第117話◇銘々
「片付いたかね」
ミヤビは壁の縁で呟く。
『外壁周辺の魔獣は一掃されました。塞がれた穴は北のもののみ。東……兄妹の許へ向かいますか?』
「うんにゃ、要らんだろ」
『……それは、どういう』
妹が不安げな声を出す。
もう死んでしまったから助けに行く必要はない、と勘違いしたのだろう。
「そうじゃねぇよ、おちよ」
ミヤビには分かる。
クリードの魔力反応が消えていた。
そして、あまりに微弱だが、弟子の反応も。
「くっ、ははは」
思わず笑みが溢れた。
『姉さん?』
「冗談で言ったつもりはねぇが、こうも早く実行されるとは思いもせんだ」
《|黎明騎士(デイブレイカー)》になってもらうとは言った。
嘘ではないが、どちらかといえばあれは比喩だ。
《|黎明騎士(デイブレイカー)》になるには一組での特級指定討伐が必要となるが、遭遇確率や、一対一組での戦闘という状況、そして特級指定の強さを考えると不可能事に近い。
故に、その条件を満たした者は黎明という言葉を託すに足ると判断される。
太陽を取り戻すこともまた、不可能事に分類されることだからだ。
不可能を可能に変えた者達は、別の不可能を可能に出来るかもしれないという期待。
ヤクモとアサヒは、それを背負う資格を得た。
『姉さん、彼らは生きてるんですね?』
「あぁ、それどころか大金星だぜ。今すぐ労ってやりてぇが、そうもいかねぇわな」
安心するような妹の声。
『……よかった』
弟子が不可能を可能に変えた。
駆け寄って頭を撫でてやりたいが、そんなことは後に回さねば。
壁には三つの穴がまだ空いており、セレナの魔力反応は消えていない。
「うし、行くか」
『待ってください姉さん。まだ無理ですよ』
穴に向かう魔獣達をとにかく焼き尽くし続けた。
一方向ならばまだいい。だが全方向だ。
ミヤビも疲労している。
だが。
「馬鹿言うんじゃねぇ。弟子が限界超えたってのに、師匠が休んでられるか」
『……馬鹿は姉さんです』
呆れているような物言いだが、笑っているようでもある。
この妹は結局、自分と同じ道を選ぶのだ。
『あれを実行しますか』
「一分と保たねぇが、まぁ充分だろう」
ミヤビ達は飛ぶ。
消灯した模擬太陽の真裏へ。
奇しくも魔人クリードが《ヴァルハラ》にて玉座を置いている場所だったが、二人に知る由もない。
「さぁ、眩しくなるぜクソ共」
『言葉が汚いですよ、と彼なら言うでしょうね』
模擬太陽が再び輝いた。
いや。
ミヤビの魔法で、それに等しい輝きを都市内に注いでいるのだ。
一分程の、点灯。
だが戦う者ならば分かる。
一分という時は、長過ぎるくらいの時だということを。
◇
『皓き牙』学舎学内ランキング
風紀委と執行委が指揮し、中心に向けて逃げる者達を学舎へと誘導。
家格を振りかざし、『赤』『青』『光』の学舎にも同様の対応を求めた。
『赤』の正規隊員達が迅速に対応し協力してくれたこともあり、避難は想像よりもスムーズに進んだ。
結果的に多くの命がタワーでの戦闘に巻き込まれずに済んだ。
ヤクモとアサヒは来なかった。
彼らに限ってそんなことは有り得ない。
つまり、来れない理由があるのだ。
モカが言うにはタワーに向かったとのこと。
魔力探知能力は個々人により差がある、《|黎明騎士(デイブレイカー)》ならば分かるかもしれないが、コスモクロアではヤクモの微かな反応は捉えられない。
だがタワーと東方面のものは感じる。
そして、その内東のものが先程消失した。
それを倒せるだけの魔力反応は感じられない。
直感的に分かった。
兄妹だ。
――やってくれるじゃないか。
さすがは自分達を倒した者達というべきか。
コスモクロアは土魔法、治癒魔法を使える者を選別し、東へ向かわせた。
「歯がゆいな」
風紀委の連中は一人残らずヤクモの救助に向かいたい筈だ。
だがこれまでは所在が分からず、タワーと仮定しても近づくことは出来なかった。
どうしても優先すべきことがあった。
他ならぬヤクモの言葉だ。
コスモクロアは直接聞けなかったが、入校式の日に言ったらしい。
領域を守るということは、人を守るということではないのか、と。
まったくもってその通り。
場所だけ守っても仕方がない。
そこにいる人間を守護せねば意味が無い。
そういった意味で、コスモクロア達の行動は正しかった。
領域守護者としては。
だが人として、自分達よりも正しい行動をしている者達がいた。
そのように動けることが、少し羨ましく思える。
その時、空が輝いた。
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