Chapter-05

「オムリン、お持ち帰りしやすいようにしてあげなよ」


 朱鷺光の肩越しに、弘介がそう言うと、


「解った」


 と、オムリンが返事をすると、オムリンは自分の4倍はありそうなごついDR28号を軽々と持ち上げ、ボンゴブローニィトラックの荷台に向かって放り投げた。


「くっ、おのれっ、これで済むと思うなよ! 左文字朱鷺光! R-1! 必ずこのワシが世界最強のロボットを完成させてみせるからな」

「はいはい」


 呆れたように返事をする朱鷺光の言葉を聞いたか聞かないか、波田町はトラックの運転席に飛び乗って、エンジンを吹かして逃げていった。


「しかしまぁ……」


 朱鷺光は、オムリンとDR28号が暴れた結果、地面にボコボコと穴の開いた、荒れた庭を見て、ため息をつく。

 ガレージから、オムリンがスコップを持って出てきた。DR28号のパイルバンカーで掘り返された庭の穴ぼこを、埋めて均しにかかる。


「シータ、悪いけどオムリンと代わってくれ」

「あーい」


 朱鷺光が言うと、その朱鷺光の背後から現れるように、シータが出てきて、出入り口になっている掃き出しから、台石のサンダルを履いて、オムリンの元に向かう。


 オムリンは、近づいてきたシータにスコップを渡した。


「オムリン、念の為チェックするから作業部屋へ来てくれ」

「了解した」


 掃き出しから身を乗り出した朱鷺光が、背後を指すような手振りを加えながら言うと、オムリンは、そう言って頷き、出入り口になっている掃き出しへと向かっていった。



「お前も過保護だねぇ、波田町のおっさんのメカでどうにかなるオムリンじゃないだろうに」


 弘介が言う。


 朱鷺光の作業部屋に、診察台のようなメンテナンスデッキがあり、オムリンがそこに寝かされていた。

 衣装ははだけているが、その肌は無機質なゴムのように生気がない。

 天井から吊り下げられているスパイラルのケーブルが伸ばされ、オムリンの頭部センサーユニットの基部や、開かれたメンテナンスハッチの中の端子に接続されている。


 弘介は、苦笑しながら、もはや骨董品のPowerMacintosh7100/80AVで、オムリンの各駆動部のチェックを進めていく。


「パワーだけはありそうだったし、一応念の為ね。後で壊れてもめんどいし」


 そう言った朱鷺光は、作業用のコンパクトな、AMD製CPU搭載の自作パソコンに、オムリンのソフトウェアのログデータをチェックさせていた。


「んー……」


 朱鷺光が操作しているパソコンに、黄色の注意喚起表示が現れた。


「第2冷却ポンプの累積稼働時間が既定値超えてるなぁ、反応はどうだ?」

「第2冷却ポンプね、あいよ」


 弘介がPowerMacのマウスで冷却系のチェック画面を呼び出し、作動の反応を確認する。


「んー、作動反応は正常だがなぁ」


 弘介は、ポンプの制御基板が返してくる反応を画面で確認すると、朱鷺光の方を向かず、PowerMacに接続された液晶ディスプレイの画面を見たままそう言った。


「動いてるんなら、第1のポンプはもう少し時間残ってるし、そのとき一緒に交換すりゃいいか?」


 朱鷺光は、やはり弘介の方は向かず、正面とその左側に並べられた2台の4:3のディスプレイを見ながら、呟くようにそう言った。

 それから、マウスでチェックツールを操作して、さらにログの検索を続ける。


「コムスター、どう思う?」


 朱鷺光がそう言うと、

「オムリンなら第1と第2はそれぞれ独立して動くから、突然機能停止ということはないだろう。冷却系を修繕するとなると大事になるし、その判断でいいのではないか?」


 と、合成音声が人間らしい抑揚でそう言った。


 R-0[COMMASTER]、コムスターと呼ばれている。富士通製メインフレームの上で動く、R.Series用の試作A.I.だ。旧い設計そのままのオムリンと異なり、後続の製作のためにアップデートを続けている。

 代表的なものがDynamic Emotion Art Technology、DEAと略されるソフトウェア技術だ。A.I.による豊かな感情表現を可能にしたもので、コムスターで試験を行った後、シータに初めて搭載された。


