イタコの生活保護(なまぽ)ケースファイル
@fuji_yoshi
生活保護者は幸せな老後の夢を見るか 第1話
雑然とした机と机の間から生えるテレホンアームに乗せられた電話が鳴る。
最も近い場所にいるのはオーク。
「チッ」
誰も出ようとしない電話に対し、公務員にあるまじき舌打ちをして、受話器を取るオーク。
オークでも舌打ちできるんだ。
牙とか邪魔にならないのだろうか。
私の須臾の思案は、オークの電話の声によって、中断させられる。
「プシュー、はい、保護課です・・・あ、お世話になっております・・・あ、そうですか・・・」
このオークは体がでかいのに、電話に出るとなぜか妙に声が高くなる。
イライラする。
オークが会話の途中で電話に出たので、オークとの話を終わらせようとするが、ここで、オークが意味深に私の方を一瞥してから、ぶっとい手で器用にシャーペンを持つ。
オークもペンを持てるのだと、感心していると、メモを取り始める。
本当に器用なものだ。
「病院は・・・、入院は明日からですね・・・ぷしゅう・・・わかりました・・・では・・・」
オークは電話を置く。
ん? 今の顔はなんだ。
オークのくせに薄笑いをしなかったか?
女騎士が「くっ殺せ」といったときに浮かべるようなやつだ。
気色悪い。
「ぐふっ・・・イタコちゃん・・・新規・・・おめでとう・・・ぷしゅう」
「新規」という言葉に反応して、周辺の係員が騒ぎ出す。
「おぉ」
「あらら」
「そうかぁ」
「いきなり?」
「ついてないな」
なぜか大騒ぎだ。
「え・・・えぇぇぇぇ?」
意味がわからん。
保護課の中心で私は立ち尽くした。
いや、言い換える。
世界の中心で理不尽を叫ぶ私。
うん、かっちょいい。
<少しだけ時間はさかのぼる>
今日は7月1日。
先日の人事異動により、今日から、新しい課での勤務。
でも、朝の朝礼はカオスだった。
(あぁ、泣いてるよ・・・ま、わかるけどね・・・)
新しく配属された生活保護課の課長(容姿等から今後は脳内変換でエギーユ・デラーズ課長と呼称)が、この度の人事異動で配属された職員の紹介を行おうと、課長席の前に異動者を集めると、新採でこの課に配属された、新採のうら若き女の子(容姿等から今後は脳内変換で黒崎遊子と呼称)が、目の端に涙を溜めている。
どうやら生活保護のケースワーカーとして、女性職員の配属。
エギーユ・デラーズ課長曰く、うちの市役所、初の試みらしい。
全く、試みられるほうの気にもなってほしいものである。
職員課の知り合いに聞くと、男女雇用機会均等とかで、採用時に男女に差を設けることができないが、普通に試験をすると、どうしても女性の方が点が良いらしい。したがって、比率的に女性が採用されがちになる。
しかし、市役所には、生活保護の担当をはじめとして、税金をとるとか、保険料を集めるだとか、過去の経緯などから男性が好ましいと思われる職場が多々あり、現状としては、そのような職場に男性を集めると、その他の職場が女性ばかりになってしまう。
しかし、普通に試験をすると女性が多くなる。
この繰り返しの連鎖・・・。
そこで、今年から試験的に生活保護のケースワーカーに女性を投入することになったそうだ。
ちなみに、それ以外の職場では女性が増殖中、なう、といった感じらしい。
5人しかいない係で3人が産休に入ったりするというカオスな職場もあると聞く。
私は夫が半分ニートみたいなもので、産休の恩恵にはあずかっていないので、言いたいことが言える。
あっはっは。
少し嬉しい。
課長席の前に並んでいるのは私を含めて女性4人、男性5人。
