第237話◇適性



「現代の戦士が抱える問題の一つに、魔力防壁への依存がある」


 アカツキは土塊の上のヤクモ組、グラヴェル組、ペリノア組、パーシヴァル組、アークトゥルス組を順々に見回すだけでなく、その周囲の騎士達の動向にも視線を巡らせている。


「より大きな魔力による攻撃でなければ基本的に破壊されない。魔力に自信のある者程多用するのも頷ける話だ。魔獣を近づけさせず、魔法で殺していく。今の人類領域における基本戦術」


 ここ最近は遭遇例が増えているが、基本的に魔人と戦う機会はほとんどない。遭わずに一生を終える領域守護者もいるだろう。

 だからこそ、力を入れるのは対魔獣戦。壁を守る為の日々の戦い。


 結果として、都市で発展した魔力防壁を用いる《班》行動は効率を高めたが、魔人戦においては弱点となってしまう。


 彼らにとって人間の魔力防壁など紙切れ同然。そして防壁を引き裂かれた領域守護者の大半は、為す術もなく殺されてしまう。突然の想定外に対応しきれずに。


「それでも、戦士の内どれくらいだろうか。一割にも満たないだろうが、防壁が破られた時のことも考えて己を鍛える者もいる。ヤクモは例外だな。防壁を展開出来るという前提がないからこそ、肉体を鍛えた。驚嘆すべき鋼の意志だよ」


「何が言いたい」


 冷たく問うペリノア。


「オレ達が、そこらへんの一般人なら。お前らの圧勝だろう。数の暴力に抗うのは難しい。だがオレ達は戦士で、時は現代。囲んだところで、怯むと思うか?」


「ヤクモとの戦いは見ていた。貴様の強さは承知の上だ」


「なら、理解が足りない」


 アカツキは剣を脇に構え、目の前の空間を斬るように横薙ぎの一閃。

 一文字に裂かれた空間からは、魔力が迸っている。


 アークトゥルスの魔力を利用した、三日月方の魔力攻撃。

 狙いはペリノア達ではない。


 《城》だ。


 《騎士王》の魔力であればここから都市の中心まで届くどころか、巨大な建造物を真っ二つに破壊することも可能だろう。


「――させると思うのか」


 空中に飛び出し斬撃を受け止めたのは――アークトゥルスとその剣。

 剣に魔力を纏わせることで斬撃を相殺させたのだ。


 アカツキとて、敵側の目的などお見通し。

 だからこそ適度に魔力攻撃を放ち、アークトゥルスを都市の守護に釘付けにさせるつもりだろう。


 互いに敵の思惑を読み合いながらの戦い。


「ランタン」


「分かっている」


 屍騎士達も動き出す。そのパートナー達も。

 周囲の騎士達が惑うのが分かった。


 死していると口で言われて理解していても、心がそれを受け入れられるかは別だ。

 仲間ともなれば、その感情は更に大きくなるだろう。


 目が虚ろで、かつての人格も感じられないとはいえ、反応は生者のそれなのだ。


「これ以上、奴らを辱めるつもりか」


「死者は何も感じない。その証拠にほら、抵抗もなく仲間に襲いかかっているだろう」


 屍騎士達の魔力炉は今も活動している。円卓レベルの騎士達による魔力攻撃を防ぎきれず、周囲は瞬く間に血と叫びで満たされる。


「外道が」


「内側の道は歩かせてもらえなくてな」


 アカツキが走りだす。


 敢えてヤクモとグラヴェルから離れているようだった。

 飛び込んだ先はペリノアとパーシヴァルの間。


「くっ」


 ほとんどの領域守護者にとって、魔力防壁の展開は刷り込まれた癖なのだ。反射に近い。訓練によってそれが出来るようになっているのだし、それによって生存率が上がった事実がある。


