傷ついて四葉のクローバーになる

八月朔 凛

1章 喪っても泥を被っても生きていくしか無い

1話 西部戦線は異状なし

  レヴァン帝国の西部地方にあるズッヒャーハイト村郊外の西部戦線。


ミカエラ=レア、は目の前に広がるあまりにも不自然な光景をじっと眺めていた。 彼の瞳に写るのは、レモンを加えたマロウブルー色の朝焼け……に照らされる


太陽に届きそうな程のテディベアの山



多くは手や足が千切れ、顔面が潰れて綿が出ている。中には肉体ごとミンチになってるものも少なくはない。


血や硝煙、人が焼ける匂いがさらにその光景の異様さを際立たせてる。


「レアショーサ。今日もたくさん人が死にましたね」


そう声をかけてきたのは、ミカエラと1つしか年が変わらないレオンハルトだ。


レオンハルトはあっけらかんな声でそんなことを言うので、ミカエラは思わず目を大きく見開く。


「不思議ですよね……異能力で人間がこうなるなんて。死体が可愛らしいぬいぐるみになった途端、憐憫や嫌悪という感情が泡のように消えてしまうのですから」


レオンハルトはどこか悲しそうな笑顔で言うと、その光景を見つめた。


レオンハルトは、死体をぬいぐるみにする異能力を持っている。この大地に転がってるテディベアも戦争で死んだ敵味方両軍の遺骸だ。



ミカエラは足元に転がっている手足がちぎれたテディベアを見つめる。傍には青年が笑顔で家族らしき人達と共に写っている写真や手紙が落ちている。


写真を見る限り、この持ち主は敵国の兵士でで妻子がいたらしい。


 ミカエラはその写真の近くにあった、ドッグタグを拾う。そこには『Bryson Winchcombeブライソン・ウィンチカム認識番号 No・25789650 血液型 III 』

と、遺体になった彼ついての情報が書かれていた。


ミカエラは、彼の持ち物とテディベアを人が通らなさそうな木の下にそっと置いてあげると手を組んで祈った。



「それにしても、ショーサ今日も大活躍でしたね!少数民族出身こんなに強いなんて流石です!ショーサ!」


レオンハルトはミカエラの襟にある逆三角の少佐の地位と特殊部隊の蛇に『gift』と書かれたバッチを見ながらウインクする。



「あまり少佐少佐って言わないで……人を殺した時の感覚を思い出して、凄く罪悪感に襲われるから」


「じゃあ、ショーサはどうして軍人になったんですか?僕はショーサに憧れて最近染め粉買ってショーサとお揃いの色に染めたくらい憧れてるんですよ!」


数日前まで水色だったレオンハルトの髪色は今はミントグリーン色に染まっている。


「……他の人には黙っていて欲しいんだけど、僕は戦争で家族と顔を失って。

だから入隊して後方支援に回って早く終戦に貢献しようと思ったら、いつの間にかこの地位に……」


ミカエラがそう小声で言うと、レオンハルトは黄色の瞳を輝かせながらで聞いている。


「その前にレオンハルト。その髪色だと誤解されて突然暴力を振るわれたり、酷い陰口を言われるよ?それでもいいの?ダメだよ」


ミカエラは差別されてる少数民族アマデウス出身だ。

ミカエラの容姿といえば、少数民族の特徴である黄緑髪色に赤の瞳、そして死人ような白い肌。それに加えて少女と見間違える顔立ちだ。


「……この前だって商品買おうとしたら断られたり、この見た目も相まって不良達のサンドバッグにされたりしたんだよ?

