましたからね」

「えっ!?種じゃ駄目なの!?」


 ヘンリーの言葉にロロが固まってしまった。

 ロロは驚いているが、ヘンリーの判断は理にかなっている。

 種から育てるとなると、時間や手間がかかるだけでなく、撒いた種のうちどれだけが上手く発芽し、更には成長までしてくれるかも分からない。

 ましてや、なれない土地の、しかも荒れ果てていた畑となればなお更だ。

 生活基盤を整えることが急務とされる状況では、そういったリスクをとるよりも、多少値が張っても苗を手に入れて育てるほうが良いと言う判断だ。


「ハルママ・・・・・・」


 ロロが悲痛そうな顔で此方を見つめてくる。

 うう、そんな顔で此方を見るのは止めてください。

 気持ちは分かりますが、私にはどうにも出来ません・・・・・・


「まあまあ、ロロ。

 今からならパタータ芋が丁度植えるのに適した時期だから、そっちを植えようよ。

 植える目的なら、店頭で陳列されていないような見栄えの悪い芋でも大丈夫だから、芋も安く手に入ると思うよ」

「・・・・・・!?ヘンリー、ありがとう!!」


 ロロの様子に見かねたヘンリーが、アドバイスをくれた。

 お陰でロロも硬直から復帰したようだ。

 その顔には笑顔が戻っている。


「それとハルママさん、さっき言っていた用水路や、水をかける魔道具の付いた畑って僕にも用意してもらうことって出来ますか?

 それらを使わせてもらえるなら農作業も大分楽になりますし、ハルママ達の畑も十分に手伝えるようになると思いますよ」

「ヘンリーと野菜を育てられるの!?

 ハルママ・・・・・・お願い」


 ヘンリーは本当に面倒見が言いと言うべきか、優しいと言うべきか、絵に描いた様な好青年だな。

 自ら進んでこんな提案までしてくれるとは。

 ロロが慕っている理由も良くわかる。

 そんなヘンリーの提案を聞いたロロはと言えば、上目遣いで私にお願いをしてくる。

 こんな可愛くお願いされたら断れるわけが無い。


「もちろん良いですよ。

 ヘンリー、ありがとうございます」

「決まりですね。

 これからよろしくお願いします」


 ヘンリーが笑顔で握手の為に手を差し出してきたので、こちら笑顔で握りかえす。

 私と子供達だけで畑を切り盛りする事に不安を抱いていたが、ヘンリーの厚意により何とかなりそうだ。

 エクリプス以降、どうも人の優しさに弱くなっているのか、少し涙が出てしまいそうだ。

 ヘンリーには感謝してもし足りないな。


「設備の整った畑か・・・・・・良いですね・・・・・・

 それだけの設備があれば、もう少し手広く・・・・・・

 いや、アレも試せるかな・・・・・・」


 改めて感謝を伝えようとヘンリーを見ると、今後の計画だろうか、真剣な顔で何かブツブツと唱えている。

 あれ、ヘンリーが優しいのは確かだろうけど、もしかして単純に手広く農業がしたいだけなんじゃ・・・・・・


「ねぇねぇ!ハルママ!

 早く畑を作ろう!!」

「え?流石に疲れて・・・・・・」


 妙に嬉しそうなロロが私の手を引いて、畑作りを急かしてくる。

 流石に疲れているので、今日は勘弁して頂きたい。


「今から畑を整えるんですか!?

 是非とも行きましょう!」

「ちょっと!」


 今度は反対側の手をヘンリーにがっちりと握られてしまった。

 体格差の所為か、振り解こうにもビクともしない。


「「行こう行こう!」」

「待ってーーーーー」


 そうして私は引き摺られながら、畑まで連行されるのであった。

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