[02-12] 獰猛なる/復元者の/オーガ
「ラカ! チェスティさん!」
わたしが手を上げると、先に到着していたふたりも手を振り返してくれた。
兵隊ゴブリンはあらかた片づけられた。
残すはボスであるオーガ、オーガの親衛隊ゴブリン、そしてゴブリン・シップの修理班だけである。
イモータルがこうして一か所に終結すると、ますます軍隊みたいで壮観だ。初心者たちも戦闘を経て、顔つきが一人前のガンスリンガーになっていた。
だというのに、わたしたちを待ち受けていたオーガは全く動じていない。
ゴブリン・シップの甲板にどんと胡坐をかいて、サルーンからかっぱらったワインを樽で直に飲んでいた。
遠目に見た鎧はブレストプレートと鎖帷子のスカートの組み合わせで、後は革のグローブとブーツを着けている。二の腕やふくらはぎを守るのは、緋色の肌に浮き上がる鋼鉄の筋肉だけだ。
間近で見ると、まさに巨人。
手と樽の大きさを比較すると、わたしたち人間を握り潰すことなんて造作もないだろう。
でも、レベルが10程度のゴブリンを従えるボスだ。
きっと見かけ倒しに違いない――
《獰猛なる/復元せし/オーガ:オグルタス》
《デミヒュマニス/アンデッド》
《Lv:52》
……つよっ!?
異常にレベルが高い。他のみんなもその情報を見てしまったのか、最高潮に達していた熱が一気に引いていくのを感じた。
オーガの名前に区切られた『単語』がくっついていることも気になる。
「ただのオーガじゃないってこと?」
わたしの質問にラカが頷く。
「『
いきなりラカが〈ディアネッド〉を構え、オーガの額を狙った。
オーガは全くの無防備だった。ライフル弾が眉間に突き刺さり、頭蓋骨にかつんと当たる。
けれど、すぐに傷穴からライフル弾がめりめりと押し出され、ことん、と甲板に落ちてしまった。異物を排出した後は、その傷穴も驚異的なスピードで再生される。
オーガはにたりと笑い、何事もなかったかのようにワインを
どよめくイモータルたち。ラカですら表情を歪める。
「ご覧のとおり。
「そんなの、どうやって倒すの!?」
敵の目前で作戦会議もへったくれもないけど、尋ねずにはいられない。そりゃあ、ラカだって投げやり気味に答えてくれるよ。
「リジェを上回るダメを与えりゃいいわ」
人、それをゴリ押しと言う。
「もうひとつ、〈アンデッド〉ってのが気になるわ」
「それって、イモータルと同じ不死って意味だよね?」
「や、ゾンビとかスケルトンを想像して。要するに
ネクロマンサーは死体や霊魂を操る魔法使いだ。ファンタジー小説だと定番の敵である。
その言葉を聞いた途端、オーガが険しい顔で立ち上がった。
「下僕だとッ!?」
空になった樽を投げ捨て、軽々と船から飛び降りる。
どすん! 地響きとともに砂煙が舞い上がる。その煙幕を切り裂くように、両腕をがばっと広げた。
「オレ様はネクロマンサーの下僕に成り下がったつもりはないッ! ヤツが勝手にオレ様を蘇らせたのだッ! オレ様を侮辱するな、エルフ! その高慢ちきな耳を引き千切るぞッ!」
がらがら声で怒鳴っただけなのに、わたしたちに威圧感を与える。
しかし、ラカも引き下がらない。
「その手の脅し文句は何千と聞いてきたわ。で、いつも決まってこう返すんだけどさ。あたし、イモータルだから別に怖くないのよね」
心配していたわたしとチェスティさん、思わず揃って「おおっ!」と声を上げてしまう。
オーガは忌々しそうに拳を握り締め、腰にぶら下げていた兜をかぽっと頭に被る。バケツをひっくり返したような形で、目元だけをぎょろりと覗かせる。
「ならば、木っ端微塵に吹き飛ばしてくれるわッ! アレを持ってこいッ!」
オーガの合図で、ゴブリンたちが大きな鉄の筒を投げ落とした。
ボスを運ぶのも大変だろうに、そんな重そうな物まで載せていたのか。オーガはそれを軽々とキャッチして脇に抱え持った。土管だろうか。