レオンハルトにはこんな目にあって欲しくないの」


しかし、レオンハルトの反応は違った。


「ボロボロになったら……差別されたらショーサみたいに強くかっこよくなれますか?」


ミカエラは、目を大きく見開いてから深くため息をついた。


レオンハルトの差別に対する無知無関心さや、それを実行移してしまう部分に正直少しイラッとした。それと同時に、レオンハルトの自分を慕ってくれるのを尊重したいし、傷つけるような言い方はしたくは無い。


ミカエラは複雑な感情を含んだ瞳でレオンハルトを見つめてから優しげな声で言う。


「なれないよ……これと強さは別。お互いを尊重する為に染め直そうね。僕も手伝うから……」


続けてミカエラははっきりとした声で


「いい?色々なことにおいて知らなかったや、自分は関係ない……だけでは済まされないこともあるからね。様々な出来事に関心を持って、きちんと学びながら生きてね」

 

 話が終わるとレオンハルトは少し落ち込んだ様子を見せる。


「すみません。考えや行動が軽率過ぎましたね。帰ったら元の色に染めます」


 ミカエラは、レオンハルトのションボリと落ち込んだ顔を見ていられ無くなり、すぐに話題を変える。


「そういえば相方のソフィー……どう?可愛いでしょ?」


ミカエラは軍手帳の中に挟んである茶色と白の写真を見せる。そこには胸辺りで切りそろえたロングの少女が笑顔で写っている。


彼女は同居人のソフィー=ミネルヴァ。ミカエラとは幼なじみの関係だ。


「ショーサ。それを聞いたのは通算250回目です。もっと別のことを話してください。」


ミカエラはうーんと考え込む。


「この前ソフィーが僕が作ったうさぎのぬいぐるみを抱きしめて寝ていて凄く可愛かった……」


「ソフィーさんの話以外の話をしてください。というか、軍規で恋愛禁止だからってそう表現してるの分かりますが、同居人設定にもう無理があり過ぎます。部下達全員気づいてます」


レオンハルトはミカエラの話を遮り、早口でそう言う。


「隣の第2師団は次の任務は塹壕を掘って宿舎拡大が任務だって……大変だね」


「それと任務以外の話でお願いします。ショーサの話のレパートリーそれしかないんですか?」


ミカエラはえーーという表情をしようとする。しかし、幼少期に火傷して損傷した表情筋は動いてくれない。


「……あ、蝿だ……くたばれ」


レオンハルトは、ミカエラの肩に止まっていた緑色の太った蝿を叩こうとする。


「あ、可哀想だからやめてあげて……」


ミカエラがそう言って避けようとすると、蝿は太い羽音を響かせながらどっかにいった。




 ブーゼ歴1871年。

 今から15年も前のことである。

 隣国アルキュミア王国が、この国レヴァン帝国へ軍を率いて侵略を開始したことが全ての始まりだった。


 帝都や国境に近い街は、烈火に包まれ、天まで届きそうな程、死体の山が積み重ねられ、その土地には何も残らなかった。

 

 レヴァン帝国は、諸外国から神秘と魔法の国と呼ばれいる。その理由はレヴァン人が異能力を持っていることに起因している。


 能力といっても、水を操れるという超人的なものや歌唱力や聴覚が優れているという、一見分からないものまでピンからキリだ。


能力の強さや性質、そして発動させる際に必要な詠唱の有無によって、職業や結婚相手を決めたりする人も決して少なくない。


 この国にとっては、能力は切っても切り離せないほど、文化や社会的に根付いている。


 また、戦闘や喧嘩など自分の持っている能力で戦う為、武器などはあまり発展してない。おかげで多くの人は能力以外で使うのは、槍剣などの原始的な武器や、性能が悪い古銃だけである。



 逆に隣国アルキュミア王国は、錬金術、科学と産業の国と呼ばれており、近年産業革命が起きた結果、様々な物が開発、製造されている。


 アルキュミア人は能力をほとんどの人が持ってない。しかし武器の性能が非常良く、自軍に送るものから、輸出用まで銃器を含めた様々な武器を製造している。


 戦争が絶えない現在はその売上は凄まじいらしく、ここら辺の国の中で最も経済が栄えている。



  どこを見渡しても、死体テディベアと使い捨てられた銃器や泥だらけの補給物質が無造作に転がっている。


 しかし、そのすぐ近くには手向けの花と呼ばれてる花が咲き乱れてる。手向けの花は、東洋ではサクラと呼ばれており、この国では比較的多く見かける。


美しく花弁をヒラヒラと地面に落とし、桃色の絨毯を作ってるその様子は、戦争なんて知らないと言ってるようだった。


 ミカエラはその景色に思わず見蕩れてしまい、疲れと緊張から解かれたことも相まってその場に崩れるように座りこんだ。

  

