参集

 楠手は布団の傍の目覚まし時計を見て、愕然とした。

 時刻は十時三十分を指している。

「二度寝した結果がこれか」

 茫然と目覚まし時計を眺めて、自分を悔いた。

 彼女は昨夜の謎の電話で時間と場所を指定され呼び出されており、指定された時間が午前十時だった。十時三十分に起きたのでは、遅刻は確定だ。

「とりあえず急ごう」

 寝間着を脱ぎ成人式以来着てなかったスーツに着替えると、早急に家を飛び出した。

 彼女が向かうのは昔ながらの小規模な店屋が連なる、アーケード商店街の倉野書店で、楠手はこの街に住み始めた大学生の頃に下校時に幾度か立ち寄ったこともあって、店の場所は把握していた。

「あの店主、まだやってるかな」

 商店街への道を急ぎめに歩きながら、学生の頃に店に入った時のことを思い出す。

 倉野書店で彼女がさる有名作家の小説を求めて訪れ、店の本棚の陳列の中に探し歩いていると、本棚越しにその頃で七十代ぐらいと思われる男性店主がこちらを見ていることに気付き、探している商品の名を伝えると、黙ってカウンターを離れて彼女に近づき、自分の持っている文庫本を差し出してきた。それが彼女の探していた本であり礼を言うと、同じ著者の別作品をおまけに付け加えてくれた。という心の優しい店主だ。

