16.転性聖女のお買い物

「45番で買取査定をお待ちのかたー」

「はーい」


 買取受付のお姉さんの高い声が周囲に響く。

 アルフと話している内に、買取受付での査定も終わった様だ。

 いそいそと買い取り受付へと向かう。


「はい、これが買い取り査定金額になります。

 この査定金額で問題がなければサインをお願いいたします」


 査定内容の記載されている用紙を渡される。

 今回、買取依頼をした3種類の採取物、

回復ポーションの材料のヤスラ草、風邪薬の材料のコル草、

殺鼠剤の材料のマイテタケの買取単価を比べると、

ヤスラ草、コル草、マイテタケの順番で単価が高い。

 特にマイテタケの価格は安い。

 エイスの町は見た感じ、あまり農耕が盛んでは無さそうなので、

殺鼠剤の需要は少ないのだろうか。

 今回はリュックサック一杯の買い取り依頼をしたのだが、

買い取り価格は全部で中銀貨1枚、小銀貨2枚だった。


 お金には小中大の3サイズ、銅銀金の3種類ある。

サイズは一段階前のモノ10枚に相当し、

大10枚でより高価な種類の小1枚に相当する。

例えば、小銀貨1枚は、大銅貨10枚、中銅貨100枚と等価となる。


 私は貨幣毎の換算の仕方は知っていても、

買い物をしたことが無いからその価値がどの程度か知らない。

 これは適正価格なのだろうか。


「わー、小銀貨4枚!今回頑張ったもんね!」


 隣ではベルが自身の査定金額に対して感嘆の声を漏らしていた。

 どうやら、この金額はそこそこ良い金額らしい。


「確認させて頂きました。この金額で大丈夫です。

 よろしくお願いします」


 用紙にサインをし、受付のお姉さんに提出する。


「ありがとう御座いました。こちらが代金になります」


 お姉さんから銀貨を受け取り、スカートについているポケットにしまう。

 これで冒険者ギルドでの用事は全部終了だ。


「俺はこれからギルドの依頼を受けるから、

 あんたらはベルと一緒に買い物に行ってくれ」

「分かりました。今日はありがとう御座いました」


 そう言ってアルフは依頼掲示板のある方へと去って行った。

 私たちも行くとしよう。

 すると、建物の入り口近くに差し掛かったときに

不意に声をかけられる。


「おう、危ないお嬢ちゃん、こんなところに居たのか。探したぜ」


 このおじさんはいったい誰だろうか。

 何処かで見覚えのある顔だが……

 それに、危ないってなによ。


「ほら、賭けの配当金だ。受け取りな。

 大勝で羨ましいもんだぜ。

 小さいお嬢ちゃんがあんなに戦えると知っていりゃあなー。

 また、良い戦いみせてくれよ」


 ああ、そうか。登録試験の時に賭けを仕切っていたおじさんだ。

 そういえば私もアキに大銀貨を1枚賭けていましたね。

 おじさんから配当金の入った袋を受け取ると、

 中には小金貨2枚、大銀貨3枚が入っていた。

 配当金の倍率が23倍とか、如何に皆さんがアキの勝利を

予想できていなかったかが伺える。


 今にして思えば、買い取り金額の10倍近い額を何の気なしに

賭けてしまうとは恐ろしい事をしてしまった。

 エイスの町が孤児に支給してくれるお金として、

門で受け取ったのが額が大銀貨1枚と中銀貨5枚だったのだが、

孤児なんかにポンとくれる額だから大銀貨はそんなに価値がないと

思い込んでいたのだから仕方が無い。

 お金の価値を知らないって恐ろしい。


「わー、金貨だ!」

「望外の収入でしたし、後でお昼をご馳走しますね」


 降って湧いたあぶく銭だ。皆に還元しても良いだろう。

 ふとアキを見るとドヤ顔で胸を張っている。

 感謝しておりますとも、ありがとう御座います。


 冒険者ギルドの建物から出ると、

そこには石造りの町並みが広がっていた。

 生前は日本住まいだったため縁が無かったのだが、

欧州に旅行に行けばこういった風景を見ることが出来たのだろうか。

 少し歩き大通りへと出ると、多くの人々が行きかい

この町の活気が伺える。

 大通りの左右には様々な店舗が居を構えており、

テントの様な出店まで含めるとかなりの数の店が立ち並んでいる。

 一日ではとても見切ることが出来なさそうな店舗数に心が躍る。


「ねぇ、ベル。おすすめのお店とかありますか?」

「うーん、そこまで私もお店に詳しくないんだ。

 でも、ここら辺は宿屋が多いから、

 見るならもう少し先に行ってからかな」


 言われてみると、確かに周囲には宿屋ばかりが並んでいる気がする。

 町を移動する機会も多い冒険者をターゲットとして、

冒険者ギルドの近くで開業しているのだろうか。


 値段設定を見ると、安めの宿で朝食のみの一泊で

小銀貨3枚位、夕食のセットメニューで小銀貨1枚位の様だ。

 ザックリと日本円のレートに直すと、

小銀貨1枚で1000円くらいと認識すれば良さそうかな。

 そう考えると、大銀貨1枚で10万円!?

