第235話◇交渉
魔力感知能力を言葉で説明するのは難しい。
ただ、一番近いのは触覚だろう。もちろん個人によっては強い魔力を『匂う』だとか『苦い』だとか嗅覚や味覚でたとえる者もいるが、少なくともヤクモは肌で感じる。
たとえば、風。
肌を撫でる風と、進むのも困難な程の向かい風の違いは、誰でも分かる。
魔力の強弱も同じだ。
より近いたとえをするなら、強者は酷く熱いか冷たいかのどちらか。肌が灼けるような感覚、あるいは身が凍るような感覚。どちらかに襲われる。
アークトゥルスの魔力はそのどちらでもない。
彼女が弱いというわけではもちろんない。
単に、ヤクモの感知出来る範囲を一瞬で超過したのだ。
熱くも冷たくもないのに、あまりの圧力に膝から屈してしまいそうになる。
アークトゥルスが魔力を抑えていたのは、そうでもしなければ誰も近くにいられないから。
魔力だけでいえば、師を遥かに上回るだろう。
「許さなかったらどうなるか、と問うたな」
「……是非知りたいな」
アカツキの態度は変わらないが、無理をしているのは表情で分かった。
僅かに眉が寄り、弧を描く唇にも力が無い。
「
「思ったより単純だな」
「複雑にする必要があるまい」
アカツキは頷く。
「そうかもしれない。単純なことが、簡単とは限らないが」
「困難かどうかは問題ではない」
「じゃあ何が問題なんだ?」
「貴様らの存在だ」
「話し合いの余地は?」
「……こちらの騎士を殺しておいて話し合いだと? 正気ではないな」
「いや、聞いた方がいい」
「問答は終わりだ」
「残念だ。お次はなんだ?」
「貴様らの、命の終わりだ」
ヴィヴィアン、なのだろう。
アークトゥルスの身長に合わせた、刀身の短い剣。銀の剣には、黄金の蛇が描かれていた。まるで生きているかのように絡み合う二匹の蛇は、同じく描かれた黄金の果実に牙を突き立てている。
その、林檎に見える果実が。
美しい状態でも一口齧られたような状態でもなく、中途半端に身を減らしていることが、ヤクモには不吉なことに思えた。
「どちらから死ぬか、選べ」
「ありがたみのない慈悲だな。どうしようか、やっぱりランタン、お前の方が先輩なわけだし」
「黙って私を守れサムライもどきが」
「もどきは酷いだろ」
アークトゥルスの魔力はハッキリと感じているだろうに、この態度。
「アークトゥルスさん、彼は魔法を無効か……吸収出来る可能性があります」
ヤクモの言葉に、アークトゥルスの目許がぴくりと揺れる。
「なるほど、それでその余裕か」
「言っただろう、ランタン。お前が許容量などと口走るから、ヤクモにバレた」
「貴様がさっさと無力化していれば、露見することはなかった」
魔人とアカツキの会話を無視し、アークトゥルスはヤクモ達に微笑みかけた。
「安心しろヤクモ。許容限界などが設けられている魔法で、余の魔力が受けきれるものか」
「大した自信だ。人類最強の魔法、見せてくれ」
「離れていろ」
ヤクモ達への言葉。
二匹の蛇が光を帯び、そして。
炎が噴き上がる。
それはすぐさま束ねられ、光のように奔った。
アカツキは迎え撃つように剣を構える。
炎の柱がアークトゥルスとアカツキを結び、敵の側を一瞬の内に焼き消す。
そういう魔法。
「ありがとう、《騎士王》」
アカツキは生きていた。
腕が震え、息苦しそうではあったが、無傷。
「これで交渉が始められる」
言葉の意味は、すぐに分かった。
彼の足元――正確には土塊内部に、膨大な魔力が感じられる。
まるで、アークトゥルスの魔法にかかった魔力を、そっくり流し込んだみたいに。
唖然とするアークトゥルスに、アカツキは語りかける。
「これは誰でも考えることだと思うんだが、《騎士王》が本当に第一格に相応しい《
「…………」
「実際、他の人類領域はそうしてる。比較的最近承認された第七格を抱える《カナン》でさえ、潤沢とはいえないながらそれなりの魔力を徴収している筈だ。第三格は……まぁ分からないが」
元々が他都市の人間ということもあり、ミヤビは《カナン》のあらゆる権力や圧力に縛られないし屈しない。だが彼女も魔力の多くを《カナン》に供出していた。ヤクモの家族を滞在させる為の魔力税を肩代わりするという形で。
「色々と謎の多い《騎士王》だが、そこで死んでる騎士に生前訊いてみたところやはり、そういうことはしていないらしい。貴方を不審に思う人間がいるのも分かるというものだ。水は売らない魔力は出さない。理由も説明しないとくれば無理もないだろう」
「許容量の話はハッタリか」
「いいや。結果的に騙す形になったが、嘘じゃあない。ミミの魔法は『吸収』であってるし、貴方の魔法は許容量を遥かに上回っていた。ただ、言っていないことがあった」
「……『放出』だな」
「さすがは人類最強」
ただ魔力を吸収するのではなく、吐き出す魔法も搭載しているということ。
だが問題は、『吸収』しながら『放出』してみせたこと。
それも、柄から刃を伸ばすという形態変化で、あらかじめ土塊内に埋めていた空の魔石に魔力を注入した。いくつあるともしれない魔石に、魔力が溜まるごとに別の魔石へ、というふうに。
一瞬で自分達を焦がし尽くす魔法を前に、そんな処理が出来るものなのか。
出来るのだ、アカツキには。
それが理解出来るからこそ、アークトゥルスは追撃出来ない。
吸収と放出を同時に出来、それがアークトゥルスの魔法をさばける程のものならば。
アカツキはあらゆる魔法攻撃を吸収し、その魔力をあらゆるに飛ばせるということ。
アークトゥルスの大魔法がもし、魔力の塊という形で都市を襲ったら?
破壊の規模は凄まじいものになる。
「さて、話し合いを再開しよう。さっきの話からすると、《騎士王》は魔力を魔石に込めることが出来ない。だが見てくれ。膨大な魔力を感じるだろう? 魔石に、入っている」
「――――」
『約束』の影響で、アークトゥルスは魔石に魔力を込めることも出来ないのだろう。
だが現に今、魔石に魔力は満ちている。
――アカツキを経由したからか。
アークトゥルスは魔法で『攻撃』した。それをアカツキが『吸収』し、魔石に『放出』した。
だから『約束』には反していない、という扱いなのか。
「交渉だ。これをあと何回か繰り返してもいい。向こう数百年、光に困らないくらいまで。だから、湖の乙女をこちらに引き渡してくれないか。本当に、殺し合いをするつもりはないんだ」
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