[04-22] 幸せに揺れるトウモロコシ畑

「今まですみませんでした、お嬢様」


「いいのよ。みんなおかえりなさい。これからもどうかよろしくね」


 決闘の翌日、〈フロレス農場〉のおうちには労働者の列がぞろっと並んでいた。


 急に町を闊歩かっぽするゴルドバスの用心棒が少なくなったらしく、大手を振って戻ってこれたのである。


 ノエミさんはひとりひとりの手をぎゅっと握って、快く迎え入れている。いずれ立派な女主人として名を馳せるのだろう。


 それを遠巻きに眺める大きな影がふたつ。

 レオンとド・イェルガだ。


 ふたりとも頭や手を包帯ぐるぐるにしているが、怪我の具合はすっかりよくなったみたいだ。さすがはオークの再生力。


 ド・イェルガは目を細め、しみじみと語る。


「〈人魔大戦ジ・インカージョン〉を経て、我らは変化した。首級を上げ、戦場に倒れることが最大の栄誉だと信じるようになっていった。だが、我らは本来、血族を守るために立ち上がったのではなかったか――貴様との決闘で、俺はそのことを思い出した」


 ド・イェルガはどこか晴れやかな笑顔で、レオンに手を差し出した。


「感謝する、兄弟」


「こちらこそ、チャンプ。あなたのおかげで僕は自信を持てるようになりました」


 がしっと握手に応えたレオンに、ド・イェルガが大笑いを上げた。


「ふはは! 貴様が新チャンピオンだ! 胸を張れい!」


「僕が……チャンピオン……」


 まだ実感が湧いていない様子のレオンは、己の拳を見つめることしばらく。はっきりと頷いた。


「その名に恥じない男になります」


「うむ! 精進せい!」


 ふたりはすっかり仲良しだ。

 でも、そばに立って話を聞いていたわたしたちには気になっていることがあった。


「あのう、ここにいて大丈夫? ゴルドバスから何か言われるんじゃない?」


「よいのだ! 俺は解雇されたのだからな! がっはっは!」


 なぜかとっても自慢げなド・イェルガである。


「そしたら、これからどうするの?」


「俺は再び旅に出る」


 ド・イェルガは大きな荷物袋を背負い直して、山の向こうを見つめた。


「この命を燃やしてもよい。そう思えるものを探す旅となるだろう」


「そっか……」


 今回は敵だったけれど、憎めない人でもあった。次に会うときはわたしも仲良く肩を並べたい。


 そんな気持ちが通じたのか、ド・イェルガは優しい顔で頷いてくれた。


「さらばだ、アマルガルム族の娘、ネネ。そして、はぐれエルフのラカよ」


 こうしてド・イェルガはマリストンから新天地へと旅立っていった。オークが乗れるウマはとても珍しいので、長く険しい徒歩の旅になるだろう。


 わたしは心から武運を祈り、ド・イェルガの背中を見送るのだった。


「さてと」


 ラカはスモーキーの手綱を引き、わたしを見た。


「あたしらも行くとしようかね」


 別れの気配を察したノエミさんが、こちらに来てレオンの隣に並んだ。さりげなく手まで繋いじゃって。仲睦まじいなあ。


「もう行ってしまうの? せめてもう一日、ウチに泊まっていっても……」


「いやあ」


 ラカは首を横に振り、ノエミさんのご厚意を断った。


「居心地がよくなっちゃうと尻が重くなっちゃってね。ほどほどのところでおいとまするのがあたしのルールなんだ。ありがと、ノエミ」


「そういうことなら……」


 ノエミさんはわたしとラカにそれぞれ握手を求めた。


 続いて、レオンも。ただし、こっそりと小声で、


「おふたりの活躍、コミュニティで追いますからね」


 と、つけ加えた。


 それはなんだか恥ずかしいので言わないでほしかった。


《クエスト〈フロレス農場の娘〉を完了しました》


 ちなみに報酬はもう受け取っている。

 二週間分の寝床と食事――と、ラカが言ったのである。


 わたしもそれでいいと思った。何より、ジャイアント・スパイダーの煮込み料理を教わったのは大きな収穫と言えるだろう。


「じゃあね、ノエミさん、レオン! お幸せに!」


 ラカに続いてスモーキーに跨ったわたしに、ふたりは顔を赤くして手を振り返してくれた。


 なんだか寂しいなあ。

 お互いに姿が見えなくなった後で、わたしはラカの背中に頭を預けた。


「いやあ、楽しかったなあ」


「ネネったら、すごくはしゃいでたわね」


「お互い様でしょ。ゴルドバス相手に大立ち回り。なんだかノリノリだったじゃん」


 わたしたちはくすくすと笑う。


「でもさー。プレイヤーとモータルで恋愛が成立するかしら」


 と、ラカが急に現実的なことを言い出した。


「あのノエミの態度も、本当に『好き』なんじゃなくて、レオンに対する好感度がマックスに近いからああなってるんでしょ?」


「もー。現に、レオンはノエミさんのキスで覚醒したんじゃん」


 ちなみに、あのときレオンの身に発動していた、ふたつめのスキル。


 それは、〈絶対守護者の不退転ディターミネーション〉。

 本来なら結婚システムを利用したプレイヤーでないと習得できないスキルで、配偶者を守ろうとする行動にバフ効果が乗るスキルなのだという。


 もちろん、レオンとノエミさんは結婚したことになっていない。試合が終わった後にはスキル欄からも消えていたそうだ。


 つまり、バグのおかげでド・イェルガに勝てた――ということになる。

 そのおかげでラカはものすごく懐疑的だ。


「レオンの思い込みでどうにかなったんでしょ。キスされただけなのに、結婚したって思い込んじゃったワケ」


「そうかなあ。お互いの『好き』って気持ちが伝わったんだと思うよ。わたしたちの思考を読み取れるVRゲームなんだから、そういうことがあったっておかしくないじゃん」


「はあ。ゲームだからこそ、そういうことがあったら困るの。バグってことで運営に報告っと」


「……わたしだって同じだったもん」


「なんの話?」


 ラカは振り返ろうとしたけれど、わたしは背中にぴったりくっついているので、拗ね顔を見られずに済んだ。


「〈方晶〉が光ったとき、わたしもレオンと似たようなこと考えてた」


「似てる? なになに、詳しく教えてよ」


「……だから、わたしもラカを守りたいって」


「…………」


 ふたりして黙り込んでしまった。

 ああ、恥ずかし。ラカからしたらありがた迷惑だろうに。


 でも、ラカは小声で何やら呟くのだった。


「いつも守ってくれるよね」


「えっ? なんて?」


「あたしを守ろうなんて百年早いって言った」


「絶対違うよねえ!?」


 身を乗り出して、ラカの表情を覗き込もうとする。


 そのラカが急にスモーキーを止まらせたものだから、わたしは慌ててラカにしがみついた。


 まだトウモロコシ畑を抜けていない。周りを見渡しても、風に揺れる穂の先っぽが見えるだけだ。


「どうしたの?」


「あたしらには、まだここでやらなきゃいけないことが残ってるわ」


 振り返ったラカの目はとても険しかった。

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