 楠手がその時の店主の温和な面影を頭に浮かべながら商店街を進んでいくと、倉野書店そのものの店前に歩きついた。

 しかし以前は街道側に開け放していた店の入り口の引戸には、入店を拒むようにしっかりと閉ざされ休業中の貼り紙がしてある。

「え、休業?」

 予想にもしなかった店の休業に、呼び出された側の楠手は首を傾げた。

「何でここで突っ立ってんだ?」

 背後から靴底を擦るように歩く足音が近づいてきて、不意に声をかけられる。

楠手はびっくりながら、声の方を振り返る。

「なに?」

「なに、じゃなくてよ。何で突っ立ってるんだって訊いてんだよ」

 振り向いた目の前に、黒のジャケットに幅広のフレアスカートに身を包んだ、頬のところまでしかない短い髪の女性が、怪訝な顔をして楠手を見つめていた。

 頭の回らない人間を見下げるような口ぶりで、女性は質問を繰り返す。

「えっと、アルバイトの申し込みに来たんだけど、店が閉まってて、どうしようかと考えてたんだ」

「ふうん、お前もか」

 女性は片眉を上げて、意外そうに言う。

「月三十万に釣られる人が他にもいるとはな。金に困ってんのは、あたしだけじゃないってことだな」

「あなたもアルバイト勧誘の用紙をもらったの?」

「それじゃなきゃ、こんなボロい店に来ねーよ」

「でも予定の時間に遅れちゃったから、雇ってもらえないよね私達」

 苦笑交じりに楠手が口にすると、女性は飄然と口の端だけを笑ませる。

「時間に遅れたぐらいで不採用になってたまるか。あたしは明日の生活も知れないほど金がないんだからよ。意地でも雇わせてやるよ」

「意地とか言っても、暴力とかはやめてね」

「へっ、どうかな?」

 楠手の軽い忠告など気にせず、筋をほぐすためか右肩を回し始める。

 その時、貼り紙のしてある引戸がうがいで喉を鳴らす時のような音を出して開いた。

 引戸の内から彼女たちの腹ぐらいの高さしか背丈のないモンペ姿の老婆が、上半身を覗かせた。皺にまみれたその顔には、あからさまな煩わしさが浮かんでいる。

 楠手と女性が間の抜けた表情を向けると、老婆は眉間にも皺を作って二人を手招きする。

「そこの御二方、何用でございますか?」

「はい。勧誘の用紙と電話をいただいて参りました」

 楠手が生真面目な口調で返すと、面倒そうな顔をして店の中へ入っていった。

老婆の後へ続いて店に入ろうとする楠手に、女性が気掛かりそうな目で訊く。

「着いていけばいいのか?」

「手招きしてたからいいと思う。遅れたけど、一応面接してくれるってことじゃない」

「まあ、そういうことにしておくか」

 女性も楠手の言葉を信じて、店の引戸を潜る。

「こちらです」

 入って左手に背の高い本棚が壁を埋めており、老婆は二人に声をかけると右手のカウンターの奥の部屋に消えていく。

 案内されるままに楠手と黒ジャケットの女性は奥へ進んだ。

 板張りの廊下を進んでいると、老婆は廊下の突き当りの年数の経過でくすんでいる白梅の花の描かれた襖の前で立ち止まり、二人を振り向いて脇へ退き正座する。

「どうぞ、お入りください」

「はい」

 今までに例を知らない対応に、若干戸惑いがありながらも楠手は襖をそっと開く。

「失礼します」

 襖の先は八畳きっちりの畳の間で、正面奥の障子の窓際に五枚の座布団が置かれ、そのうちの三枚にはすでに一人一人女性が膝を崩した姿勢で座していた。

 敷居の前で呆気にとられている楠手と、三人の女性の視線が合う。

「あの、ここは?」

 楠手が三人に尋ねると、右端にいた妙齢で豊かな胸をした艶美な女性が苦笑いを浮かべて答える。

「私達にもさっぱり。御婆さんに連れてこられただけですから」

 楠手の背後で黒ジャケットが、老婆に向き直って問う。

「おいババア、ここは何の部屋だ?」

「応接間でございます」

「あの三人は何だ?」

 畳の間の三人を無遠慮に指さす。

「あなた方の仲間でございます」

「はあ、仲間?」

「左様。本日以後苦難を共にする仲間でございます」

「意味がわかんねえ」

 老婆との問答をやめ、楠手の方に話を振る。

「なあ、仲間ってどういう意味だ?」

「仲間って言われても、仕事仲間とかしか思いつかないな」

「そうか仕事仲間か」

 黒ジャケットが楠手の肩越しに座布団の上の三人を見て、合点のいった様子で呟く。

「早くお座りください。ミスター・K様が五人揃うのをお待ちです」

 老婆が楠手と黒ジャケットを促す。

 事情の把握が出来ていなかったが、残った左端の二枚の座布団に二人は正座で座った。襖が閉まり老婆の歩き去ると、黒ジャケットの方は胡坐をかきはじめたが。

 しばしらくして畳の間に沈黙が降りる。

 正座がつらくなってきた楠手は、右隣ですでに胡坐になっている黒ジャケットに、抑えた声で訊く。

「ねえ、脚って崩してもいいのかな?」

「崩せ崩せ。ミスター・Kとかいうやつが来たら、正座し直せばいいだろ。ま、私はこのままでいるつもりだけどな」

 口の端を吊り上げて、得意げに言う。

「自慢にならないよ」

 軽い指摘のように言って、脚を前に伸ばして片方だけを山のようにした。

 五人各々が会話のないまま声をかける機会を窺っていると、目の前の襖がすっーと滑るように開かれた。

白いのが薄っすら混じっている頭髪を後ろに纏めた、紺絣の筒袖を着た肩幅の広い男性が、敷居を跨いで入ってくる。

「こんにちは」

 ソプラノとテノールの中間ぐらいの声で、座布団に座る五人に端然と一礼した。

 黒ジャケット以外が正座に直って、頭を下げ返す。

「僕はミスター・Kと言って、君たちをここに招集した発起人だ。いろんな質問があると思うけど、担当者が来るまで少し待っていてもらいたい」

 そう言った矢先、彼の背後で恰幅の良いカーキ色の軍服の中年が現れた。

「K殿。只今、参りました」

 中年は直立不動で叫んだ。

 紺絣の男性は振り返らずに、中年に言う。

「この子たちに説明をお願いしていいかな?」

「畏まりました」

 中年は一度礼をして、筒袖の男性の横を抜けて五人と対面する。

「司令官を務める、木田だ。お前達には五人組のチームとなって、世界の悪と戦ってもらう」

 五人は揃って頭に疑問符を浮かべて、中年を見上げる。

「悪と戦うって、どういうことですか?」

 代弁するように五人の真ん中にいた短い髪をポニーテールに纏めた女性が、挙手して質問する。

 軍服はうむと頷き、

「言葉通りの意味だ。お前達の仕事は悪と戦うことだ」

「悪とは具体的何ですか?」

「秘密結社シキヨクマーだ」

 五人は秘密結社という言葉に胡散臭い珍奇さを感じ、シキヨクマーという語感に気恥ずかしい淫靡さを覚える。

 軍服が彼女らの心情も知らず、滔々と説明をする。

「シキヨクマーは多岐にわたる性的な手段によって、世界を支配しようと目論んでいる悪の秘密結社だ。結社の奴らは何の罪もない人々を誘拐し変態怪人に作り変え、世に解き放つのだ。我らの先達の活躍によって、結社は壊滅したと思われていたが、近年数多くの性的な犯罪の中に怪人による犯行が紛れている。それにより……」

