第12話 迷える子猫たちがやってきました
ともかくかなり疲弊しているようだったので、詳しい事情を聞くのはとにして、すぐに家に入れてあげた。
怪我をしている子もいたので、レオナちゃんが回復魔法で治してあげる。
「すごい……まほうだ……」
あっという間に傷が癒えたことに驚いている。
魔法のことは知っているみたいだけど、あまり見たことがないのかもしれない。
それからご飯を食べさせてあげた。
パンとスープを前にして彼らはごくりと唾を呑み込む。
それから恐る恐る訊いてくる。
「た、たべていいの……?」
「もちろん。沢山あるから好きなだけ食べてね」
私が作ったわけじゃないけど。
遠慮がちにスープを一口飲んだ瞬間、彼らは大きく目を見開いた。
「お、おいしい……!」
それからはほとんど一気だった。
無言で食べ続け、あっという間に平らげてしまう。
汚れていたので順番にお風呂に入ってもらうと、よほど疲れていたのか、目が閉じかけていたので、いったん休んでもらうことにした。
彼らが寝ている間に、レオルくんから話を聞いたところによると、オークに襲われているのを発見し、助けてあげたらしい。
「じゅう人はかくれて住んでる」
そしてどうやらこの世界では、獣人は迫害されて生きているそうだ。
そもそも魔族と人間が対立していて、獣人は魔族と人間のちょうど中間のような存在であるため、どちらの種族からも忌み嫌われているらしい。
なので枯れた土地や山、森などといった過酷な場所に逃れ、ひっそりと暮らしていることが多いのだとか。
「ということは、迷い込んじゃったわけじゃなくて、元からこの森に住んでいた子たちかもしれないってこと?」
「たぶん」
この森、私たち以外にも人(獣人だけど)が住んでたんだ……。
「三人とも猫の獣人かな?」
三角形の耳に、長い尻尾。目はぱっちりとしていて少し目尻が吊り上っていた。
それ以外はほぼ人間と変わらないので、ケモノ度は10%ってとこかな。
「きっとニャーぞく」
「にゃーにゃー♪」
猫の獣人のことをニャー族っていうらしい。すごくかわいい呼び方なんですけど。あとレオルくんが猫の真似してて好き。
「クルルル!」
と、そこへリューが帰ってきた。
目いっぱい身体を縮め、窮屈そうに家の中に入ってくる。
「……なんか随分と太ったね。もう少しで家に入れなくなっちゃうよ?」
「クルゥ……」
冬眠に備えるため食べまくっていることもあり、最近かなり肥大化しているのだった。
すでに当初の二倍くらいあるんじゃ……?
◇ ◇ ◇
「……おれ……しにたくない……」
思わずそんな呟きが零れた。
けれど生へと執着するその意思に反して、すでに身体は満身創痍。怪我は大したことないけれど、もう何日もまともなものを食べておらず、空腹が限界を超えていた。
すでに動くことさえ億劫だ。
ライオは森の奥に隠れ潜むニャー族の村で生まれ育った。
いつ魔物に襲われるか分からない、過酷な森での生活。
当然、そこに弱者を置いておく余裕などない。
それゆえ八歳になる頃には、誰しもが大人に交じって〝魔物狩り〟に参加させられることになる。
そしてもし、九歳までに十分な実力を身に付けられなければ、村から追放されてしまう。
厳しいが、それが彼ら一族の掟。
ライオはその試練を乗り越えることができず、村から追放されたのだった。
「わ、わたしだって……! でも、しかたないよ……よわいんだから……」
消え入るような声が近くから聞こえた。
追放されたのはライオだけではなかった。
ライオと同い年の少女の名は、ヒューネ。掟は女であっても例外ではないのだ。
「……もう、つかれた……」
そしてもう一人、こちらは少年で、チタと言った。
もはや諦めてしまったのか、その場に力なく蹲ってしまう。
三人一緒なのはせめてもの情けだろうか、村から揃って追放され、今日で二週間が経とうとしていた。
その間、もちろん何も食べていないわけではない。
小動物を捕まえたり、木の実を採ったりして、どうにか食い繋いできた。