うちの市の生活保護課は、給付などを一手に引き受ける庶務係と、ケースワーカーが所属する係が6つ。計7係。
係長としての配属が2人いるので、残りは7名。
それが7つの係に配属されるので、例年通りの計算ができない。
例年であれば、女性は庶務係にしか配属されない。
こういう感のいい私は人事異動の文書を見たときから嫌な予感はしていた。
生活保護かから出ていく女性は0人。入っていく女性は4人。
今年は市長選挙が3月にあったために、7月1日の人事異動。
新し市長の意向を市政に反映させるための措置。
もっとも、きっと市長に近い役所の上層部の誰かが、うまいことやっているに違いない。
そのうまいことやってる人の意図なのか、新しい市長の意向を忖度した結果なのか、もしくは忖度した結果、にっちもさっちもいかなくなって、あれこれ理由をつけて、しわ寄せになったのかは知らんが、うちの市における生活保護課初の女性ケースワーカー誕生である。
4月に採用されて、生活保護課に仮配属されていた新採の女の子は、今まで庶務係で事務をしていて、生活保護のケースワーカーの厳しさを目の当たりにしているところに、ケースワーカーとしての配属。
これは心が折れる。
目頭の涙が光る。
まったく、かわいい遊子ちゃんのあいさつを見て、気が変わらんのか、デラーズ課長。
見た目だけでなく、中身もデラーズなのか。
私が男なら抱きしめて慰めてやりたいくらいだ。
いいや、お兄ちゃんとしてか・・・
私の脳内妄想を他所に、それぞれが型通りの挨拶を行い、ありがたくもないデラーズ課長の訓示をいただいて、係に行く。
茨の苑は動き出すのだ。
私は2係。西部地区担当であるらしい。
行くといっても、2係は課長席のとなりの課長補佐席の目の前。
数歩移動すると、私と一緒に来た係長(容姿等から今後は脳内変換で軍曹と呼称、もちろんだが、二等兵を走らせながら卑猥な替え歌を歌わせ彼だ)と目があう。
軍曹は2年前に国勢調査で一緒になったことがあり、顔見知りだ。
さっき、挨拶で、なにか偉そうなことを言ってた気がするが、すでに私は覚えていない。
むしろ心の中で遊子ちゃんを愛でていました。
ごめんなさい。
一応、営業モード全開で、にこにこ笑いながら挨拶をすることにする。
「あ、軍曹、よろしくお願いします」(※本当は係長と言っておりますが、脳内変換しております。以下、説明は省略します)
「おう、夕子ちゃん、頼むな。ところで・・・」
私と軍曹は2係を見回す。
雑多を通り越して片付いていない。
机の上に目いっぱい書類があるだけでなく、足元にも積み重ねられている。
えっと、机の下のほうの引き出し・・・開かないよね?
机の上には重要そうな書類と一緒に、週刊誌が見え隠れしている。
隠しているつもりか、おい。
ここは神聖(?)な職場だぞ。
「あ~、すみません。まだ準備できてないんです。明日くらいまで、待ってもらっていいですか?」
1人だけ異色に老けている人物(容姿等から今後は脳内変換で猫田銀八と呼称)が軍曹に話かける。
「あ、猫田さん、明日ですか? では引継ぎも明日ですか」(※軍曹ほか登場人物も、きちんと名前で呼びかけていますが、脳内変換しております。以下、説明は省略します)
「はい、えっと・・・明日かぁ・・・まぁ・・・では明日はどうでしょう」
「明日ですね、いいですよ、どこでやります?」
軍曹と話をしている内容から、猫田さんは、おそらくは前の係長だろう。
前に、内示をもらったときには不在だったので所見だ。
「あ、どうも、藤伊です。よろしくお願いします」
すかさず挨拶をしておく。
さすがわたし。コミュ力高し。
元営業だけある。
自画自賛?