「それで、つまり私達の仕事はなんなんだよ?」

 冗長になりそうな軍服の説明に、少し苛立って黒ジャケットが口を挟む。

 調子よく話していた軍服は不満顔になったが、黒ジャケットを睥睨した後、わざとらしく咳をしてから言う。

「犯行抑止のためにお前達には、怪人と戦って掃討してもらいたい」

「で、金はいくら貰えるんだ?」

「基本給一か月三十万だ。六か月ごとにボーナスも出るぞ」

 誇るような声音で軍服は笑んで答えた。

 黒革ジャンは嫌気が差した眼で軍服の笑みを見据える。

「ふざけんなよ。犯罪者と戦って三十万? 割に合わねえ」

「不服か? 三十万は不景気な現代社会では比較的高給だと思うが?」

「ケッ、三十万なら今の仕事で有名になった方がよっぽど稼げるぜ」

 軍服の主張を鼻で笑って一蹴する。

「私はここの仕事やらねー。帰るわ」

 そう言って座布団から腰を上げて、他の女性四人にこのアルバイトを辞退することを気軽く告げる。

 初対面の四人は引き留めるのを遠慮して、それぞれが頷きを返した。

黒ジャケットは反論の糸口を探している軍服の横を通って、開かれた襖の方に歩いていく。

 軍服の後ろで温和な表情で立っていた筒袖の男性が、不意に動き出して、黒革ジャンの前方を塞いだ。

「帰るのかい?」

「ああ、悪いかよ」

「君に一ついい事を教えてあげよう」

 温和な表情を崩さず物を言う男性を、少し奇妙に思いながら黒ジャケットは相手の言葉を待った。

「もしも仕事で満足の成果を出してくれたら、特別賞与で僕の懐から四、五十万あげるよ。それどうかな?」

「特別賞与の条件は?」

 黒黒ジャケットの嫌気が差していた目に、途端金への欲深い光が宿る。

「そうだね。一か月に怪人を五体撃破、で基本給に上乗せしてあげよう」

「なんなら、一体撃破ごとに十万のボーナスにしてくれ」

「構わないよ。君がその条件を希望するなら受容しよう」

「よっしゃ。交渉成立だ。へへっ」

 黒革ジャンはテストの成績を自慢する男子小学生みたいに口の端を吊り上げた。

 気を良くして踵を返し、座布団に胡坐で座り直す。

「あの、私達も特別賞与ってもらえるんですか?」

 眼鏡の女性が、男性に向って尋ねる。

「当然。君達五人は誰一人も特別扱いしてはいけない」

「そうですか。ありがとうございます」

「いやいや、お礼をいらないよ。うちは規則で特別扱いを禁じているからね」

 依然と変わらぬ穏やかな面持ちで答えた。

 女性五人から男性への質問が止んだところで、軍服が再び咳払いして口を開く。

「それでは先程の説明の続きを……」

「もう説明は省こう」

 男性がソフトな言い方で、軍服の冗語を遮った。

 上位の者の口入れに順々に従い、軍服は説明を止めて指示を仰ぐ。

「それでは、次はどうしいたしましょう?」

「例の物を彼女達に授けよう」

「わかりました」

 軍服は了解して、五人に厳しい目つきを向ける。

「お前達、後程K殿が手ずから着任証明品の授与をしてくださる。座布団の上で大人しく座って待っているように」

 そう五人に言い付けると、軍服は入り口だった襖からちょっと膝を上げ過ぎな歩き方で、畳の間を物品を取りに出ていった。

 軍服の足音が届かなくなると、男性が五人に向って温和な顔に苦笑いを浮かばせた。

「ごめんね。部下が口やかましくて」

「ホントだよ。あんなのが指令官かよ」

 黒ジャケットが不満たっぷりに言った。

 男性は悩まし気に眉間を押さえる。

「あれでも僕は木田の情熱だけは買ってるんだよ。シキヨクマーへの憎悪が人一倍で、熱心にシキヨクマー壊滅に取り組んでいる」

「へえ、情熱だけで司令官になれるものなんだな」

 関心ない声で皮肉げに返した。

 高位と思しき筒袖の男性と打ち解けて話す黒ジャケットを、他の四人は驚異の視線で眺める。

 視線を感じ取ったのか、男性の方が四人に目を移す。

「どうかしたかな?」

 四人は突然水を向けられ何と答えるべきか困って、言葉を継げない。