 やはり先程の賭けは危なかったですね。


 アキの手を引きながら大通りを進んでいくと、

食料品や雑貨品を取り扱う店舗が多く見られるようになってきた。

 歩いている人も、冒険者よりも主婦や子供の姿が多い気がする。


「わー、いろいろありますね。

 先ずは食料品を買いたいです」


 食料品を扱っている店舗に近づいていくと、

欲しいと思っていた塩をはじめ様々な調味料が目に入った。

 でも、醤油は無いのか。元日本人としては醤油の味が恋しいのだが。

 魚醤はある様なので此方で代用しよう。

 塩や魚醤が思ったほど高価では無いので、

この町からそこそこ近くに漁村でもあるのだろう。

 新鮮なお魚も探せば手に入るかな。


「かーさま、何買う?」

「そうですね、調味料、小麦、お野菜と、

 あとは調理道具ですかね」


 2,3件のお店を回ってみたが、調味料の価格に

そんなに差は無さそうなのでもう買っても良いだろう。

 塩、魚醤、胡椒もどき……と、砂糖は無いのか。

 サトウキビの様な植物が見つかっていないのか、

砂糖はあまり流通していないのかな。


「おばさん、小麦下さい」

「あいよ、どれが欲しいんだい?」


 小麦にはグレードがあるのか、何種類かに分けられている。

 最高級品、二級品、三級品の3つある様だが、

三級品には小石などが混ざっているし、あまり食用に向かなさそうだ。

 でも、単価が二級品と比べて半額に近い。


「あ、この三級品をこのくらい下さい。

 袋は自前のがあるので結構です」


 以前作った大きめのポリエステルの袋を差し出す。

 エコバックを持つことで袋代の節約です!


「あいよ、三級品で良いのかい?

 小石とかに気をつけてちょうだいよ。小銀貨1枚ね」


 おばさんは差し出した袋の中に小麦を詰めて差し出してくる。

 ご心配なく。小石はマナに分解して水晶ナイフの材料にしますので悪しからず。


「あ、あと、そことそこの果物と、

 あの野菜とこの野菜と……」


 私は並んでいる果物や野菜を一つ一つ指定して選んでいく。


「お嬢ちゃん、見る目があるねぇ。

 全部新鮮で良いやつだよ!良いお嫁さんになれるよ!

 全部で小銀貨1枚、大銅貨3枚だ」


 おばさんはガハハと笑いながら、私のことを褒めてくれた。

 気持ちは嬉しいですけど、自分がお嫁に行くとか想像できないな。

 私としては嫁が欲しいくらいですが……


「わー、ハルママ、新鮮な奴とか分かるんだ!」

「かーさま、流石」


 二人も褒めてくれる。

 マナ分析で、毒のマナが無いかで痛んでいるか判断し、

 持っているマナの量でモノが良いかを判断してみたが

上手くいってよかった。

 少しは保護者としての威厳を示せたというものだ。


 同じ要領で、近くの畜産物の店で卵も病原菌有無を識別し購入した。

 生前はサルモネラ菌に当たってしまって酷い目に会いましたからね。

 いやぁ、マナ分析は便利だ。


「かーさま、大丈夫?」

「なんかプルプルしてるよ」


 そうこうしている内に、リュックサックが満杯になってしまい、

その重さによって足がプルプル震えていることに気付いたのか

二人に心配されてしまった。

 唯でさえ体力が無いのに、今日は仕合まであったので限界だ。


「すみません、私は此処で休憩していますので、

 二人でお鍋とフライパンを買ってきてくれませんか?

 お釣りで先程言っていたお昼ご飯を買ってきてください」

「ハルママ、任せて!」

「行ってくる」


 二人に中銀貨3枚を渡し、お使いへと送り出す。

 二人が仲良く手を繋いで駆けて行く様子を眺めていると、

心配と期待が入り混じった複雑な感情が湧いてくる。

 これは父性なのか、それとも母性なのだろうか。


 ずっと待っているだけなのも勿体無いので、

リュックサックを道端に下ろして、休憩がてら近くにある露天を眺めていると、

冒険者向けの道具や装備を扱う露天が目に入った。

 低級の回復ポーションで最安値で小銀貨2枚ですか……

 マナ分析すると判るが、この程度のマナ量でこの値段、

私が購入する事は絶対に無いな。

 もし、治癒魔法で商売するときがきたら、この価格を参考にしよう。


「ハルママ!買ってきたよー」

「かーさま、ただいま」


 露天で時間を潰していると、アキとベルの二人が帰ってきた。

 各々がお鍋とフライパンを抱えながら……

 あれ?このお鍋とフライパン、やけに大きくないですか?

 両手で抱えないと持てない大きさって。

 これを使ったらいったい何人分の料理が出来るのだろうか。

 私とアキの二人暮らしなんですけどー。


「ちゃんと貰ったお金で買える一番大きいのを買ってきたよ!」


 ベルは"ちゃんと出来たでしょ?"と言わんばかりに胸を張っている。

 物の相場が分からないから多めにお金を渡したつもりだったが、

何か勘違いをしてしまった様だ。

 子供は余裕で私の想定を超えていきますね。

 私も保護者として成長しなくては。


 ……お手頃サイズのお鍋とフライパンを買いなおそう。

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