第195話◇交渉

 



 ヤクモ達は《カナン》へ戻ることになった。


 報告はもちろん、魔石も持ち帰らねばならないし、最大の理由は廃棄領域《ヴァルハラ》の奪還。


 魔獣への魔力命令が解けるまでの時間制限は《エリュシオン》よりも長いが、《隊》の帰還時には二週間を切る。


 正隊員と遜色ない実力を持つ訓練生が集められたこの《隊》だが、そもそもこの作戦に訓練生が動員されたのは、ただでさえミヤビ組を欠いた状態で、カエシウスの部下による脅迫があったから。


 都市は襲撃に備えなければならず、訓練生とはいえ戦力を捻出出来ただけでもその選択は称賛に値する。

 いや、称賛というより感謝か。


 ヤクモ組に特級魔人・クリード討伐という実績があったこと、《カナン》の魔石不足とカエシウスの魔石蒐集癖という重なり、チヨ生存と彼女によってもたらされたミヤビ生存の可能性、都市での迎撃前に《隊》での奇襲によって敵戦力を壊滅ないし削ることへの期待、都市奪還という偉業が叶うならそこへ何としても関わりたいという五色大家の思惑などなど。


 もちろん、純粋に正義の心で都市奪還を望む者の力添えもあった。

 さまざまな要素が重なり合い作戦が許可され、仲間に恵まれ作戦は成功した。

 とはいえ、これで全員帰還出来るかといえば、そうもいかない。


 魔人に支配されていた都市から魔人を排しても、すぐに都市は復興出来ない。

 組織で例えれば分かりやすいかもしれない。上層部をごっそりと失った組織があった時、末端の構成員だけになってしまった集団はそれまで通りの結果を出せるだろうか? 難しいだろう。


