第85話
オレは美琴姉さんが連れ去られそうになっているのに何もできなかった。
お祖父様の言葉に縛られてしまったオレは、黙って美琴姉さんが行ってしまうのを見ていることしかできなかった。
美琴姉さんや父さんと母さんと家族でいられなくなる。それは、オレの中で思ったよりも衝撃的な出来事だった。あまりにも衝撃的過ぎて、身動きが取れなくなってしまったほどだ。
オレが呆然としている間に美琴姉さんはお祖父様に連れ去れてしまった。
どこに止まっていたのか、黒塗りの高級車がオレの家の前にスッと横づけされると、後部座席のドアが開き、半ば押し込むようにして美琴姉さんは車に乗り込んでしまった。
美琴姉さんもお祖父様にオレの養子縁組を解消すると言われた時から、表情を固くしお祖父様の言うなりになった。美琴姉さんにとってもオレの養子縁組の解消というのは衝撃的な内容のようであった。
「美琴さん・・・行っちゃったね。」
「・・・ああ。」
走り去っていく車を追いかけることもなく呆然と見送るオレは、その場にへたり込んでしまった。
自分の情けなさを突きつけられたようで、身体に力が入らない。
「優斗、しっかりしてよ。私に美琴さんと結婚したいと言っていた時の優斗はどこへ行ったの?僕、二人の間には割り込めないって思ったから引き下がったんだよ。今の優斗は隙だらけだよ。割り込み放題だ。こんなんじゃ、僕はまだ引き下がれそうにないよ。」
マコトは大きな目に涙を浮かべながら、オレに訴えかけてくる。
オレは何も言えないまま、下を向いた。
「養子縁組の解消なんてなんてことないじゃん!美琴さんと結婚するには遅かれ早かれ養子縁組の解消が必要だったんだよ!それなのになんで躊躇するの?」
マコトの叫びにオレはハッとした。
確かに、美琴姉さんと結婚するためにはオレは一度養子縁組を解消しなければならなかった。それは、わかっていたはずなのに。
いざ、言われると同様してしまって何もすることができなかった。
「オレは・・・どうして・・・。」
オレは自分の心の弱さに戸惑った。
どうしてあの時、お祖父様に養子縁組の解消なんて関係ないと言えなかったのだろうか。
どうしてオレはお祖父様の言葉にあんなに衝撃を受けてしまったのだろうか。
「優斗っ!立って!落ち込んでちゃダメだよ。前を向いて。落ち込んでいる優斗なんて美琴さんだって望んでないよ。落ち込むくらいなら、お祖父様にぶつかって来なよ。」
マコトに二の腕を掴まれ、グッと引っ張り上げられる。
オレはマコトに支えられるようにしてゆっくりと立ち上がった。
確かに、マコトの言う通りだ。
ここで落ち込んでいても美琴姉さんの婚約は解消されない。お祖父様に物申さなれけば何も変わらないのだ。
でも、無駄かもしれない。
お祖父様は人の意見を聞くような人ではない頑固ものなのだから。
「優斗っ!しっかりしてよ!!」
マコトは落ち込んでいるオレの顔を手でつかんで上を向かせる。
「んっ!!」
そうして、気づけばマコトの顔が目の前にあった。それに、マコトの口がオレの口を塞いでいる。
「ぷはっ・・・。」
しばらくして、マコトの口がオレから離れた。
「・・・優斗、拒否くらいしなよ。じゃないと僕、自惚れちゃうじゃん。」
「あ、・・・ごめん。」
マコトに言われるまで思いつかなかった。マコトを拒否することを。
ただ、流されるままに受け入れてしまった。
「もう!シャキッとしなよ!」
「あ、うん。」
「シャキッとして美琴さんだけ追いかけてなよ。じゃないと、僕が優斗を誘惑しちゃうからね!」
「もうしたじゃん。」
「あれは挨拶!これからどんどん本気で言っちゃうよ?」
「ん。ごめん。」
「何に対してのごめんなの?」
「・・・ごめん。いろいろと。ありがとう。」
マコトと会話をしていると何故だか少しだけ気分が浮上した。
幼馴染だから気安いってのもある。
それにこうして軽口を叩けるのはマコトだけだから。
「もう!これからどうするの?」
マコトはオレに確認するように問いかける。
今から、美琴姉さんを追いかける・・・か。だが、オレは美琴姉さんとお祖父様がどこに行ったのかを知らない。
今、美琴姉さんのスマホに電話をかけたところで通じるかも不明だ。
オレには、お祖父様の情報が少なすぎる。
どういう性格をしているのかも知らない。今まで数えるほどしか会ったことがないし、会話もほとんどしたことがない。
だから、お祖父様が見合い会場に使う場所にも心当たりがない。
「美琴姉さんを追いかけるよ。なんとしてでも。」
オレはそう言って、家に向かって歩き出す。その後をマコトもついてきた。
家の中にはまだ父さんと母さんがいたはずだ。
オレよりもお祖父様のことに関しては父さんと母さんの方が詳しい。
まずは父さんと母さんから情報を集めることにした。
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