「あ、藤伊さんだね。大変かと思うけど、がんばってね。えっと、藤伊さんの席はどうなるんだったかな・・・」
「・・・えっと・・・」
しばしの沈黙の後で、私の立っているすぐ横の席に座っているぽっちゃり系の人物(容姿等から今後は脳内変換でカビゴンと呼称)が、おずおずと話す。
「か・・・片付けます・・・一週間くらい・・・いいですかね・・・」
「・・・一週間・・・ですか」
配属されて一週間も、新しい部署に行けないことなど経験がない。
ちょっと戸惑うが、軍曹の言葉がすべてをぶち破る。
「よかったな、夕子ちゃん、一週間来なくていいらしいぞ、あははは」
バシバシと背中を叩く。
全く、私じゃなきゃセクハラだぞ。
痛いぞ。
一応、軍曹をにらんでから、視線を猫田係長に戻す。
死んだ目だ。
興味のない目だ。
既に俺には関係ないという目だ。
今日は、あいさつだけして、あと知らないもんという目だ。
「え・・・えぇ」
かろうじて返事をする。
まあ、新しい係長がそう言うのなら、いいのだろう。
「あ、わかりました、一週間ですね」
たしかにカビゴンの席は書類でいっぱいだ。
どこで仕事をしているんだろうというくらい、机の上も、足元も書類が積み重なっている。
これは片づけに時間がかかるのはいたしかたない。
前職で培った愛想笑いを顔に張り付け、承諾する。
すると、巨体を揺らして一人の人物(容姿等から今後は脳内変換でオークと呼称)がやってきた。
忘れていた。
オークがいるのだ。
「プシュー、やあ、イタコちゃん、同じ係だね、ぐふっ」
「・・・その呼び方、やめてくれません・・・足、踏みますよ」
私の名前は藤伊夕子・・・コスプレネームは、「伊夕子」から転じて「イタコ」・・・だった。
もちろん黒歴史。
このオークは、私の黒歴史を知る、市役所内唯一の人物。
どこかで再度、口止めせねばならない。
これは使命だ。
いやミッションだ。
クリアしなければ、G級に上がれないくらいのミッションだ。
オーク討伐任務。
・・・素材はいらないな。
そんな装備は作らない。
「プシュー、あ~、ごめ~ん、ぐふっ」
昔からそうだ。
笑っている口調なのだが、眉間にしわを寄せたまま。
このオタクオークは意味がわからず、気持ち悪い。
私が大学生の頃、はっちゃけている時代に知り合ったのだが、なぜか市役所で同期となった。
知り合った?
知り合ってはないな。
向こうが一方的に写真を撮っていただけだ。
なぜか写真の腕と、ビデオの編集がうまい。
そうでなければ、たんなる変態で、知り合いカテゴリーには入れてやらん。
ちなみに同期といっても、オークは社会人採用枠で、私はぎりぎり新人採用枠。
同期で飲むたびに、よっぱらっては「イタコ」の名を口にする。
その度に口止めするのだけれども、わざとなのか、やっぱり口にする。
「イタコ」がコスプレネームであることをばらされてないだけよしとしよう。
もう写真とか持ってねーよな?
ま、私の超絶テクニックで、「イタコ」の時は完全に別人なのだが・・・
「1週間後に、地区会議を開くから、その時・・・」
猫田前係長と話していた軍曹が、私に向かって何か言いかけると、タイミングよく電話が鳴る。
各係に1つ設置されていると思われる電話だ。
明らかに、2係への電話。
「・・・」
電話はオークの目の前。
「チッ」
公務員にあるまじき舌打ちをして、電話にでるオーク。
「プシュー、はい、保護課です・・・あ、お世話になっております・・・あ、そうですか・・・」
体がでかいのに、電話に出るとなぜか妙に声が高くなる。
イライラする。
オークが電話に出たので、軍曹の話の続きを聞こうとするが、ここで、オークが意味深に私の方を一瞥してから、ぶっとい手で器用にシャーペンを持つ。
オークもペンを持てるのだと、感心していると、メモを取り始める。
本当に器用なものだ。
ん? 今の顔はなんだ。
オークのくせに薄笑いをしなかったか?
女騎士が「くっ殺せ」といったときに浮かべるようなやつだ。
気色悪い。
「病院は・・・、入院は明日からですね・・・わかりました・・・」
いいから、なぜ声が高いんだ。不思議だ。
たしか楽器は大きくなると音が低くなる。
人間も体が大きくなると、声が低くなるんじゃないのか。
なぜか、軍曹も猫田さんもカビゴンもオークの電話に注目している。
電話を置くオーク。
「ぐふっ・・・イタコちゃん・・・新規・・・おめでとう」
まわりが騒ぎ出す。
「おぉ」
「あらら」
「そうかぁ」
「いきなり?」
「ついてないな」
オークの言葉に、周辺のケースワーカーたちも、それぞれの感想を述べる。
意味がわからん。
「え・・・新規って・・・何?・・・何ですか」
「異動組で1番だな! 藤伊!」
なぜか熱い軍曹。
女子の背中を叩くな。
私じゃなかったら、セクハラだぞ。
「新規ってのは、新規開始ケースってことだよ!」
だから何だ。私には意味がわからない。
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