 立て直すにしても、時間を要する。

 《エリュシオン》は統率者も戦力も欠けている。

 誰かが手を貸さなければ。


 まず、ミヤビ組。

 またいつカエシウス程の魔人が都市を狙うか分からない。《黎明騎士デイブレイカー》相当の戦士が必要だ。


 都市内部かつ住人を巻き込む危険があったことで一時はカエシウスに後れをとった《黎き士》だが、彼女達の戦闘能力は《黎明騎士デイブレイカー》でも上位に入る。

 セレナとクリードによる都市襲撃時も、たった一人で四方から迫る魔獣の大群を焼き尽くした。


「あー、取り敢えず予選落ちの奴らは暇だろ? 残って手伝え」


 ひとまずの司令部を置いたのは、尖塔内部。

 その一階。円形の大広間に集まった《カナン》の面々。

 ミヤビの物言いに慣れたヤクモ組はともかく、戸惑っている者達も多い。


「おっ、お前さんは確か……スフレ」


「……スファレですわ、アカザ様」


「その間違い二度目ですよ、師匠」


「乳に栄養とられ過ぎてボケましたか?」


「姉さんは人名の記憶が致命的に不得手なのです。弟子ならば把握しておいてください」


 兄妹の言葉に、チヨが返す。


「お前らな……」


 ミヤビは弟子と妹の言葉に、頬を引きつらせて苦笑いしていた。


「まぁいい。後は……トロマロン? 食い合わせの悪そうな名前だ」


「トルマリンと申します」


 トルマリンは嫌味の無い爽やかな笑みと共に訂正。


「む……そうか、間違えて悪かった。んで、最後は――」


「コスモクロア。《黎き士》殿の指揮下で働けるとは光栄だ」


 間違われる前に名乗るコスモクロア。


「あともう一組欲しいとこだが……おぉそうだ、お前がいたな」


 ミヤビが声を掛けたのは、ヤクモの隣にぴとっとくっついている――セレナだった。

 先程からアサヒは彼女を剥がそうと奮闘していた。上手くいかず苛々している。


「は? イヤですけど?」


 セレナはヤクモに腕を絡ませたまま、素気なく断る。


「ヤクモ」


 師の視線。


「どうにか頼めないかな」


「え~~~~。今回だけでも、セレナ超協力したよね?」


「あぁ、すごく助かった」


 彼女とヤクモは協力関係にある。

 ぎぶあんどていく、というやつだ。

 貸しをつくればそれを返すという関係。


「その分の報酬をヤクモくんからもらわないことには、次の頑張りはできませーん」


 彼女が腕を絡めているのも、報酬とやらの一部ということで容認している。アサヒはしていない。


「……忌々しい」


 恨みのこもった声を漏らすアサヒに、ニヤついた笑みを浮かべたセレナが反応。


「は? ブスがなんか言った?」


 瞬間、ツキヒから殺意が迸った。


「誰がブスだって?」


 隠れしすこんから、最早隠し切れぬ重度のしすこんとなったツキヒは、姉を馬鹿にするものを許さない。


「きみには話しかけてないんだけど?」


「だから?」


 特級魔人相手に一歩も引かぬツキヒを、アサヒが宥める。アサヒはアサヒで、妹を前にすると理性的な常識人になるところがあった。


「ツキヒ、わたしは大丈夫だから」


「ツキヒが気に食わないんだよ」


「ヤクモ、お前さんこの調子だと太陽取り戻す前に刺されて死ぬぞ」


「女難の相が出ていますね」


 みな好きなことを言うので、話に収集がつかない。


「セレナ」


「なぁに、ヤクモくん」


 彼女の視線にはとろみのようなものがあって、こちらを絡め取って溶かすような危うさを感じる。人によっては甘美にも感じるだろうそれを、ヤクモは強靭な精神で見据えた。


「此処は元々きみの支配領域だったし、何かと詳しい筈だ。師匠に協力してはくれないかな」


「それ、セレナに何の得があるの? ねぇ、ヤクモくん。セレナは協力者だけど、仲間じゃないんだよ? きみに生かされたのは、うん、認めよう。殺せる瞬間に、きみはセレナを殺さなかった。けどセレナは魔人だからさ、そんなことに感謝はしないんだ。今まで一度でも、命乞いする魔人に逢ったことがある? カエシウスでさえ、それはしなかった」


 死を恐れる魔人はいるが、命乞いする魔人は確かに逢ったことがない。

 生かされることは屈辱的なものではあっても、救いにはならないのだろう。

 セレナはたまたま、ヤクモに興味を持ったことで協力関係を認めた。


「此処に残ったら、ヤクモくんの顔が見れない」


「師匠を手伝ってくれたなら、都市奪還と合わせて、きみの貢献を《カナン》も認めてくれると思う」


「だから?」


「そうしたら、出来ることの範囲が広がる」


「たとえば?」


 答えるまでには、少し間が空いた。何の保証も出来ないことを口にしたくなかったからだ。


「自分自身で服を探すとか、外出許可も取り付けられるかも知れない」


「そんなもの……」


 と否定しかけたところでセレナは口を閉ざす。


「……それって、ヤクモくんと一緒もありだよね? 超協力的でオンリーワンな情報源兼戦力セレナちゃんともなれば、それくらいは許可される?」


 アサヒが文句を言おうと口を開きかけたが、ぎぎぎと歯を軋ませながら堪えた。


「あぁ、なんとかなると思う」


「思う? ヤクモくん、きみは本当に正直だね。確定じゃないって言っているようなものだよぅ」


 それからセレナは、珍しく自分の意志で他者を見た。


 ミヤビだ。

 即座に意図を察したらしく、彼女は大きく頷く。


「いいね。あたしからも頼んでみよう。なんなら此処にいる名家の連中全員に進言させりゃあいい。どうする? ちぃとばかしヤクモの顔を見れなくなるが、待遇改善が待ってるぜ」


 ふふふ、とセレナは笑い声を漏らした。


「人間の街で、男の子と買い物デート? あはは、そんなのしたことない。すっごく楽しみだなぁ」


 引き受ける、ということ。


「おし決まりだ。他の奴らは帰れ。本戦に備えるなり《ヴァルハラ》取り戻すなり色々あんだろ」


 パンッと師が手を叩き、解散となった。


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