「嗚呼、綺麗……もう疲れた……何もかも嫌だ……ずっと見ていたい……戻る前に少しだけ休憩するか」


 ミカエラは静かな声で言ったあと直ぐに激しく咳き込む。


「レアショーサ……いや、ミカエラさん!大丈夫ですか?! 」


 レオンハルトは隣に座ると、心配そうに顔を覗き込む。ミカエラは、心配かけまいと目を細めて息を止めて無理に口角を上げる。


 しかし、顔半分の肉が引っ張られる感覚と、息苦しさを覚え、逆に変な表情になりながら、また咳き込んでしまった。


「大丈夫だよ。疲れると咳をしやすいだけ……はは、緊張の糸が解れたのかな?」


 ミカエラは静かな声で目をつぶり「軍人なのにこんなで……男らしくなくて情けない」と呟いた。


「そんなことないですよ! 先程の作戦も少佐が敵をバタバタ……あっ……いや、というか咳が出るくらいで情けないなんて……それだったら僕の方が……」


 地味に遠慮してくれたレオンハルトの言葉を聞くと、ミカエラは目をつぶったまま、口を少しへの字に曲げた。


「……ショーサ! お疲れのところすみません。なんか変な気配がしませんか?こう……ザワザワしゅわわわ!みたいな」


 ミカエラは目を見開き、レオンハルトも勢いよく立ち上がった。


 辺りには人影どころか何も無い。

 気のせいだったか……と思った瞬間、突然地面から、大量の流木共に黒い水が勢いよくこちらへ流れてきた。


「……水の能力だ……」


 水が襲う数秒前に、本能的に太い木の上にレオンハルトと共に登る。


 少し落ち着いてから下を見下ろすと、深緑色の軍服レヴァン軍に深い青色の髪を後ろで三つに編んである青年がこちらを睨んでいた。



「すばしっこくて困るよぉ。まあ、これくらい避けられなければ少佐の地位にはふさわしくないけど……ねぇ?」


「何を企んでいる……?クーデターか?それとも僕個人に対しての怨恨か?」


 ミカエラが冷たく光がない目で青年を見下すと、安全を確保してから木から飛び降りた。そしてパチンと左手の指を鳴らすと、火花が散って指の上で踊る。


 次の瞬間、大きな炎の玉になり、青年目掛けて疾風迅雷の勢いで飛んでいく。



「ぶっぶーどちらも不正解でぇーす! ボクはアルキュミア兵でねぇ……さっきのは、借りてた姿なんですよぉ。ざんねぇんですねぇ〜 」


 すると青年の姿は、金髪碧眼のショートボブの少年へ姿を変える。着てた軍服も帝国の新緑色の軍服から、王国の黒い軍服へ変わっていた。


 そして半円形のバリアで自分の周辺を囲い、ミカエラの能力を止めた。


「ショーサ!飛び降りて!あの野郎とやる気ですか?!わざわざショーサが手を汚す必要はないんじゃないですか?!クソはさっさと情報部に渡しましょう! 」


 レオンハルトも木から飛び降りると、驚いたような面倒くさそうな表情でミカエラを見つめながら言う。


「汚れ仕事は、僕がやらないと………情報部に渡したとしても、それまでに被害が出るから……ね?……大丈夫。最低限の力でやるから 」


「でも、ショーサがやる必要はないじゃないですか!それだったら僕が……」


 ミカエラは目を細めてからレオンハルトの話を遮った。


「レオンハルト!今まともに攻撃出来るのは私だけだ!

