どこへ行ったの?

 光那の姿が見えないことに、若干の心配がありつつも、とりあえず携帯で呼び出した。

 三回ほど試したが電話は繋がらず、新城と楠手は手分けして光那を探すことにした。

 短時間では遠くまでは行っていないだろう、と判断して、新城は同じ階で買い物をしている人に訊き回り、楠手は光那が間違えて他の化粧室に向った可能性を考えて、施設内を探し回った。

 しかし二人は光那を見つけられないまま、食料品売り場に戻り着いてしまった。

「見掛けた人はいた?」

 楠手が僅かにも期待を込めて新城に訊ねる。

 新城は暗い表情で首を横に振った。

 光那本人どころか目撃情報も得られず、ましてや有効的な捜索手立ても思いつかず、二人はやにわに焦慮した。

「どうする新城さん。何か方法ないの?」

「警察を呼ぶくらいしか。楠手さんは?」

「私も良策は思いつかない。念のためにもう一回捜してくる」

 そう言って、楠手は再び食料品売り場を飛び出していった。

 新城は110番通報で警察に要領を得ない口ぶりで、なんとか事態を説明する。

 数分ほどして近くの交番から巡査の警察官と、血眼で探し回る楠手から騒ぎを聞きつけたショッピングセンターの警備員が駆け付ける。

「トイレに行ったままいなくなり、連絡も取れないと。誘拐の可能性もあり得ますね。署の方にも知らせて、捜索の応援を打診してみます」

 巡査は新城を少しでも安心させるように言った。

 警備員の方も警備室に事の緊急性を伝えて、捜索に人員を割くことにしたと新城に告げた。

 

 その後捜索から二時間が経過したが一向に光那は見つからず、戻った楠手と二人で失意に沈んでいた。

 突然、服の中でネックレスが振動した。

巡査の目を気にしながら、二人は通信を繋げた。

(緊急任務だ。人質を救出しろ。場所は北区にある廃デパートの屋上だ)

 木田が口早に告げる。

 こんな時に任務か、と二人は間の悪さに腹が立ちながらも、抑えた声量で新城が訊き返す。

「人質の名前は?」

(水森光那だ)

 新城の沈んだ心に雷打たれたほどの衝撃が襲った。

(わかりました。すぐに向かいます)

 固い意思を帯びた返事をして、通信は切った。

 新城は決然とした視線を楠手に向ける。

「こんなとこで気を落としてる場合じゃないわ」

「どういうこと?」

「光那ちゃんを攫ったのはシキヨクマーだわ」

「それじゃ今すぐ助けに行かないと」

 楠手は巡査の方を見て考えた。巡査は応援で来た警官と共に通路を行く人一人一人に、光那の特徴を告げて聞き込みに勤しんでいる。

「理由付けて抜け出そう」

 テレポートを見咎められるのは避けたい。それにこちらから捜索をお願いした手前、いざこざは残したくない。

「理由ねぇ。自宅に戻ってもよろしいですか、かしら」

「いいと思うよ。だってあたし達疑われてるわけじゃないから」

「それもそうね。じゃあちょっと聞いてみるわ」

 新城は巡査に歩み寄り、申し訳ない感じを出しながら掛け合った。

 巡査は相槌を打って、最後に了解するように大きく頷く。

「すでに住所や電話番号は残してもらいましたので構いません。水森光那さんを見つけ次第ご連絡します」

「ありがとうございます」

 新城は頭を下げて礼を言い、楠手の方に戻ってくる。

「どうだった?」

「帰っても構わないそうよ。光那ちゃんを見つけたら連絡をくれるらしいわ」

「そう。じゃあ行こう」

 瞳に闘気を溢れさせ、二人は食料品売り場を駆け去った。


 グラドルレンジャーが到着する数分前。

 高度経済成長期に建造され現在は廃墟と化した、コンクリートの三階建てデパートの屋上遊園地。

 うらぶれた屋上遊園地の端にある元は職員の休憩室だった部屋のほぼ中央、光那は脚が錆び切ったパイプ椅子に猿轡に両手首を縛られ座らされていた。

 人質である彼女の様子を見るために、ピンクタイツを左右に二人侍らせたカメラーンが部屋のドアを開ける。

 カメラーンは入り口に立ったまま、拘束されている光那に声をかける。

「どうだ、居心地は?」

光那はカメラーンを見返して首を横に振る。

「そうか、よくないか。廃墟だからな、ろくに掃除されていないだろう」

 何で汚れたのか得体の知れない床のシミを見下ろして、カメラーンは哀れみを含ませて言った。

 光那には怪人の言葉の意図がわからない。

「これでも昔は家族連れが多く来ていたそうだ。先程調べていたら最盛期の頃の写真を見た。子どもを連れた母親は実に無防備で盗撮には適していた」

 光那の方に顔を戻して、光那の清純な身体を舐めまわすように視線を動かす。

「伊達に新城綾乃の姪ということはある。やはり似ているところがあるな」

 怪人の言葉に、何故そのことを知っているのか、と光那は恐ろしく思い、得も言われぬ悪寒が背筋を走る。

「少しだけ辛抱しろ。グラドルレンジャーを抹殺さえ済んでしまえば、お前は用済みだ。大人しくしている分だけ、命が長らえると思え」

 恐々と光那は頷く。

 彼女が首を縦に振るのを見ると、カメラーンは外に出る。

「では、くれぐれも無駄な動きは慎むように」

 破れば命はないぞ、と婉曲に告げ、バタンとドアを閉めた。

 怪人の足音が遠ざかると、光那は太腿を少しだけ上げて、スカートのポケットにある防犯ベルの感触を確かめた。

 今はまだ時機じゃない、と自身の恐怖心に言い付けて太腿を下ろした。

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