 そんな四人を気遣うように男性は、眉尻を下げて言う。

「暇をさせてしまったね、すまない。それでみんなは初対面かな?」

「そうだぜ」

 恐縮のない黒ジャケットが真っ先に答える。

 男性は微笑んで、五人全員に目を配る。

「改めて自己紹介をしよう」

 男性は五人の正面に立って、鷹揚に口を開く。

「僕はミスター・K、組織の最高責任者だ。君達五人の選出はボクが行った」

「何を理由に私達を選んだんですか?」

 眼鏡が尋ねる。他の四人も興味ある目を注ぐ。

「理由かい? それは五人ともグラビアアイドルだからだよ」

 一度は正気かと訊き直したくなることを、平然と言った。

 五人は口をあんぐりと開けて、相槌にさえも窮した。

「グラビアアイドル五人で戦隊を結成するつもりだったんだ。今日は初顔合わせで、結成式でもあるよ」

「セ、センタイって何ですか?」

 スーツの妙齢の女性の隣、小柄で色白な肌が袖から覗くワンピースを着た少女が無知を恥じるように訊いた。

「戦隊というのはね……」

「船だろ、船」

 黒革ジャケットがふざけて冗談を差し挟む。

「それ、私達が船ってことじゃないの。海に浮かばせたところで力尽きて沈没よ」

 楠手が即座に突っ込む。

「えっ、そうなんですか!」

 ワンピースの少女は、黒ジャケットの言葉を真に受けて、驚いた声を出した。

「あの女の話を真に受けるのはやめた方がいいわよ。振り回さるのがオチだもの」

 眼鏡が言い聞かせるように、右隣の少女にそっと告げる。

「なんだと。お前なんて言った?」

 自身の不評を敏く聞き取り、黒ジャケットが眼鏡を睨む。

 問い質されて、眼鏡は真っ向から見つめ返す。

「真に受けない方がいいって、正しいことを教えただけよ。どこか間違いでもあるかしら?」

「あん。冗談に間違いも何もないだろうが」

「まあまあ二人とも落ち着いて」

 男性が気の優しい教師のような声で、いがみ合う寸前の二人を宥める。

 そこへ、軍服が今度は少しばかり慎重な足取りで戻ってきた。両腕に横長の金庫のような南京錠の付いた箱を抱えて畳の間の敷居を越える。

「K殿、授与の品をお持ちしました」

 男性は木田から、横長の箱を受け取る。

「うん、ありがとう木田君。交信室で待機していてくれ」

「了解しました」

 新たな指示を受けて木田はミスター・Kに一礼し、畳の間から交信室へ向かった。

 木田の姿が無くなると、ミスター・Kは筒袖の懐から鍵を取り出し、箱を畳の上に置き解錠した。

 箱の中にはビロードのクッションのようなものの上に、透過性の高い雫の形をした宝石を先端につけた紫、黄、緑、赤、青の五色のネックレスが並んで載せられている。

 紫のネックレスを、ミスター・Kは赤子を抱くように手に取る。

「新城綾乃君」

「は、はい」

 唐突に名を呼び、それに妙齢の女性が当惑しながら返事をした。

 ネックレスを持ってミスター・Kは、新城綾乃という女性の正面に立つ。

「立ってくれるかい?」

「はい」

 新城は頷いて、緊張の面持ちで座布団から立ち上がる。

「入隊、おめでとう」

 そっと新城の首にネックレスの環を通した。

「あの、これは?」

 ネックレスを指につまんで訊ねる。

「戦隊の一員としての証だよ」

「証ですか、なんだか大袈裟な気がしますけど」

「大袈裟ではないよ。怪人と戦うためには必要不可欠なものなんだよ」

「そうですか……」

 新城は彼の言うことが信じ切っておらず首を傾げる。

 ミスター・Kは次に、黄のネックレスを手にして、ワンピースの少女に身体を向ける。

「上司優香君」

 ビクッと肩を強張らせて、上司はミスターKを見据えた。

「立ってくれるかい?」

「わ、わかりました」

 細首に黄のネックレスが通される。

「入隊、おめでとう」

「よくわかりませんけど、ありがとうございます」

 事情が呑み込んでいないまま、礼を言った。

 次は緑のネックレスを手にする。

「西之森明日香君」

「はい」

 泰然と何もかも受け入れているような所作で、座布団から立つ。

「入隊、おめでとう」

「入隊させていただき、光栄です」

西之森は礼儀正しく頭を下げる。

赤のネックレスを手中に持つ。

「楠手真希君」

「はい」

 平然とした声音で返事をして、立ち上がる。

「入隊、おめでとう」

「ありがとうございます」

 物慣れた動作で言った。

 最後の一つ、青のネックレスをミスター・Kが手に持つ。

「栗山千春君」

「おう」

 彼女の首にネックレスが通されようとしたが、ミスター・Kの手から栗山がネックレスをかっさらう。

 鑑定するかの如く雫の形の宝石を翳して目を近づける。

「なあ、ミスター・K。これ、何万で売れる?」

 礼節を欠いた栗山の言動にも、ミスター・Kは朗らかな微笑みを湛えている。

「二束三文にしかならないよ」

「なんだ安物か」

 そう言ってネックレスを突き返す。

「金にならねー装飾品ならいらねぇ」

「いけないよ。怪人と戦うのに必要不可欠と言ったはずだ。いらないというなら入隊を辞退しするということだね? そうなると俸給を貰う権利も剥奪するよ?」

「つまり、あれか、このネックレスは契約書の代わりってことか?」

「そう考えてくれればいいよ」

「ちぇ、なら仕方ねぇな」

 不服そうに栗山は自らの手でネックレスを首に通した。

「これでいいんだろ?」

 ミスターKは温容な表情で頷く。

 五人に隊員の証であるネックレスが授与し終えると、懐中から五人と同形の黒いネックレスを取り出す。

「木田君、試験送信をお願い」

 ネックレスに声を吹き込むと、寸毫の間を空けて五人のネックレスが本人たちにしか感じ取れない細かい振動をした。

「ネックレスを手に持って顔に近づけてみて」

 ミスターKが五人に促し、五人は言われた通りネックレスを顔へと引き寄せた。

(あっ、テステス)

 五人のネックレスから同時に木田の濁声が発される。

「どうして、あの男の人の声が聞こえるんですか?」

 上司が不思議そうにネックレスを見る。

「それはね、宝石の中に通信機が埋め込んであるんだよ。このネックレスを持っている人としか通信できない仕様になってる」

「へえ、そういうことなんですね」

 原理には思い至らないが、上司はミスター・Kの説明に納得した。

(お前達、聞こえてるか?)

 五人分重なった木田の声が訊く。

 五人はそれぞれ自身のネックレスに向って、聞こえている旨を応答する。

(そうか、通信不良がなくて何よりだ)

 満足した声でそう言うと、プツリと通信を切った。

「お疲れ様」

 ミスター・Kが労わるように、五人に微笑みかけた。

「これで就任式は終わりだよ。君達は今日から平和を守るヒーローだ」

 ヒーローと呼ばれても実感がなく、五人は顔を見合わせる。

 五人の理解に関わらず、ミスター・Kは続ける。

「しかし。ヒーローであることをバレてはいけないよ。世間はヒーローが身近な存在だとは認めてはいないからね。常に超人でなければならない」

「もしバレてしまったら、どうなるんですか?」

 西之森が尋ねる。

「そうなったら、君達は人間としての生活を取り戻すことが困難になる」

 五人は息を呑んだ。身が割れることで人間としての生活が引き換えになるとは。

「最後に君達の隊員名と隊名を決めるよ」

 一呼吸置いて、ミスター・Kは朗々とした声で名を呼んだ。

「新城君がパープル、上司君がイエロー、西之森君がグリーン、楠手君がレッド、栗山君がブルー。隊名はグラドルレンジャーズ」

 わずかの間、沈黙に包まれた。

「これっぽっちの、ひねりもねえな」

 栗山が沈黙を消し払うように、ミスター・Kの命名を揶揄した。


 これにて、グラドルレンジャーズ結成である。

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