[04-17] 運命の夜、スポットライトに戦士がふたり
ついにこの日がやってきた!
わたしたち四人が〈パンチアウト・ショー〉に到着すると、用心棒たちと野次馬のお出迎えを受けた。
「へっ、逃げずに来たか」
「くくっ、わざわざ死にに来るなんて、イモータルってのはわからねえな」
用心棒たちはレオンの敗北を確信している。地面にぺっと唾を吐いたり、わざとらしくガムをくちゃくちゃ噛んだりして、わたしたちを嘲笑った。
だが、彼らが知っているのは二週間前のレオンだ。
ぎろっ。
……と、レオンのただならぬ眼光に押し黙る。
わたしの中でちょっとしたいたずら心が芽生える。用心棒たちの横を通り過ぎるときに、威風堂々と歩くレオンを見上げて尋ねた。
「どう? クモと人間、どっちが怖い?」
「断然、クモですね。人間は食べられませんから」
用心棒たちが互いに顔を見合わせる。きっと、『クモ?』という疑問が頭に植えつけられたことだろう。
わたしたちは戸惑う用心棒たちの様子に声を上げて笑う。
いいテンションだ。
臆病だったレオンはもういない。
ジャイアント・スパイダー・クイーンの
ついには、わたしの助けを借りずに単独でボスと取り巻きの撃破を果たせるようになったのだ。
休憩時間にはラカ伝授の精神統一術を実践し、MNDの成長を促進。精神攻撃の耐性を得ている。
たとえば、ド・イェルガの〈
また、精神攻撃を受けたときの視覚効果を低減することで、そもそものゲームがプレイヤーに与える影響を減らすなんてメリットがあったり。
シンプルな恩恵も忘れてはならない。CPゲージが伸びるので、攻撃を命中させるのも回避するのも簡単になっているはずだ。
レオンが率先してテントの中へと入っていく。
本日の主役の登場に、観客たちが一斉に沸いた。
わあああっ!
今まで聞いたことのない振動に、わたしは笑顔ながらも立ち竦んでしまう。
これ、いつもより人多くない? イモータルの誰かが『外』で宣伝でもしたのだろうか。
前座試合はとっくに終わっていたようだ。
人垣が左右に分かれ、ゴルドバス、ド・イェルガ、代理人、そして審査官の四人が現れる。
ゴルドバスは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「来たか。そやつがもがきあがいて苦しむ様を堪能してやろうではないか」
ラカは「へっ」と好戦的な笑みで威嚇する。
「後で吠え
雇い主とは正反対に、ド・イェルガが一歩前に出て、
「うむ、見違えたぞ、小僧! アマルガルムの娘が言っていたとおりだ! この俺を倒すために鍛え上げた貴様の力、存分に振るえい、レオンハルト!」
「……はい! よろしくお願いします、ド・イェルガ!」
両者、がっしりと握手を交わす。
筋肉と筋肉の共鳴。溢れ出るアドレナリンの臭気。
場の空気が豹変した。
謀略や思惑が張り巡らされていても、リングの上では関係なくなる。
これから始まるのは、ふたりの戦士のぶつかり合いだ。
「……〈パンチアウト・ショー〉にお越しの皆様! いよいよ世紀の大勝負が始まろうとしております!」
ゆらゆら揺れるランタンに照らされる四角いリング。
その中央に立った司会者が、観客たちに挨拶をする。
「これより行われるのは、こちらにいらっしゃるノエミ・フロレス嬢が所有する農場の所有権を賭けた、正式な決闘となっております!」
わあっ、と観客たちが騒ぐ。
その中で盛り上がらずに呻いたのは、恐らく、かつて〈フロレス農場〉で働いていた人たちなのだろう。
司会者はゴルドバスの代理人からサイン入りの書類を受け取り、よく見えるように高く掲げた。
「皆様にも証人となっていただきます! チャンピオン、ド・イェルガ氏が勝利した場合、〈フロレス農場〉の所有権はゴールディ・ゴルドバス氏に移譲されることとなります!」
注目が集まり、ゴルドバスは立ち上がって
「チャレンジャー、レオンハルト氏が勝利した場合、〈フロレス農場〉の所有権はノエミ嬢のもとに留まります!」
「土地だけじゃない! 労働者のみんなに手を出すことも許さないわ!」
リングサイドからのノエミさんの指摘に、司会者は気まずそうに頷く。
「失礼しました。確かにノエミ・フロレス嬢の財産に今後一切干渉しないこと、という一文も記されていますね」
外野からブーイングが飛ぶ。
「公平にやれ!」
これに、ゴルドバスはふんと鼻を鳴らし、イスにふんぞり返った。
「さあ、皆様。勝者はどちらか、もうお賭けになられましたね!?」
ほとんどの観客はド・イェルガに、大穴を狙う者はレオンに賭けているようだ。
この一戦で、どのくらいのお金が動いているのだろう。
どっちみち、ゴルドバスには多額の金が入ってくるのだ。あまり面白くはない。
……わたしは落ち着かずに周りをきょろきょろと見てしまう。
というのも、
「こんなときにラカったら、どこに行っちゃったのかなあ……」
「――ごめんごめん! 通して! 関係者よ!」
どこかへ消えていたラカが、観客を押しのけてリングサイドに戻ってきた。
「何してたの?」
「いやあ、ちょっと野暮用」
「…………?」
リアルでトイレか、飲み物でも取りに行っていたのだろうか。
「両者中央へ!」
レオンとド・イェルガは、コーナーに置いた丸椅子から勢いよく立ち上がる。
その一歩が踏み出されるたびにリング全体が振動し、そばに立つ私たちをもふらつかせる。
ふたりとも超重量級の戦士だ。空間が狭く感じる。中央で顔を合わせる構図はとても迫力があった。
ド・イェルガは戦化粧をして決闘に挑んでいる。
一方のレオンは長い金髪をノエミさんの手で三つ編みにしてもらっていた。
ふたりがばちばちと視線の火花を散らしている間で、司会者が窮屈そうにルールを説明する。といっても、いつもの試合と変わりはない。
「……おふた方、よろしいですね!?」
「応!」
「はい!」
「では、ご健闘をお祈りします!」
ふたりはそれぞれのコーナーに戻る。丸椅子はすでにわたしたちが片づけておいた。
その際に、ラカがぼそっと言ったことを忘れられない。
「拳闘だけに?」
うん、そのダジャレは日本語限定だね。
司会者がリングから下りて、木槌を手に取った。
とうとうこの時が来た。
わたしはきゅっと手を握り、レオンの背中を見守る。
「第一ラウンド――
かーん! ゴングが高らかに鳴らされた。
戦士たちが勢いよく飛び出す!
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