 だがオムリンのソフトウェアは、バグフィクスとセキュリティ以外の、性能を大幅に更新するようなアップデートを行っていないので、この技術は使われていない。

 オムリンの単調な反応、ニュートラルな表情はそのためだ。

 もっとも、これはあくまで“感情表現の多様化”のための技術であって、“感情”そのものではない。

 要するにオムリンは“感情がない”のではなく、“感情を表わにするのが上手くない”ということである。


 ちなみに弘介が製作に関わったのはシータから、正確に言うとシータのソフト製作のためのコムスターのアップデートからだ。オムリンは朱鷺光がほぼ1人で設計している。


 朱鷺光は超・天才を自称していたりするが、メカの設計の堅実さは弘介に依るところが大きい。朱鷺光が1人で設計したオムリンは、ピーキーなレーシングマシン的な面がある。


 その為、オムリンはメンテナンス性もお世辞にもいいとは言えない。

 冷却系のポンプ交換となると、冷却液を全部抜く必要があった。これはオムリンがその用途に反してコンパクトに作られている事も要因になっているのだが。


 一方でオムリンの空圧駆動系、冷却系、潤滑系は完全二重化されている。

 R.Seriesの駆動は、腕や足などの主要な関節はエアーサーボ、末端の駆動は超音波モーターが使われている。

 エアーサーボのためのコンプレッサーは、負荷に応じて2つのコンプレッサーを動かすが、シータ以降は1つのモーターで電磁クラッチで1基駆動と2基駆動を使い分けているが、オムリンは2つのコンプレッサーにそれぞれモーターがついている。

 冷却系や潤滑系も似たようなもので、オムリンは1系統が欠けても全機能が喪失しないようにできていた。


「それじゃあ、そうすべぇ、ここを防水すんのも、ガレージに移動すんのも面倒くさいし」


 朱鷺光は、そう言いながら、チェックソフトが他に警告・注意喚起の表示を出さなかったことを確認しつつ、弘介の方を振り返って、苦笑した。


「ま、俺も賛成。徹夜明けで疲れてるし」


 弘介は、相変わらず朱鷺光の方を向かず、視線を一旦少し上に向けるようにして、そう言った。

 画面に駆動系の組み込み基盤からの異常がないことを確認して、PowerMacのソフトを閉じる。


「うし、今日のところはとりあえずこれでよかろ」


 朱鷺光はそう言いながら、ローテーブルに置いたパソコンの前のOA座椅子から立ち上がり、オムリンが寝かされているメンテナンスデッキに向かった。


「こっちもチェック終わり」


 弘介がそう言って、振り返る。


「コムスター、外部電源カット」

「了解」


 朱鷺光は、言い、コムスターの返事を待ってから、オムリンに接続されたケーブルを外し始める。

 弘介も立ち上がって、その作業を手伝った。


 最後に1本だけ、センサーユニット基部に接続されたイーサネットケーブルを残し、オムリンのメンテハッチを閉じ、レオタード地のチェストにショートパンツという衣装を着せていく。


「んじゃ起動すっぞ、電源入るぞ、気をつけろ」


 朱鷺光は、そう言って、パソコンの画面に現れたコンソールウィンドゥに、文字コマンドを入力する。


 Startup ROS


 コンソールウィンドウに起動シークェンスの文字列が流れる。

 それまで、ありふれたゴムの人形のようだったオムリンの肌、液晶感応皮膜が、瑞々しい人の肌のように変わる。

 起動シークェンスが終わると、コンソールウィンドゥは自動的に閉じ、それと入れ替わるような形で、オムリンがパチリ、と目を開いた。

 オムリンはメンテナンスデッキの上で上半身を起こすと、自らイーサネットケーブルを外す。スパイラルワイヤーに引っ張られて、天井へと戻っていく。


「どうだった?」


 オムリンは、朱鷺光の方を向いてそう訊ねた。


「んー、動作に問題はないけど、第2冷却ポンプが累積稼働時間行っちゃってるから、それだけ気をつけておいてくれ」


 朱鷺光は、そう言いながら、オムリンの外部センサー基部のカバーをオムリンに手渡す。オムリンは、朱鷺光の言葉を聞きつつ、それを自分で装着した。


「了解した」


 オムリンが答える。


「よし、とりあえずチェック終わりっと」

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