こうして彼女達の物語は始まらない

成瀬初

第1話 幽霊を信じない

貴方は幽霊を信じますか?


私が小さいころ、お姉ちゃんがいました。お姉ちゃんは優しくて、いつも私と遊んでくれていた。

お姉ちゃんの背中を追いかけて、公園を駆け回った記憶は、私の脳裏にしっかりと焼き付いているのだけど。夕日の影に塗りつぶされて、お姉ちゃんの顔は上手く思い出せない。


私はふと不思議に思えてお母さんに尋ねるのです。

「ねえ、お姉ちゃんって本当にいなかったっけ…?」

「またいつものやつ…お母さんもううんざりなんだけど。貴女にお姉ちゃんなんていなかったわよ」

「うーん…あの子は…近所の子とかだったっけ…?」

「もうっ、幽霊の話なんてやめて。余計なことを考えずに早く着替えちゃいなさい」

幽霊。

私は素直に頷いてお母さんに手伝ってもらいながら、純白のドレスに腕を通した。


私は小さいころ、家は貧乏だった。

今でこそお金持ちと言うほどではないし、なんなら最近お父さんが「また苦しくなってきたな…」なんて言ってたのを聞いちゃったけど、誕生日の私に純白の綺麗なドレスをプレゼントしてくれるくらいにはお金の余裕はあるみたい。


小さいころは貧乏で、私は毎日同じ服を着ていました。それを、近所の男の子に馬鹿にされたことがあります。

近所の男の子は横暴な子で、気に入らないことがあると八つ当たりをするんです。当時は貧乏だったので、下に見られていたのかな。やっぱり年下だからってのもあったのかもしれない。


お姉ちゃんはそんな男の子に虐められていた私を助けてくれたの。

「由香を虐めるな!」って、庇うように間に入って、お姉ちゃんは代わりに殴られて、男の子を睨みつけた。

男の子もお姉ちゃんは同い年くらいだったから、流石にまずいと思ったのか、謝るような言い澱むようなで「バーカ」って捨て台詞を吐いて去っていった。


お姉ちゃんは私のヒーローだった。


いつだったっけ。私の家は裕福になっていた。

新しい服を買ってもらって、夕飯にはおかずが出るようになって。お菓子が食べられるなんて、思ってもいなかったんだっけ。


でも、その楽しい記憶にお姉ちゃんはいない。幸せになった私はヒーローに救ってもらう必要はないから、なのかもしれない。


お姉ちゃんが居なくなった日を私は覚えていない。思い出せなかった。


私は母親から渡された白い菊をまじまじと見る。なんて綺麗なんだろう。

でも今、この花を見ていると、なんだかあの日を思い出せそうな気がする。


玄関先でお父さんと知らない男の人が楽しそうに話している。きっちりとしたスーツに身を包んだ優しそうな男の人だ。

男の人はドレスを着た私を見ると、嬉しそうに微笑んだ。

「やあ、由香ちゃん。こんにちは」

その声を聞いて、その笑みを見て、私は。


純白のドレスに身を包んだ女の子が立っていた。

黒い髪が風に揺れて、夕陽の影で顔が塗りつぶされているようで。


私は幽霊を信じない。

幽霊というのは死んだ人間がなるものだから。


お母さんやお父さんが言うように、お姉ちゃんが幽霊なのだとしたら。きっとまた現れて私を怖いことから助けてくれるはずだ。

また私が虐められたら助けに来てくれるんだ。


「さあ、行くのよ。大丈夫よ、何も考えなくていいの」

お母さんに手を引かれて、男の人の元に連れて行かれた。

お父さんは男の人からお金を受け取る。今日から、家はまた裕福になる。


私は幽霊を信じない。

この悪魔達のもとから、私を救ってくれるヒーローがもう居ないなんてこと。信じたくはないから。

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