 だが言い換えれば、無理やり悪く言えば、無意識に魔力防壁を展開してしまう。それが、適した場面でなくとも。


 パーシヴァルが膨らませた魔力防壁はアカツキの剣に触れると、萎むようにして吸い込まれてしまう。


「あ――」


 悔やむような表情は一瞬。彼女は即座に細剣を引き、穿つように放つ。

 この世界で優れた才能とされる魔力が、アカツキの魔法と技術の前では無用の長物となる。


 アカツキは刺突を反らすように魔力を展開。力が流れ、パーシヴァルがよろける。


 それを――わざとだろう――アカツキの刺突が迎える。


 相手の得意とする技で相手を討つことで、その無力を突きつけるように。

 それを阻止しようと、ペリノアが迫っていた。


 今まさにパーシヴァルを貫く寸前だったアカツキの真横に間に合ったペリノアは、その身を裂くように剣を振り下ろすところだった。


「言っていなかったが」


 目には見えなかったが、何が起きたかは分かった。

 アカツキの剣。そのガードの先端から、魔力が放出されたのだ。


「剣身以外からも魔力は出せるんだ。言うまでも、ないことだと思ったんだが」


 魔石への魔力注入は形態変化で生み出した剣身だったが、魔法は剣全体で発動可能なものらしい。


 胸を貫く魔法攻撃によって、ペリノアの意識が失われた。

 彼の武器が人間状態に戻ったのが何よりの証拠。


 そしてそのまま、パーシヴァルも――。


 貫かれることは、無かった。

 横から彼女を突き飛ばすように魔力の塊が飛んできたからだ。


 剣はくうを突く。

 体勢を崩して転んだパーシヴァルは、すぐにペリノアに駆け寄った。

 アカツキはそれを一瞥するも、追撃はしない。


「あぁ、上手いな」


 局所的であれば、アカツキに対してでも魔力は役立つ。

 それを端的に証明して見せたのは――ラブラドライト組。


「だが変だな、銀光の少年。技術力の高さと魔法の精度が噛み合っていない。今のはよかったが、さっきの魔法攻撃は並だった」


 アカツキがラブラドライトを見る。彼は土塊に乗っていない。


「その大剣も合っていない。パートナーが変わったばかりなのか……武器や魔法が変わるような、そんな魔法の遣い手か?」


 相変わらず、戦闘勘が鋭すぎる。


「だったらなんだ」


「ミミをコピーしないのか? きみらの都市でも大いに役立つと思うが」


「僕は、魔法の『吸収』なんて聞いたことがない」


 アカツキのラブラドライトを見る目が、変わる。


「……ヤクモ、きみの都市は怖いな。こんな人材がゴロゴロいるのか?」


 ヤクモもラブラドライトの発言によって、その可能性に至る。


「自在に形態変化可能な粒子も、問答無用で『両断』するなんて魔法もだ」


 ラブラドライトは更にそう続けた。

 アカツキが楽しそうに微笑む。


「賢いな。《黒点群》は《導燈者イグナイター》込みの進化。武器をコピーしても、進化で獲得した魔法は使えない。遣い手の側はコピー出来ないから」


 アカツキはアサヒの黒点化に驚きもしなかった。

 ヤマトであればこそ、驚愕してもいいだろうに。

 大半の人間がしばらく信じなかったようなことを、一瞬で受け入れた。

 それは彼の適応性の高さだけによるものではなかったのだ。


「今の人類は聞き入れないだろうが、黒点化の条件とヤマトは相性がいいんだ。ヤマトの人間は、折れない理由を一つでも見つけられたなら、絶対に折れない。愛する者の為、忠義の為、己の為。その一つさえ定めたなら、死さえ厭わない。絶望にさえ屈しない。でも、虚しいことに大半のヤマトは《偽紅鏡グリマー》を握る資格が得られない。得ても、魔法を使う才は無い。だから、噛み合ってはいないんだよな」


 偶然ではないと、そういうことか。

 ミヤビ組も、ヤクモ組も、グラヴェル組も、アカツキ組も。ヤマトの血を継ぐ戦士を含むペアが覚醒しているのは、生まれ持った性質が条件に適しているからだと。


「とにかく、きみの想像通りだ。わざわざ名前を隠した意味がなくなってしまったな、お見事」


 ラブラドライトが彼との会話に応じたのは、話がしたかったからではない。


「……無粋だが、優秀だ」


 銀光が魔人の収まる木箱を貫かんと迫っていた。

 助けに向かおうとするアカツキだったが、それをヤクモ組とグラヴェル組が阻む。


「きみ、ベラベラ喋りすぎだよさっきから」


 グラヴェルの体を操るツキヒの言葉に、アカツキは苦笑する。


「自覚してる」



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