[03-13] ヴェルヴィエットの憎悪

 ラカはわたしよりも激しい攻防を繰り広げていた。


 ヴェルヴィエットにとっても気を抜けない敵であり、憎悪を向けたわたしよりもマギカを割いていたのである。


「ラカ!」


 わたしの声に、苦しい状況であってもラカはにやりと笑う。


「ちゃんと生きてるわね、相棒――ノームお願い!」


 地面がぬっと現れたのは、わたしが見慣れている小さなお化けではなくて、巨大ノームだった。両手をすくい上げるような仕草で、ラカの前に姿を隠せるほどの土壁を作り出す。


 わたしはそこにスライディングで滑り込み、ラカと肩をくっつけ合った。


「試したいことがあるの! タイミング合わせて!」


「オーケー、任せて」


「後、目覚めたスキルがあって、弾丸を強化できるみたい! しかも、MPが使えるようになってる!」


「MP?」


 ラカが眉をひそめるのは当然だ。MPとはつまり、セリアノが持つはずのないマギカなのだから。


「魔王の〈力〉もマギカってワケね。だったら――」


 と、ラカが何かを言いかけたときだった。

 土壁がじんわりと赤みを帯びて、ぐんにゃりと膨張していく。


「まずい、離れて!」


 ぼんっ! 土壁に大きな穴が開き、そこから蒼炎が噴き出した。ヴェルヴィエットはちっともわたしたちを休ませてくれない。


 わたしとラカの間に〈予知〉の赤い円が広がっていく。その寸前、ラカがわたしに向かって叫んだ。


「〈クェルドス〉――」


 後半は爆発で掻き消されてしまったけど、確かにわたしはラカの言いたかったことを理解した。


 わたしの進路を確保するために、ラカとノームがいくつも土壁を生み出す。先ほどの攻撃を考えれば、ヴェルヴィエットは遮蔽物の向こう側を吹き飛ばすことはできないのだ。


「小賢しい!」


 ひとつ、またひとつと土壁が木っ端微塵に粉砕されていく。

 それでもわたしは確実に距離を詰めていった。


《スキル〈疾走 Lv5〉が発動しました》


 土壁から飛び出し、しっかり急停止。リボルバーを構え、ヴェルヴィエットを狙う。


 ヴェルヴィエットも〈ウィッチブルーム〉をわたしに向ける。


 わたしの後方から閃光がいくつも飛んでいった。〈ウィッチブルーム〉から放たれた魔弾を、ラカがことごとく撃ち落としてくれたのだ。だから、射撃に集中することができた。


 わたしが構えたのは〈L&T75〉ではない。

 旅の間に使えるようになったけど、扱いに慣れていない銃。

 その名も〈クェルドス・スペシャル〉。付与能力プロパティには〈〉。


《レリックスキル〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉が発動しました》


 轟音とともに放った44口径の弾丸は三発。


 一発目は普通の回転数。

 反動を制御するための時間を要してから、二発目は超高速回転。

 上体が後方に流れてしまっても構わず、三発目はMPを使い切るまで回転数を上げた。


 わたしは銃の反動で転倒しながらも、攻撃の結果を見守る。


 ヴェルヴィエットは確かに信じられないほど強い。今までたくさんの戦いを経験してきただろう。でも、わたしの物理法則無視攻撃を経験したことは、一度もないはず!


 一発目が不可視の障壁で防がれる。今までと同じように、空中で食い止められ、弾頭は押し潰れ、摩擦熱で融解していく。


 そこへ到来する二発目。ヴェルヴィエットは反射的に同じ方法で防御したが、それこそわたしの思う壺。


 高速回転する二発目の衝撃波で、赤く融けた鉛が破裂した。


「くうッ……!」


 ヴェルヴィエットは咄嗟に〈ウィッチブルーム〉の持ち手で顔を庇った。鉛が腕にかかり、服が焼ける。


 そう、障壁は自動的に攻撃を防いでいるのではなく、ヴェルヴィエットの意志で取捨選択されていたのだ。恐るべきは、『取』のほうの幅が恐ろしく広いことだったけれど――


 その判断を下すための視界も、

 無防備なヴェルヴィエットに、三発目の弾丸が襲いかかる!


「……かはッ!?」


 弾丸はヴェルヴィエットの脇腹に命中した。

 なんの〈力〉も宿っていない弾丸とはいえ、44口径の威力だ。人間なら致命傷となる量の出血で、腹部が見る見る青く染まっていく。


 ヴェルヴィエットは苦悶の表情で膝をついた。


 そこへラカの追撃が畳みかけられるが、再びの障壁で防がれてしまう。

 でも、わたしたちへの反撃はなかった。攻撃に費やしていた思考とマギカの全てを防御に回したか。


「こんなところで……死ぬワケには……っ」


 ラカが吠える。


「終わりよ、ヴェルヴィエット! あたしらに喧嘩を売ったこと、地獄で後悔しなっ!」


 三連射の後で尻餅をついたわたしも〈クェルドス・スペシャル〉から〈L&T75〉に持ち替えて連射する。


 マギカは自動回復していくみたい。もう一発分が溜まったら、至近距離からぶち込んでやる!


