第197話◇残留

 



 出発前、昇降機前にて。


 他の者達が先に上がっている中、風紀委の《班》メンバーが集まっていた。


 その内、スファレ組、トルマリン組、コスモクロア組は《カナン》からの増援がくるまで《エリュシオン》に残ることになる。


 ヤクモ組、ラピス組、ユークレース組は帰還する。


「ラピス、合流まで班長代理を貴女に任せてよろしいかしら?」


 金糸が如き美髪、透き通る水を思わせる蒼の瞳、豊かさを主張するように揺れる双丘と、肉感的というより健康的な印象を受ける体つき。


 『白』の風紀委の会長にして班長、学内ランク第三位《金妃きんき》スファレ=クライオフェン。


「あら、わたしでいいのかしら? わたしなんて所詮は美しくて強いだけの女なのだけれど」


 薄い紫を帯びた青い長髪と同じ色合いの双眸。触れただけで砕けてしまいそうな程に細い身体。

 以前よりは感情の乗るようになった微笑。


 『白』の風紀委、学内ランク第九位《氷獄》ラピスラズリ=アウェイン。

 謙遜になっていない謙遜は、実にラピスらしい冗談と言えた。


「えぇ、貴女に頼みたいの」


 頷いたスファレから継ぐように、長身で凛々しい雰囲気の少女が口を開く。


「ユークレースはいつ倒れるとも分からんし、ヤクモは《黎明騎士デイブレイカー》だ。合流までに新たな任務が与えられるとすれば《ヴァルハラ》奪還だろう。ヤクモ組は再び隊長に任命される可能性が高い。となると残るは貴様というわけだ、ラピス」


 翡翠の長髪を後ろで一つに結んだ彼女は、泰然たる態度で説明。


 学内ランク六位《劫風ごうふう》コスモクロア=ジェイド。


「説明してくれてどうもありがとう、クロア。おかげで悲しい気持ちになれたわ」


 言いつつ、ラピスは微笑んだままだ。


「お気を落とさないでください、お嬢様。コスモクロア様は率直なだけなのですよ。お嬢様を信頼するお気持ちもある筈です。単なる消去法なわけがありません」


「わ、わたしもっ、お嬢様は隊長代理に相応しい実力の持ち主だと思いますっ!」


 彼女の《偽紅鏡グリマー》であるイルミナとリツが励ますように声を掛ける。


「ありがとう。嬉しいわ」


 ラピス組は仲がいい。


「僕としても、下手に気を遣われるよりありがたく思います。そしてもちろん、決定に異論はありません」


 中性的な容姿の少年が、空咳混じりに微苦笑を浮かべる。


 学内ランク四位《雲燿うんよう》ユークレース=ブレイク。

 生まれつき身体の弱いユークレースは、通常の任務でも病欠することがある。


「会長達もお気をつけて」


 彼女達の実力は十分承知しているが、ヤクモは言った。

 侮りではなく、仲間としての心配。


「ありがとう、ヤクモ」


 応えたのは、爽やかな笑みがよく似合う栗色の美男子。

 学内ランク第七位《無謬公》トルマリン=ドルバイト。


「でも大丈夫だよ。二人に負けてから、トルはもっとずっと強くなったから。ね?」


 淡い黄色を織り混ぜたような銀色の毛髪と瞳をした《偽紅鏡グリマー》の少女・マイカ。

 トルマリンのパートナーでもある彼女は、ふふんと得意げに言う。


「そうだね。でもわたしじゃない、わたしたちだ。そうだろう?」


「えへへ」


 トルマリン戦以降、マイカの雰囲気は大分変わった。今ではよく笑う活発な女性という感じだ。


 お似合いの二人だと思うが、二人を見るとアサヒが悔しそうな顔をする。トルマリンのように、ヤクモにもパートナーからのスキンシップを受け入れてほしいのだろう。


 対抗するようにぎゅうっと腕を絡ませてきた妹を、ヤクモはそのままにしておくことにした。


「貴様ら、出来てるのか? そうであれば祝福してやるから言え」


「あはは、だってさトル。ぼく達って出来てるのかな?」


 ずばり尋ねるコスモクロア。

 トルマリンをからかうように見つめるマイカ。


「いいんですか? 出来てるとしたら不倫では?」 


「アサヒ」


「なんですか兄さん。そりゃあ名家のご子息であれば? 女性の一人や二人や三人や四人囲ったところで不思議はありませんけれど? マイカさん的にはそういうのアリなのかなと思ったまでです。決して公然といちゃつくお二人が羨ましいとかそういうあれではありませんから決して」


 何もかも言ってしまっている妹だった。


 シベラ=インディゴライト。

 今回の作戦にも参加した《導燈者イグナイター》で、トルマリンの許嫁。


「ぼくはトルの決断を尊重するよ」


 マイカの笑顔が怖い。

 トルマリンの腕を掴む手に力が入っていた。


「彼女との婚約は家同士が交わしたもので……いや、今はよそう」


「……そうだね? 後でたっぷりしようね」


 今は仲間が一時的に分かれる場。

 個人的な話題は避けようということだろう。


 マイカもそれを理解し、後回しにすることを認めた。当然、後で話すべき時が来るということだが。


「ふふ……わたくし達の《班》も随分と騒がしくなりましたわね。これもヤクモとアサヒが入ったおかげかしら?」


「会長の言う通りかもしれませんね。少なくともわたしは、兄妹へ敗北したことをきっかけに、蔑ろにしていた大事なものに気づくことが出来た」


 トルマリンがマイカを見る。マイカは頬を染めた。アサヒが舌打ちする。


「そうね、ヤクモとの出逢いでわたしの人生は大きく変わったわ。結婚の約束も交わしたことだし」


「交わしてないよ」


「と、このように息の合った会話の相手ができるなんて、前は思えなかったもの」


 ラピスは愛しげにヤクモを見た。アサヒの機嫌が更に悪くなる。


「わたし達とユークレース組は特に変化ないがな。気に入っていないと言えば嘘になるが」


 相変わらずスパッと率直に言うコスモクロア。


「えぇ、共に戦えることが嬉しいです」


 ユークレースの言葉には裏表がない。


「……みんなしてなんだい。気恥ずかしいよ」


 だが同時に、とても喜ばしい。

 死んでも誰も気にしなかった夜鴉の村。

 その最後の若者である剣士の兄妹。


 それを見つけてくれた師がいて、認めてくれる仲間がいて。

 それは兄妹にとって、奇跡のようなものだ。


「兄さんを褒めるのはいいですが、近づくのは禁止です」


「褒められているのは、アサヒもだよ」


「わたしは兄さん以外に認められることに価値を感じません」


 そう言いながら、どことなく機嫌が回復しているように見える。

 昇降機がきた。


「それでは、《カナン》で」


 スファレが言い、《班》は一時的に分かれた。 



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