……大丈夫。きっと大丈夫……」


 ミカエラは、無表情で小さく震えた声で自分に言い聞かせるように言うと、目をつぶり一呼吸する。


 肺に糸のようなピンと張ったような冷たい空気をいっぱいに満たしてから、ゆっくりと目を開けた。


 そして左手を勢いよく上げる。


 一瞬、突然空間から火花が散る。そして津波のような火が地面を這い青年を囲んだ。


 ミカエラは炎を操る能力を持っている。

 戦でも日常生活でも幅広く活躍ができ、多くの人が喉から手が出るほど欲しい能力の1つだ。


 しかし、ミカエラにとってはこの力は忌まわしく、そして恐ろしく感じている影響で戦闘以外は使わないようにしている。


「残念。少佐はもっと頭が良い奴だと思ったのに……やはり、士官学校で首席は嘘だったの?」


 青年は、一番最初に現れた時の姿に戻り、手を上げるような仕草をすると、何も無かった空間から大量の水が滝のように出てきて炎を消した。


 そして青年は困ってるミカエラを見ると、鼻をほじりながら、ゲラゲラと笑った。



「相性が悪過ぎる……何の能力だ?というか、アルキュミア人って能力持ってないでょ?」


「僕は選ばれた人間だからね」



 ミカエラはどう対応するべきか、瞬時で考え一呼吸すると、素早く退却の合図をした。無闇矢鱈に攻撃しても、おそらく上手く躱されるだけだ。


 こんなところで死ぬわけにはいかない。

大変不本意だが、一旦退却することに決めた。


「そう来ると思ったレア少佐!君の考えは単純だねぇ……君の脳は小便と下痢気味クソしか詰まってないみたいで、かわいそうだね〜!僕が躾てやるよ」


「あ、そうだ!いいこと思いついちゃった!」

 

 青年は満面の笑顔でそう言うと次の瞬間、黄緑色髪の青年に変わる。


 その顔はミカエラの顔だった。


 ミカエラは、驚愕と嫌悪感と少しの恐怖でサーベルを落としかけた。


「うわぁぁぁ……ショーサが2人……!! 」


 レオンハルトは青年とミカエラを交互に見て、驚いた表情を浮べてから、何故か興奮したような甲高い声をあげた。


「ほんっとふざけるのも大概にして……」


 ミカエラは軽く睨みつけ、低く心底嫌そうな声で言う。

 

青年はミカエラの顔になっている前髪で隠れた左部分を指しながら、不気味にニタリと笑いながら言う。


「辞めるわけないじゃないか?世の中、心理戦っていうのも大事なんだぜ?あれ?もしかして知らなかった?」


「心理戦というより、君の言い方を含めるとほぼ嫌がらせだよ……これ」


 ミカエラはなんとか平常に保った声でそう言うと、自分と同じ声と姿になっている青年を精一杯睨み続けた。



 青年は、ミカエラには出来ない笑みを浮かべたまま「おいおいそんな目で見るなよ 」

と、言った。そして顔半分の包帯を取ると見せびらかす。


 そこには美しい顔半分とは異なり、醜怪で目を背けたくなるような火傷跡が露わになる。



「おい、 見せてやるよ!お前の大好きなショーサが、どれだけ醜い化け物なのかを」

 

 レオンハルトは「知っとるよ」と、低い声で呟くと、急に目を大きく見開き親の仇或のように青年を睨みつける。


 数年間よく一緒にいたが、いつもふわふわとしてる彼が激怒した姿は、一度も見たこと無かった。


「少佐の姿で汚ぇ言葉を喋られるとムカつきんさんな。それに人の嫌なところや弱点を狙うところほんっっとに人間のクズじゃのぉ!おい、早う死ね!

