第112話◇際涯
クリードはコウマの考えを見抜いた上で、それを汲んだ。
息子が為に、十と数秒が為に命を賭した戦士に敬意を表し、全力で殺した。
右手に握られた黒剣がその首を刎ねる。
――さぁ、どう出るサムライ。
自分の守ろうとした人間が、自身の無力故に死んでいく。
絶望に襲われることだろう。自責に苛まれることだろう。
だが膝を屈し涙を流すなら、それはクリードの認める戦士では無い。
戦士とは、そういった感傷の全てを脇に置いておける者だ。
悲しくとも戦う。いや、悲しみを糧として戦う。無くすのではない、隠すのではない、消化などしてはならない。その感情をしかと全身で受け止めながら、身体は戦いを続ける。
そして戦いが終わった後で、思うままに感情を垂れ流す。
その切り替えさえ出来ないなら、自分には要らない。
四肢でも切り落とし、セレナにくれてやるとしよう。
クリードがコウマからヤクモへと意識を戻したのと、模擬太陽の光が落ちたのは同時。
――ふむ、思ったより掛かったな。
模擬太陽が機能停止したのだ。
模擬太陽は魔力で動く。人類領域では毎朝、労働の前に皆決まった施設に赴く。区域ごとに分けられることが多いようだ。そして魔石と呼ばれる魔力を蓄える性質を持つ鉱物に魔力税を納める。
集められた魔力石を巨大水槽を思わせる装置に放り、それを糧として模擬太陽は光輝く。
ある程度の備蓄はあれど、模擬太陽稼働は火の車。都市によっては消灯時間を早めるなどして消費魔力を節約するところもあった程だ。
今回クリードらが日照時間に襲撃した理由は単純。
模擬太陽の燃料である魔力を奪う為。消灯してからでは、備蓄魔力しか奪えない。だが稼働中なら?
クリードには不要だが、セレナはさらなる強化を目指した。前回の敗走が余程堪えたようだ。
ともかく、彼女かその配下が魔力を強奪したようで、疎ましい偽りの太陽は輝きを消したわけだ。
――より一層、オレに有利になったが……いや、ヤマトは元より魔力炉性能が低い。
下げ幅は、他の領域守護者程では無いだろう。
父親が死に、少年がどう出るか。
クリードはそれを目にしようとし――目を疑った。
「――――」
少年の刃が、自分の首に振るわれていたからだ。
時を飛ばしたような動きだった。
――
瀕死の重傷の中、父を失った心傷の中で、自身の最高速度を超える神速で動いたというのか。
ぞくぞくと、背筋から何かが駆け上がってくる。
コウマの頭部はまだ宙にまったまま、地に落ちてもいない。
だというのに、この動き。この判断。この剣の冴え。
大切で無かったわけではないだろう。
少年の目から涙が流れ、その瞳は憎悪に燃えていた。
だが、身体の動きは洗練されているどころではなく研ぎ澄まされている。
――素晴らしい。
「戦うに値する」
戦士と戦士が揃い敵同士とくれば、迎えるは一つ。
剣戟だ。
クリードは膝から力を抜き、首への斬撃を回避。
頭上では空を裂く澄んだ音と、幾本の髪が切れる感覚。
重力を利用して胴を薙ぐように一閃を見舞う。
「
攻撃を予測していたのか、軌道上にカタナがあった。
それも彼が握っているものではない。粒子によるカタナだ。
だからそう、彼の両腕はいまだ自由。
「一刀両段」
唐竹割りの一撃が降ってくる。
「――ち」
魔力防壁を展開しなければ防げない。
首への一撃を回避したまではよかったが、力を抜いた為にクリードは一瞬ではあるが落ちているようなもの。その落下を利用して一閃を放ったがそれは弾かれた。
クリードは今、中途半端に力が流れているのだ。避けようにも、時間も余裕も無い。
この一瞬の攻防は、ヤクモが上だったということ。
彼の読みの方が勝っていた。
魔力防壁を展開し、カタナごと彼の身体を押し飛ばそうとした。
「
魔力防壁は展開されなかった。
――否、有り得ぬ。
どういうことだ。
魔力防壁は確かに張られた。
なのに無い。
不発は有り得ない。
他の可能性は……。
はたと思い至る。
より正確に言うならば。
展開された瞬間に綻びを斬られたことによって自壊した、とでもなるか。
確かに、コウマと相対する前に何度か魔力防壁を斬られた。
彼には綻びを見抜く目があるのだろう。
しかし、だ。それこそが証明している。
見抜く目。
故にまず、見なければならない。そこから常人が見て取ることの出来ない何かを、経験により培った技能で把握する。
そういった類の技術だろう。
素晴らしいが、魔力の無い者の知恵に過ぎない。
だが、これは最早そういった次元では無かった。
展開と同時に破壊?
それを為すには、先んじて綻びを把握する必要がある。
どこにどんな綻びが生じるかなど、卓越した技術の持ち主の極限の集中でも無ければ把握出来ない。
それだって、展開する当人に限った話だ。
相対しているだけの敵が、どのようにしてクリードの魔力防壁の綻びを予期出来るというのだ。
――まさか。
寒気がした。
観察による予測、なのか。
動きの『起こり』を観測することによって、『どう動くのか』を予測することは可能だ。
例えば部下のテルルはクリードに悪い報告をする際、下唇を噛む。
言い換えれば、それが『悪い報告をする際の起こり』であるということ。
彼女が下唇を噛めば、次に悪い報告が上がってくると予測出来るわけだ。
その程度ならば誰でも可能。それを一瞬の判断を連続して求められる戦闘の中で行える者となれば、ぐっと数は減る。クリードやヤクモはその中に含まれる。
予測の精度は、観察の時間や回数によって上昇する。
理屈の上ではヤクモのやったことを説明出来るのだ。
彼はクリードのあらゆる情報を、会敵からこの時まで蓄積・解析し、そしてついに導き出した。
当人ですら把握していない、魔力を展開する際の癖を完璧に理解したのだ。
この瞬間、この状況で魔力防壁を咄嗟に展開するなら、サイズはこうで、綻びはここに生じるだろう――といった具合に。
そして予測箇所に極小の粒子で出来た刃を配置した。
特級指定であり、《|黎明騎士(デイブレイカー)》さえ幾人も屠ってきた強者であるクリードを相手にして、そのような離れ業を。
これは天賦の才などではない。そのような陳腐なものでは決してない。
無才が故に身につけざるを得ず、無才が故に磨き上げ、無才が故に実った技術。
才無き者の際涯無き研鑽が境地。
かつて人類が作った、
心まで読み込む分、彼の動きはある面でそれを凌駕しているとさえ言えるだろうか。
不遇と努力によって獲得した、後天的な能力。
それが、彼の精神的な変調を前に深化し、新たなる領域へと到達した。
それさえも、驚嘆すべき技能の一つに過ぎなかった。
特級指定魔人と渡り合う為に、サムライは他にも策を巡らせていたのだ。
なんという適応性、なんという応用力。
クリードは、生まれて初めて歓喜以外の感情で震えた。
いや、歓喜は明確に感じている。だが、身体はそれ以外の感情も強く訴えかけていた。
すぐに気づく。
これは――恐怖だ。
自分は今、ヤクモを恐れている。
目の前の、怒れるサムライを。
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