第150話◇対策

 



 グラヴェル組との戦いは、これまでのどの戦いとも明確に違う点が存在する。


 それは、相手の魔法を把握し切れていないこと。


 これまでの相手は遣い手が魔力をどう使うかという応用については除くとしても、基本的な戦い方は事前に分かっていた。


 だがルナの場合は違う。


 二桁もの魔法を持つというが、実際に目にしたのは遣い手の身体の『操作』、攻撃の『複製』、そして『治癒』だ。


 過去の記録などによると、『光』と『風』も搭載しているようだ。


 アサヒが言うには、『地』『水』『火』を持っているとかつて話していたという。


 更に、ユークレース戦での反応速度を見るに、モカのように思考速度の『加速』を持っている可能性も高い。


 これでも九つ。


 まだ未知の魔法が存在する上、既存の魔法についても学舎で目にする機会はほとんど無い。


 ルナの性格を考えるに、『雑魚に使うまでもない』ということはありそうだ。

 あるいはオブシディアン家の意向か。


「きみらには魔力が無い。斬るしか能がない。だから、斬れないもので攻撃すればいい――終わり」


 真紅の炎が噴き上がる。


「今回は《|黎明騎士(デイブレイカー)》もルナも助けないよ」


 セレナ戦の時のことだ。


 ミヤビの炎を思わせる豪炎の津波。魔力の綻びを意図的に上部に寄せた大規模な魔法。


 その時はヘリオドールに空へ運んで貰い、ルナに破壊を手助けしてもらった。


 それを知るルナからすれば、ヤクモ組の攻略法は単純。

 三組でようやく対応出来た魔法を、一組の状態にぶつければ対応は出来ない。単純な理屈。


「じゃあね」


 炎が迫る。

 熱風が先んじて、こちらを炙るように吹き付けてくる。


白甲はくこう


『承知』


 ヤクモは炎に飛び込んだ、、、、、、、

 会場が騒然とする。


『変質による機能限界まで、七秒程です』


 ――充分だ。


 観戦者には見えないだろう。


 兄妹は炎に呑まれ、灼熱されている。それは確かだ。

 だが炎上はしてない。その身を焦がしてはいない。


 その全身は、雪白の鎧姿となっていた。


 赫焉を纏わせているのだ。

 赫焉が炎熱によって変質し粒子に戻ってしまうまでの極短い間ではあるものの、これによって豪炎の中を駆け抜けることが出来る。


 セレナ戦では後ろにヘリオドールがいたし、彼の判断は迅速だった。


 ルナの助けもあって切り抜けられたのは確か。


 だが、それは決してヤクモ組の無能を証明するものではない。

 あの戦いを経て、次に同じ状況に陥った時の対策を練らない兄妹ではないのだ。


『炎を抜けます。出ると同時、正面にツキヒ』


 炎の勢力範囲を抜ける。

 眼前にグラヴェルの身体を操るルナ。


 彼女は――迷わず曲刀を薙いだ。


 ヤクモの首を刎ねる軌道。


 ――読んでいた!?


 違う。彼女は先程の攻撃で決めるつもりだった。あくまで、決まらなかったことのことも想定していただけ。


 普段の言動からは驕慢な人間性を思わせるが、その実彼女は誰よりも勝利に貪欲だ。


 相手を見下すことはあっても、それによって足元を掬われることはない。


 変質までの時間制限もあって、ヤクモは全力疾走で炎を脱した。


 その勢いは容易に止められるものではなく、右に跳べば首の切断を早め、左では僅かに遅くするのが精々。後ろはそもそも間に合わず、上では斬られる箇所が変わるだけ。


 粒子は鎧に回しており、雪色夜切本体で受け止めることも難しい。綻びを見つけて断つには時間が足りず、高魔力を帯びた曲刀をただ受ければ刀が折れる。


 許されるのは実質、下だけだった。正確には、進みながら頭を下げること。


「ばぁか」


 突き上げられる。


『兄さんっ!』


 魔力攻撃か、固めた空気か、せり上がった土か。答えは分からないし確認する時間もない。


 とにかく、ヤクモが頭を下げることまで想定していたルナが対策を講じていたのだ。


 頭が跳ね上がる。思考に一瞬の空白が生じる。


 刃は直前に通り過ぎたが、そもそも最初の薙ぎは誘導だったのだ。


 ルナは弧を描く薙ぎのエネルギーをそのまま利用し、円を描くように回転。タイミングを合わせ、左足を軸にした回し蹴りを放った。


 思考に生じた空白を突くように、彼女の右踵がヤクモの頭部に炸裂する。

 ヤクモの身体が吹き飛び、床を勢い良く転がる。


「……ちっ」


 舌打ちはルナによるもの。


 ヤクモは横転の途中で床を手で衝き僅かに浮かび上がると、中空で回転し衝撃を散らせ、壁面に叩きつけられるより前に体勢を立て直す。


『炎熱により脆くはなっていたものの、兜によって頭部へのダメージは軽減出来ました』


「……あぁ」


 答えてはみるが、視界が歪んでいた。

 赫焉の兜をもってしても、防ぎきれぬ威力。


 ――魔力強化していたんだ。


 彼女は最初から、近接戦も想定していたのだ。


 ヤクモ組という剣士との戦いを、組み立てて来ている。


 これまでの対戦相手が己の得意分野をぶつけてきたのに対し、ルナはあくまでヤクモを倒すことに焦点をあてて戦い方を調整しているのだ。


「誇っていいよ、この身体に傷をつけるなんて、さ」


 苛立たしげに放たれる称賛の声。


 そう。

 ヤクモは蹴られる寸前になって、兜に棘を生やしたのだ。


 ヤクモの頭部を蹴り抜くことで、棘がグラヴェルの足に穴を開けた。


 治癒は万能ではないし、魔力とは別に体力も消費する。

 魔力が無限に近かろうと、回復速度と体力には限度がある。

 いかに恵まれようとも、鍛えようとも、それらは容易に人の枠からは外れられない。


「終わらなかったね。すごいすごい。頑張ったね。えらいえらい。でもこれ、努力を競い合う場所じゃないからさ」


「分かっているよ。僕らは勝つために此処に立ってる。きみは違うのかい?」


「……きみらと同じにしないでよ。ルナが勝つのは決まってるの。勝ち方以外に、考えることなんてないのさ」


「その割には、何かに苛まれているように見えるよ」


「眼球腐ってんじゃない」


「あるいは、きみが強がっているかだね」


「強がってない。ルナは強いんだよ」


「強い人でも、悩むことはある」


「雑魚が知ったふうな口を利くなよ。雪遊び出来るくらいで、全てが覆ると思ってるわけ?」


「覆るとは思っていない。覆すと決めただけだ」


「言葉でも遊ぶんだ。夜鴉って暇なんだね」


「暇人の相手をするなんて、きみも随分と暇なようだね」


「……もういいよ、きみ」


 くだらない会話は終わりとばかりに、ルナが再び動き出す。

 揺れる視界の中、ヤクモも地を蹴った。



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