第69話◇救援




 ヘリオドールがヤクモの隣に並び立つ。

 周辺の屍と《班》の仲間達を一瞥し、表情を険しくした。


「感謝と謝罪を後回しにする無礼を、どうか許してくれ。ミヤビの弟子よ」


「えぇ、まずは魔人ですね」


 言葉少なに話をまとめ、共同戦線を張る。


「男の子同士のそういう『わざわざ説明しなくていいだろ』的な会話、好きだなぁ。セレナのペットになった後でも、仲良くするんだよ?」


「魔人に愛玩されることを望む感情は無い」


「すぐに、セレナにこうべを垂れて、舌を出しながら尻尾を振るようになるってぇ」


 ヤクモが駆け出す。

 疾風のように大地を走る。


「バチバチ~」


 雷撃。

 だがヤクモは止まらない。


 雷魔法はヤクモに当たるより前に、せり上がった土壁に阻まれた。

 電光を散らしながら、雷電は壁から地面へと流れて散る。


「むぅ?」


 不思議そうに首を傾げたセレナだが、立て続けに数度雷撃を放つ。

 その全てが土壁に防がれた。


 その間、ヤクモは一度も減速していない。

 雷撃の軌道上に出現した土壁は、ヤクモがその地点に到着する頃には消えているのだ。


「……きみ達、元々知り合いなの?」


 僅かばかりの躊躇いもズレもないコンビネーションに、セレナが訝しがる。

 長年組んでいた者ばりの息の合い方に疑いを持ったのだろう。


 そう思うのも無理は無い。

 だが当然、ヤクモ達とヘリオドール達に繋がりは無い。


 ただ、互いに知っているだけだ。


 ヤクモは《黎明騎士デイブレイカー》第七格として、ヘリオドールはミヤビの弟子として。

 能力と、それをどう使えるかも。


 それだけ分かれば充分。


「じゃあ、こうしよっかなぁ」


「気をつけろ少年! その槍は防げないッ!」


 黒い、槍だ。


「あはは、きみはこれに負けたんだもんねぇ」


 彼女はそれを、投擲する。

 ――投げ槍か!


 防げないということは、『必中』に近い性質の魔法なのだろう。だが《黎明騎士デイブレイカー》をして防げないのであれば、魔力とは無関係に『必ず貫く』という性質を付与されていると考えた方が自然か。


 とにかく、簡単だ。

 避けられないとは、言っていなかった。


落重らくじゅう四足しそく


 初めてネフレンと戦った時に使った走り方だ。


 限界を超えた前傾姿勢をとり、四足獣を思わせる加速を行う。この姿勢の維持に必要な速度を出せば簡単に軌道修正は利かないのが難点だが、その甲斐あって槍の回避と加速を両立。


 ヤクモの胸部があった空間を槍が通り過ぎる。


「仲間はボロボロなのに、きみだけはいつも綺麗に避けるねぇ」


『……ほんとうにむかつく女です』


 アサヒが憎々しげに呟く。

 セレナとの距離は確実に、急速に、縮まっている。


 彼女は魔力防壁を展開しなかった。ヘリオドールに破壊されると分かっていたのだろう。

 セレナが悩ましげな声を上げる。


「……あぁ、嫌だなぁ。嫌だよぅ。でもでも、仕方ないかなぁ。ねぇきみ達、死なないでね?」


 豪炎が。

 ヤクモが見たことがあるのは小川の流れくらいだが、聞いたことがある。海という、見渡す限りの水溜まりがあり、そこではその膨大な水がうねりを上げて波というものを生み出すのだと。


 これは、火の海だ。

 そして、炎の大波だ。


 それがヤクモ達を呑み込もうと迫る。


『――これは、雌狐の魔法じゃないですか!』


 ミヤビの魔法を見たことがあったのだろう。

 以前斬ることが出来たのは、師匠がヤクモ達を試す為に放ったもので、綻びが明らかだった。


 だがこれは違う。

 眼球が蒸発しそうな熱波が急接近する中で、綻びを探し当てる時間は――無い。


「少年! 探し当てろ!」


 ヤクモの立っている地面がせり上がり、地上が一気に遠ざかる。

 波の頂点をも越して、ヤクモは半ば空に立っていた。


『時間がありません!』


 足元の土が呑まれた。

 崩れる。


 このままでは豪炎の中に落下し、焼かれることになろう。

 かといってあの状況で一瞬でも火から逃れる手段は無かった。


「……見つけた。けど」


 綻びを斬って魔法が壊れるのは、魔法の形が保てなくなる魔力の乱れを起こすからだ。


 だが、ここまで大規模な魔法では、一部の魔力が乱れても発動それ自体は阻害されない。


 それを起こそうと思えば、複数箇所に傷を付け、破壊出来るだけの乱れを生じさせる他無いのだ。


 彼女は模倣は出来ても、完全再現は出来ない。それは赫焉を模倣した時の精度からも明らか。


 ミヤビの魔法では更にそれが顕著になっていた。

 いや、ヤクモに斬られないようにと敢えて上部に綻びを集中させたのかもしない。


 どちらにしろ、切り込める箇所は無数にあった。

 だが、手数が足りない。


「きみは左半分を! ルナが残りをやるから!」


 上から、叫び声がした。


『――な、んで』 


 昇降機は無い。

 彼女は身一つで壁からダイブしたのか、落ちてきていた。


 グラヴェルの身体を使って動く、アサヒの妹。

 ルナが、空から降ってきた。


 アサヒとは違い、ヤクモは動じなかった。


 ――救けに来たんだね、お姉さんを。 


千刃嵐舞せんじんらんぶ


『っ。しょ、承知!』


 十二振りの刀では足りない。サイズを小刀サイズにすることで、千とは行かずとも大量の刃を生み出す。そしてルナが言ったように、ヤクモから見て左側の綻びに向かわせた。


『ツキヒに綻びを見る目はありません! 兄さん、このままじゃあの子が!』


 妹が不安そうに叫ぶ。


「大丈夫だよ」


 ルナは確かに、ヤクモに出来ることが出来ないかもしれない。

 だが、ヤクモだって彼女がこれからするだろうことは出来ないだろう。


 彼女は魔力強化でヤクモの魔法破壊を再現した。

 今回は魔法を使わないという縛りも設けていない。


「闇の中で十年もがかなくたって、魔法くらい斬れるんだからっ!」


 ルナが落ちる中で何度も何度も刃を振るう。空を斬る。その動きは洗練されておらず、落下死を恐れる者の醜い足掻きにさえ見えた。だが違う。


『あ――そっか』


 ルナ=オブシディアンの搭載魔法の一つ。

 攻撃の『複製』。


 彼女は空を斬ったその斬撃を、ヤクモから見た豪炎の右半分表面に数百以上『複製』した。


 手当たり次第に、一瞬で数百の斬撃を叩き込んだのだ。

 ヤクモのように狙った箇所を切り裂くのと、結果は同じ。


 効率の悪さを、魔力量と魔力操作能力、魔力展開速度で補った。

 結果。


 ぐつぐつと、まるで沸騰するように炎が振動し、泡が弾けるようにして掻き消える。


 すかさずヘリオドールが二人分の土の道を作り出し、二人を受け止めた。

 即座に地面へと戻る。


 セレナは目許を歪めて、苦々しい笑みを浮かべている。


「また無傷ぅ? ってゆぅか、ドブスの新キャラは要らないんだケド?」


 そんなセレナを、ルナは嘲笑した。


「はぁ、鏡見てから言ってくれるかな? あ、魔人の世界には無かったりする?」


「…………きみ、殺すから」



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