けれどそれだけでは、成長期の身体を維持するには不十分だった。
段々と体力が乏しくなってくれば、ますます狩りが難しくなってくる。
そのとき近くの草木が揺れたかと思うと、巨体がぬっと現れた。
三人の顔から揃って血の気が引いた。
「お、オーク……っ!」
この森に棲息している魔物の一種だ。
その肉質の良さからお祝いごとなどで振舞われることが多いが、狩るのは簡単ではない。
動きこそ鈍いものの凶暴で力が強く、一族の大人であっても返り討ちに遭って死んでしまうこともあるほどだ。
当然ながらライオたちが敵う相手ではない。
「に、にげろっ!」
慌てて逃げ出す。さっきまで座り込んでいたはずのチタも走り出した。
「オアアアアッ!」
オークが後を追ってくる。
鈍重だが、それでも身体が大きい分、足は決して遅くない。
体力の乏しい今、果たして逃げ切れるか……。
「きゃっ?」
「ヒューネ!?」
そのときヒューネが足元の木の根っこに躓き、転んでしまった。
「ひっ……」
あっという間にオークに追い付かれ、その太い腕が彼女に伸びる。
「は、はなしてっ……」
やせ細った腰を片手で持ち上げられる。暴れるが、オークの腕はビクともしない。
それどころか、握力だけでミシミシと骨が軋んだ。
オークはニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべ、苦しむヒューネを楽しそうに見ている。
「く、くそっ!」
「ばかっ、かなうわけないって!」
足を止めて逡巡するライオを、チタが怒鳴りつける。
と、そのときだった。
シュンッ、と風を切って飛来した槍が、オークの頬を右から左へと貫いた。
「オア?」
オークも何が起こったのか分からなかったのだろう、そんな間抜けな声を漏らしてから、刺さった槍に気づいて、
「オアアアアアアアッ!?」
「ひゃっ!?」
ヒューネは地面に落下し、尻餅をつく。
雄叫びを上げて苦しむオークへ、接近してくる小さな影があった。
「たっ!」
その影が飛び上がり、手に持っていたナイフのようなものを閃かせたかと思うと、オークの猪首から血飛沫が上がった。
巨体がどさりと倒れ込む。
オークはすでに事切れていた。
一族の大人でも苦戦する魔物を、こうもあっさり倒してしまうなんて。
ライオたちは戦慄を覚えながら、その人物の姿を確認し――そこでさらなる衝撃を受けることになる。
「大丈夫?」
ライオたちとそう歳の変わらない少年だったのだ。
しかもこの森にいるはずのない人族の。
その後、ライオたちは少年に案内されて、森を三十分ほど歩いた。
少年はレオルと名乗り、明らかに疲労困憊した彼らを見て、「うちで休んでいきなよ!」と言ってくれたのである。
その笑顔に敵意が感じられなかったのと、助けてもらった恩、それにどのみちこのままでは遠からず飢え死にする未来が待っていることから、三人は彼の後を付いていくことにしたのだった。
そうして辿り着いたのは謎の一軒家だった。
塀で囲まれた敷地はそれなりに広いのに、たった一棟しか家がないのである。
思わず顔を見合わせた三人を出迎えてくれたのは、レオルとよく似た少女と、大人の女性だった。
なぜこんなところに人族が住んでいるのか分からないが、不思議なことに、その女性を見た瞬間、ライオの胸から一瞬で警戒心が消えた。
この人が自分を害することはないと、なぜかそんなふうに確信できたからだった。
実際、このあと三人は手厚くもてなされた。
レオナと名乗る少女の使う魔法で傷を癒してもらったばかりか、食べ物まで恵んでもらい(空腹だったことを差し引いても信じられないほど美味しかった)、〝おふろ〟なるところで身体を綺麗にすることができ、さらには毛皮のベッドで眠らせてくれた。
よほど疲れていたのだろう、ライオたちが目を覚ましたのは、翌日の朝のことだった。
「クルル~(おはよー)」
「どどどどっ、ドラゴン!?」
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