「覚悟してよね! ここで絶対倒す!」


 ヴェルヴィエットは平気で人の命を奪う。生かしておけば、どれほどの悲劇が生まれるかわからない。禍根は断たなきゃ――


 絶体絶命だというのに、ヴェルヴィエットがふっと笑った。卵の殻のように閉じた障壁の周りで激しい火花が散る中、黄金の瞳がわたしをまっすぐに射抜く。


「『覚悟』? あなたこそ覚悟するのね、アマルガルム族のネネ。ビュレイスト様の〈力〉を受け継ぎ、世界の敵になったのだから」


「そんな、ことはっ……」


 ヴェルヴィエットの言うとおりだ。

 この〈力〉は厳重に封印されていたもの。これが世界のパワーバランスを変えてしまうのだとしたら、誰もが欲しがるだろう。


 ヴェルヴィエットの足元に、蒼い炎が図形を描き出す。

 魔法陣! その意味を察したラカが焦りを露わにする。


「〈転移陣テレポーター〉! 逃げる気よ、こいつ!」


「私は生き延びる。あなたたち、『外の存在』の侵略を防いでみせるわ」


 ラカが駆け寄り、障壁に〈ディアネッド〉を突っ込もうとする。でも、その銃口が熱を帯びたのを見て、悔しげに叫んだ。


「答えな! なんであんたはあたしたちのことがわかるの!? いつ、これがだって気づいたの!?」


 わたしはようやく、ラカがたびたび見せていた怪訝けげんそうな顔の意味を理解した。その途端、ヴェルヴィエットの言動の奇妙さにも思い当たる。


 ヴェルヴィエットは、この〈ジ・アル〉という世界に『外』があることを察しているのだ。そして、わたしたちイモータルが『外の存在』だとも見抜いている。


『外』とは、つまり、わたしたちが存在する現実リアルだ。


 ヴェルヴィエットの目から見れば、わたしたちは異世界からの侵略者である。その得体の知れない存在が、彼女にとって重要な意味を持つ〈魔王の遺産〉を手にした。


 ああ――わたしはヴェルヴィエットの憎悪を理解してしまった。

 ヴェルヴィエットがわらう。


「あなたたちこそ、逃げないことね。私はいつでも〈ジ・アルここ〉にいるわ」


 そう言い残して――

 ぎゅぼっ! 障壁の内側で蒼炎が爆ぜた。


 ヴェルヴィエットは跡形もなく消えてしまった。『テレポート』と言うからには遠いどこかに瞬間移動したのだろう。


 マギカの源が去ったことで森を焼いていた蒼炎も一瞬にして鎮火し、辺りが白煙に包まれる。


 ……MPの回復は間に合わなかった。わたしは銃を下ろす。


 ラカのほうは時間切れで〈憑依ポゼッション〉が解除されたようだ。元の姿に戻って、同様に元の形状に戻った〈ディアネッド〉を振り回す。


「ふざけんなっ! あたしにも一発ぶち込ませなさいよっ! あんだけ煽っときながら、なーにが『私はここにいる、キリッ』よ! ただの負け惜しみじゃんかっ!」


 顔を真っ赤にしてじたばたする、お子ちゃまみたいなラカ。ひとしきり喚いてすっきりしたのか、我に返ってわたしに駆け寄る。


「ネネ! 大丈夫……なの? 確かに死んじゃった……わよね?」


「うん。なんか助かっちゃった」


 ラカは半信半疑でわたしの顔をぺしぺし叩き、服の焦げ跡を人差し指で突いたかと思ったら、今度はがばっと抱き着いてきた。


「あたし、ネネを守れなかった……」


 弱々しい声だった。

 顔を見せないけれど、もしかして泣いているの? わたしはくすりと笑って、ラカの背中をぽんぽんと叩く。


「でも、今度はわたしがラカを守れた。でしょ?」


「……うん」


「わたしこそ、ごめん。せっかく〈魔王の遺産〉を見つけたのに、なくなっちゃったみたいでさ」


「いいよ。だって、〈力〉はネネの中にあるんでしょ? ネネはあたしのものだから、実質、〈力〉もあたしのものよ」


「待って。どさくさに紛れて変なこと言ってない?」


「別に、あたしがネネのものってことでもいいけどね」


 そこでラカがやっと顔を見せてくれた。


 エルフのガンスリンガーだけど、その表情はリアルと全く変わらない。普段はすごくカッコよくて、黙ってると神秘的で、わたしの前では控えめに笑う女の子。


 迂闊にも見惚れてしまったわたしは、このどきどきを誤魔化そうラカにおでこをくっつけた。


そらってホント泣き虫」


「泣いてない。ただの汗。後、それ禁止だって。自分がリアルネームだからってずるいんだから、寧々ねねは」


 危機が去った森に、わたしたちの小さな笑い声が響く。


 けれど、わたしたちの頭の片隅には不安が焼きつけられていた。

 風の中にはまだ、蒼炎の残り香が漂っている。

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