そこにゴブリンが駆け寄り、手にしていた松明を筒の穴に投げ入れる。
オーガはその穴をこちらに向けて――
「んなっ!? 大砲でするーっ!?」
チェスティさんの悲鳴を聞いて、ラカも後方のイモータルたちに手を振る。
「逃げて! 散れ、散れーっ!」
わたしもオーガの正面から逃げ出したが、経験が浅い初心者たちはわずかに反応し遅れた。
その遅れが、命取りとなる。
一瞬、赤い光がぱっと扇状に広がったのが見えた。攻撃範囲の〈予知〉。
ずどんっ! 砲口から猛火が噴き出し、無数の金属片が発射される。オーガ包囲網の一部が文字どおり削り崩された。
「がっ!?」
「あがぁっ!」
ゲームとは思えない悲鳴がいくつも上がった。
これほどリアルに感じられる仮想空間なのだ。わたしだってあんな攻撃をまともに食らったら泡をぶくぶく吹くだろう。
地獄絵図になっているとはわかっていつつも、どうなったのかを確かめずにはいられない。振り向いたわたしは、ここで初めてイモータルの『死』を目の当たりにしたのだった。
この世界の者と異なり、イモータルの死体は180秒経過で塵となる。所持品だけがその場に残り、他人から漁られ放題になるのだ。
復活する際には直近に立ち寄った町の墓地に転送される。
ここならすぐ復帰することも可能かもだけど……敵の目前で装備を取り返せるだろうか。
塵になるまでは、死体のそばに幽霊となって漂っていられるらしい。MNDが高ければその声も聞こえるらしいが、わたしには何も感じられなかった。
人がぐちゃぐちゃになった後の赤い蛍光色だったブロックが徐々に黒ずんでいき、さらさらと砂になっていく。
わたしは不安になって叫ぶ。
「ラカ!?」
「……なんとか生きてる!」
声がしたのは、ゴブリンたちが積み上げた瓦礫の山からだった。よかった、ぎりぎりのところで難を逃れたみたい。
ラカは
恐るべきはオーガの腕力だった。
あれほどの砲撃を行っても、ちょっと踏ん張っただけで体勢を崩していない。撃ち切った大砲を捨て、次の大砲をゴブリンたちから受け取っていた。
敵も敵で、戦いの準備を済ませていたのだ。呑気にあれこれ考えている余裕はない。
わたしはチェスティさんをちらりと見た。
チェスティさんもこちらを見ていた。
互いに頷き、行動に移す。
「みんなは散らばって、先にゴブリンを狙って!」
「狙撃手は高台へ! 他の者は狙撃手の援護を!」
それぞれの隊に言い残して、わたしたちはオーガの正面へと飛び出した。
〈疾走〉しつつ〈ケルニス67〉を連射。オーガの腕に命中するが、大した傷を負わせることはできなかった。
オーガはわたしのような小物には構わず、ラカが隠れている物陰に第二射を放った。轟音が火事で脆くなった建物をも崩落させる。
鋭い散弾は、しかし、弾道上に滑り込んだチェスティさんのラージシールドによって弾かれた。
「ぐぬう……っ!」
歯を食い縛って衝撃に耐えるチェスティの周りで、花火が爆ぜたのではないかと思うほどのスパークがばちばち迸る。
散弾の嵐が過ぎ去った後で、ラカが瓦礫から飛び出した。チェスティさんの背後にぴったりとくっつき、ライフルを構え直す。
「ナイスカバー、チェスティ!」
「お任せあれ!」
チェスティさんがラカの盾役なら、わたしは敵の翻弄役だ。見た目の迫力に
「鬱陶しいぞ、犬っころッ!」
「狼だ、よっ!」
オーガが発射済みの大砲を振り上げたので、わたしは頭を低くして素早く駆け抜ける。
ぶん! 背中のすぐ後ろで空を切る音。
直後、ずしんと地面が揺れた。
砲撃後の硬直が多少でもあったおかげで、わたしはぺしゃんこを避けられた。これが〈獰猛〉の攻撃速度か。
今にもオーガにやられそうなわたしを見てか、ラカが心配そうな顔をラージシールドの後ろから覗かせた。
「ネネ! 無茶は……」
だけど、わたしは
「できる。やれる。……いけるよっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます