14.転性聖女の自分の登録試験2

「さて、始めようか!」


 定位置に着くやいなや、アッシュさんが勢い良く得物を構える。

 余り一般的な形をしていない無骨な剣だ。

 幅が広くやけに甲が厚い長剣で、その表面には規則正しく穴が開いている。

 腰に下げているもう一振りの一般的なロングソードを使わないのだろうか。


「アッシュの奴、剛炎剣を抜くとは。

 お嬢ちゃん、本気で行かないと怪我するぜ」


 支部長がとても物騒なことを言っていますけど……

 やめて下さい。お願いします。

 酷い目に会いそうで既に涙目だ。


 剣の名前からして、恐らく炎に関する能力を持った魔剣の類だろう。

 少しでも痛くないように今の内に防御魔法でもかけて起こう。


「エアシール、アクアシール、エアシール、アクアシール……」


 小声で自身の表面に風と水の薄い保護膜を生成する魔法を繰り返し使い、

幾層もの見えない防護壁を形成しておく。

 こんな簡易的な対策がどの程度効くのだろうか。

 不安は尽きない。


「よし、二人とも準備は良さそうだな。

 まぁ、お嬢ちゃん、別に勝たなくても良いから全力で挑みな。

 Bランクと手合わせできるなんて貴重な経験だぜ?

 そんじゃ、試合開始だ!」


 支部長の合図と共に登録試験が開始される。

 一発でノックアウトされる前に少しは良い所を見せないと

流石に合格にして貰えないだろう。

 早速私はホルダーからスキルを付与した水晶ナイフを取り出し、

アッシュさん目掛けて打ち出す。


「エアシュート!」

「様子見かい?」


 アッシュさんは炎を噴き上げる剛炎剣で横に薙ぎ、

その炎や風圧だけでナイフの勢いを完全に殺してしまった。

 直接触らない事でアキの投げたのと同様の

呪いのナイフだった場合の対策を取っているのだろう。


 勢いを殺されたナイフは地面に突き刺さり、

周囲に電撃を放出する。

 ふふふ、残念ですが、呪いのナイフじゃないですよ。

 秘蔵の電撃ナイフです。

 アッシュさんも電気ショック漁の餌食になりなさい!


 おかしい。上手くいったと思ったが、

いっこうにアッシュさんが苦しむ様子が無い。

 良く見ると、先程の剛炎剣の一振りでアッシュさんの周囲の

水が全て吹き飛ばされていた。嘘でしょ?


「驚いたな。念のために対策をとってみたが、こんな形で使ってくるとは。

 雷魔法を付与したナイフなんてレア物、何処で手に入れたんだい?」


 先程の一撃で意識的に電気ショック漁の対策もしていた様だ。

 何と言いますか、実力の違いを思い知らされる。


「じゃあ、今度はこっちの番かな。剛炎剣!」


 アッシュさんが腰を低くし剛炎剣を構えると、

その先端や穴から夥しい量の炎を噴出し、その刀身に纏っていく。

 さながら炎の竜巻と言ったところか。

 アッシュさんのマナの動きを分析してみると、

先程の気を司るマナが特に足に充填されている。

 もしかして、何だか高速移動でもしてきそうな感じだ。

 どうやって逃げればいいのだろうか。


 そう考えて少し体を後ろにずらした矢先に、

アッシュさんが一瞬で眼前に迫ってきた。

 全く以って私の目では追えない速度だ。

 こんなの私の運動神経で対応できるわけ無いですよ。

 何か、何かこの瞬間に出来る事が無いかあたふたとしている間に、

私の胴体に剛炎剣が直撃し盛大に爆発した。

 剣の刃でなく甲の部分で殴られたのはアッシュさんの優しさだろうか。

 できればもっと優しくしてください。泣きますよ。


 私は爆発の勢いで後方に吹っ飛んでいく。とても痛い。

 爆発で小さなクレーターが出来てますけど、殺す気ですか?


「女子供を傷つけるなんて最低ですよ!アッシュさん!」


 その姿を見たグスタフさんがアッシュさんを非難する。

 いや、あなたもアキちゃんに練気剣を使ってませんでした?


「人のこと言えねーだろ!」

「そうだそうだ!」


 グスタフさんは周囲の観客から野次を飛ばされている。

 そりゃそうですよね。もっと言ってください。


「俺はあのガキと刃を数回交えて、戦士として認めたからやっただけだ!」

「なら、よーく見てみろ。あのお嬢ちゃんも戦士だろ」


 支部長がグスタフさんに落ち着くように促す。


「な、アレが直撃したのにまだ立てるのか!?」


 よろよろと立ち上がる私を見てグスタフさんが驚きの声を上げる。

 いやいや、正直もう駄目です。頭もぐわんぐわんしてますよ。

 重ねがけした魔法による防壁は全て吹っ飛ばされたし、

体も思うように動かない。

 鎮痛魔法で何とか意識を保っているが、

恐らく内臓などはヤバイ状況だろう。

 治癒魔法を切らす事が出来ない満身創痍な状態だ。

 髪の毛も焦げ臭いし、女の子に何てことするんですか!


「ははは、やられた。

 ハルちゃん、技の初動に気付いていたのにわざと受けたね」


 アッシュさんはしてやられたと言った風に剛炎剣を手から落とす。

 私は先程、剛炎剣の直撃を受ける寸前に全力で呪いのマナを生成し、

体に纏っていたのだ。

 その所為で呪いのマナに接触した剛炎剣は強力な呪いに侵され、

持つことも侭ならない状況の様だ。

 地面に落ちた剛炎剣は瘴気を放ちながら周囲の地面を呪いで焦がしている。

 アッシュさんの挙動には単純に対応できなかっただけだが、

警戒してくれれば治癒魔法を使う時間が稼げるのでそのまま勘違いしてて下さい。


「あの、そろそろOKですかね……?」


 治癒魔法を自身に使いながら考えたけれど、もう十分に戦った事ですし、

試験終了しても良いのではと思い、アッシュさんに聞いてみる。

 グスタフさんも驚く程の健闘をしましたし、これは合格で終わっていいですよね。


「おっと、失礼したね。続けよう」


 そう言ってアッシュさんは腰につけていたロングソードを構える。

 あれ、予想した反応と違う。どういうことだ。

 ……もしかして、アッシュさんが武器を構えるのを待っているとでも

思われてしまったのだろうか。

 言葉って難しい!

 絶対に自分の意図する内容以外には受け取れないように話すとか、

論文や特許みたいな難解な言い回しに頭を悩ませた生前の記憶が蘇る。

 っといけないいけない、また思考が脱線しそうになってしまった。


 さて、この状況をどうやって切り抜けようか。

 極力痛くない解決策は……


「アッシュさん、今度は私の一撃を受け止めてください」

「わかった。受けて立とう」


 先程のアッシュさんの攻撃を私がわざと受けたと勘違いされているのを

逆手にとって、次は私の攻撃の番としてしまえば良いのだ。

 そうすれば、これ以上私が攻撃されて痛い思いすることも無いだろう。


 私はゆっくりとアッシュさんに向かって歩みを進める。

 ゆっくり進む事で、治癒魔法も十分に使う事ができた。

 それに、先程見た練気剣やアッシュさんの一撃を真似して

気を司るマナも手足に充填してみた。

 更に水晶ナイフの一本を取り出し、先端を薄く延ばすことで

ナイフから長剣に形を変える。


「では、いきます」

「よし、来い!」


 アッシュさんの構えるロングソードに向かって、

四肢に充填した気を振り絞って剣を振りきる。

 剣は音を立てながら風を切り、運動神経が悪く、戦闘センスの欠片も無い

私が振るっているとは思えないほどの速度で振りぬかれる。

 まぁ、その反動に四肢が千切れてしまいそうな悲鳴を上げている。

 さながら、高速で走る車を手で掴んで急加速したような感覚だ。

 気の力は確かに強力みたいだが、元となる体がひ弱な私には過ぎた力の様だ。

 振りぬくまでは、私の手には頑張って欲しい。


 驚く事にアッシュさんは速度だけは一級品の私の一閃が

しっかりと見えている様で、私の剣を横に捌こうとしているのか自身の剣を動かす。

 私自身が追えていない剣の軌道を追えているとは、

Bランク冒険者とは凄いものだ。


 だが、剣と剣とが交わる瞬間、アッシュさんは剣を上手く捌く事が出来なかった。

 私の剣がアッシュさんの剣の先端を切り飛ばしてしまったからだ。

 先程、水晶ナイフを伸ばした際に、単分子なみの薄さをイメージして

薄く延ばした影響だろうか、凄い切れ味だった。

 まぁ、そんなに薄くしたお陰で、マナで強化した私の剣も

バラバラに砕け散ってしまった。


「これで終わりで良いですよね……」


 脱臼した右手をブラブラさせながら私は質問をした。

 これ、筋繊維も大量に断裂してそうな感じだ。


「両者の武器が無くなっちまったし、試合終了だな。

 合格だ」


 支部長が試合終了を告げると、場を包んでいた

肌に突き刺さるような緊張した空気が凪いでいく。


「いい戦いだったよ。

 で、ハルちゃん。剛炎剣の呪いは解けるよね?ね?」


 アッシュさんは先程までの緊張した感じを完全に失い、

心配そうに私に聞いてくるのであった。


 いや、それより誰か、私の脱臼した腕をはめて下さい。

 自分じゃはめれないです……

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