第152話◇一刀
ヤクモから見ても、ルナは
天才、というものが存在するなら彼女のような人間を指すのだろうという程に。
だが、天才も人間であることには変わりない。
最強の存在でも、無敵ではない。
ルナは先程、砲弾を大量に複製出来るチャンスを、空中への移動へと割いた。
その選択自体は悪くない。
爆発する砲弾の場合、ヤクモが突破すればまた接近を許してしまうかもしれない。
そうなればまた怪我をし、また出血し、それは彼女を敗北に導くかもしれない。
治癒は自然治癒力の加速こそ出来ても、失った血を作り出すことは出来ないのだ。
その点、ヤクモ達に飛行は出来ないのだから空を飛ぶのは最善策とさえ言えるだろう。
ヤクモが気になったのは、選択それ自体ではなく、一つしか選択しなかったということ。
確かに、『土』『火』『風』『複製』を組み合わせた攻撃ともなれば、彼女もその後で一つの行動しかとれないのかもしれない。
だが彼女ほどの実力者であれば、それも可能なのではないか。
違ったのだ。
ヤクモは気付いた。
彼女は他の領域守護者と違い、魔法によって遣い手の肉体を操っている。
つまり戦闘中は常に『操作』の魔法を展開し続けているということになる。
更に彼女は思考の『加速』も使用している節がある。
常に二つの魔法を発動している状態で、移動・近接戦闘・魔法をこなしているのだ。
その負担は計り知れない。
思考力を加速させようとも、精神への負荷が増せばそれを最大限利用することは難しい。
いかに足が速くなろうとも、荷物が増えればスピードは上がりにくくなり、当然負担も増える。
彼女が同時に出来ることには、限りがあるのではないか。
あるいはそれは、彼女が見せる苦しげな表情とも関係あるのかもしれないが。
深く悩んでいる時に身体が重く感じるなんてことがあるように、精神の変調は肉体にも影響を及ぼす。
彼女の苦悩が、普段なら表れない突破口を見せているのか。
無論その限界値とて、隙と呼べる程のものではない。
それは彼女のこれまでの功績と、この戦いでの行動が証明していた。
それでも、針の穴程の光明であっても、光が見えたのなら進むしかない。
「なんでもかんでも小細工で乗り切れると思うな!」
彼女は再度広範囲に炎を展開する。
今度は上下左右、己以外の全てに向かって。
力技ではあるが、同時に最適解でもある。
白き鎧の防御も完全ではない。
炎熱で変質して粒子に戻ってしまえば一瞬とはいえヤクモの身を守るものが無くなる。
そして変質までの時間は十秒以下。
彼女は魔力に任せて炎を撒き散らしながら待つだけで勝てるわけだ。
このままいけば。
『……魔力防壁を確認。接近を拒むつもりですっ』
――やられた。
この炎はトドメの一手であると同時に、目くらましでもあるのだ。
ヤクモが勝つには接近して彼女を斬るしかない。
だが魔力防壁で接近出来ない。
魔力防壁を斬るには綻びを探すしかない。
だが炎を纏う魔力防壁を『視る』ことは出来ない。
魔力防壁は斬れない。接近は出来ない。鎧は変質して粒子に戻る。ヤクモは焼ける。
つまり、負ける。
粒子を踏んで高く飛ぶ。
唯一こちらに都合のいいことと言えば、彼女にもこちらが見えないという点くらいか。
これが並の領域守護者であれば、何度も見れば炎の綻びを斬ることも出来ただろう。
だが彼女は的確にヤクモ達から最も遠い箇所に綻びを用意していた。変質までの時間では届かない距離に。
開始直後にこの手を使わなかったのは、あまりに精彩に欠けるからだろう。天才が調子づいた無才を打ちのめすには、大技過ぎる。プライドの高いルナのことだ、わざわざ初手で剣技を振るったのもその可能性を思わせた。
彼女はヤクモとのこれ以上の対話を拒むかのように、勝負を急いでいる。
『……兄さん、どう、どうしよう……どう、すれば』
アサヒの声が絶望に染まっていく。
これを突破する手が思い浮かばないのだろう。
自分はやはり、魔法を持つ優れた《|偽紅鏡(グリマー)》には敵わないのかと、彼女は考えている。
「
ヤクモの言葉を、彼女は拒否した。
『今ですか!? あれは視界が阻害された時に使用する技ではありますが、想定していたのは霧や煙です! この炎の中で実行すれば、兄さんの身体が!』
「勝つんじゃないのか」
『……! ですが!』
「僕の心のままに揮えと言った。あれは嘘なのかな」
『――――っ。……承知』
アサヒは口にしたいだろう無数の言葉を、されどぐっと呑み込んでくれた。
「勝とう」
◇
魔力防壁が斬られた。
『ツキヒ』
「分かってるよ、黙ってて」
炎を広範囲に展開している所為で、魔力防壁に労力を割けなかったのだ。
綻びは円球状の防壁の上部。
綻びの位置はわざとだ。
仮に彼らがそこへ到達し、今のように防壁を壊しても。
後はもう落ちてくるしか出来ない。
ルナに近づくには落下せざるを得ず、他の方向と異なり粒子を蹴って縦横無尽に移動することは叶わないだろう。粒子を蹴って上へ逃れようものなら炎に呑まれるし、足を天に向けた体勢での急加速くらいしか粒子は使えない。
そして、直線的な速度ならば対応出来る。
雪白の鎧を纏ったサムライが、剣を振り上げた状態で落ちてくる。
両手で握ったカタナは、その刀身が見えぬ程に振り上げられている。
渾身の一撃というわけか。
「来なよサムライ! 身の程ってやつを教えてやるからさ!」
ルナは避けない。
真っ向から斬り合って、勝つつもりだった。
自分の方が上だ。自分の方が上だ。自分の方が努力してきたし、自分の方が苦しんできたし、自分の方が、姉を。
彼が落ちてくる。彼の腕が動く。
それが振り下ろされれば、自分は真っ二つになるだろう。
「遅過ぎなんだよ!」
半円を描くように曲刀を薙ぐ。
彼の胴がパックリと割れた。
ぶわりと、快感が溢れる。
「ルナの勝ち」
彼が落ちる。
「治療はしてあげるよ」
『ツキヒ』
「ヴェル、せっかくいい気分なんだ。水を差すなよな」
『ツキヒ、違う』
「あ?」
『
「――――ッ!?」
血の気が引いた。
咄嗟に確認してしまう。
本当だった。
落ちる鎧からは出血していない。
そういえば、手応えはどうだった?
興奮が一瞬で冷める。
異常はそれだけではない。
刀を大げさに振り上げていた理由が分かる。
――何も握ってなかった!?
鎧の他にも幾つかの粒子と雪色夜切本体分はあった筈。
――何処に行ったんだよ!
それは現れた。
魔力防壁が消え、障害が無くなった炎の中から。
文字通りその身を焦がしながら、獄炎より
「一刀」
雪白の打刀を上段から振り下ろす、一人の剣客。
ルナは理解する。
炎によってルナの視界も塞がれる。そして彼は魔力炉性能が低すぎて魔力探知で位置を探ることも出来ない。
彼はルナが唯一残した彼に利する状況と、己の無才を利用したのだ。
鎧のみをまるで中に人が入っているかのように操り、その裏で自分の身体が灼熱されるのを厭わず移動した。
たった一瞬、ルナの意識が途切れる瞬間。
すなわち勝利を演出し、生じた間隙を衝いたのだ。
その剣戟はグラヴェルの身体ではなく、ルナの本体を斬り裂いた。
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