 こがいにムカつくのほんっっとに久しぶりじゃ!ムカつかしてくれんさってありがとの…おかげで躊躇のう殺せる……! 」


 レオンハルトは、ドスが効いた低い声で方言を捲し立てながら、サーベルの持ち手がギチギチ鳴るまで握りしめる。


「まあ、サーベルやらあんたに効く思うとらんのじゃけど。それでも1センチ、1ミリでも傷つけたいくらいに、ウチはあんたが憎うて大っ嫌いじゃ……じゃけぇ死ね」


 それからレオンハルトは、凄まじい機動力で青年の後頭部に向かって銀色の刃を振りかざす。


 銀の刃は、青年が被っていた帽子と、軍服の一部を縦に破けさせる。


「あっ、レオンハルト!馬鹿!煽られて、一時の感情で命を捨てようとするな!」


 ミカエラがそう叫んだ刹那、数発の発砲音が響いた。レオンハルトが近づいたところを狙ったようだった。


 ミカエラは反射的に屈んだが、やはり数発かすったらしい。右腕にジーンとした鈍い痛みと、激しい痛みが交互に襲い、少量だが、生暖かい感覚が肌を這うように伝う。


 前を見るとレオンハルトが胸の辺りから血を流し倒れていた。


「お前馬鹿か?人の弱点狙うなんて卑怯?……はははは、弱点があったらそこを狙うのが当たり前だろぉ?」


 青年はミカエラの顔のまま、酷く醜悪な笑顔を浮かべ、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「恋や愛ってくだらないよねぇ。こうやって人の判断力を含めて、何もかも盲目になってしまうからぇ」



 青年はそう早口で興奮したように言うと、短機関銃を構えたまま、ミカエラ達を軽蔑と哀れみを含んだ瞳で見つめた。


「レオンハルト !レオンハルト !しっかりして!」


 ミカエラがレオンハルトの傍で叫ぶと、レオンハルトは金色の目をうっすらと開ける。


そして、蚊の鳴く声で「どうやら……心臓は撃たれなかったようです……」と言い、青白い顔で、無理やり笑ったようなくしゃくしゃとした表情でミカエラを見た。

 

「ウチのことは……気……しないでください……大丈夫です……ハヤ……ソイ……ヲ……託し……ス……ああ……ミカ……そんな……カオシナイデ……」

 

 レオンハルトは、最後の方は途切れ途切れそう言うと、大量に鮮血を吐いた。

 その苦しそうな姿を見て、ミカエラは胸が苦しくなり、ギュッと自分自身の腕を握る。


「最初からこうすれば良かったな。やっぱり精神的に削る作戦よりも物理的にやるが効率だね……ボクったらあったま悪いなぁ……」


 青年は笑いながら、自分の頭を軽くコツンと殴る仕草をすると、銃の引き金に指を入れ直す。そしてレオンハルトからミカエラへ銃口の向きを変えた。


 ミカエラは腰を低くしながら、青年を酷く軽蔑を含んだ目で無言で睨みつけた。

 それから、指を鳴らすと、火花が指の上でパチパチパチと踊り狂う。

 

「あら〜怖い顔〜! 大切な後輩くん死んじゃたね〜!可哀想だねぇ! 一緒に逝かせてあげるねぇ!」  


 青年は嘲笑うように言うと、銃の引き金を躊躇なく引く。ただ、次で仕留められるだろうと思ったのか、青年の気が少し緩んだように見えた。


 ミカエラはその瞬間を逃さなかった。弾の軌道を避けつつ、腕を上げる仕草をする。


 あっと言う前に青年の足元には、高熱の炎がメラメラと勢いよく燃え上がている。


 青年はそれを消す為に、姿を変えようとするが、そうはさせないと、ミカエラは追い討ちをかけるように素早く攻撃を続けた。


 しばらくすると、青年はもうボロボロの姿で立ち尽くすだけの存在になっていた。


新品に見える服も靴も、黒く煤けて穴が空いてる。サラサラの髪の毛も少し焦げて縮れてる。それなのに何故か面白そうに笑ってる。



 次の瞬間、煙幕で目の前が見えなくなる。数秒後には視界は開けたものの、青年の姿はそこには無かった。

 

「ゲボッ……逃げられた……ってレオンハルト大丈夫? 」

 

 近くで横たわってるレオンハルトを揺さぶるが反応がない。


「本当に……君は死んだ弟に似てるから生きていて欲しかった。幸せになって欲しかった。なのに……それに死に方まで一緒なんて……」


目から涙が溢れて止まらない。そして家族を失った時を思い出して胸が痛くなった。



「おい、お前ら帰るぞ」

 

ミカエラ上官のアンドリューが仏頂面で腕を組みながらそう言う。ついでにぶっきらぼうで仏頂面なのはいつもの事で、怒ってる訳では無い。

 

「あっ……気づけなくてすみません!アノニマス中佐! 」

 

 先程のこともあり、ミカエラは本物か確認する為に、敢えてアンドリューが口癖のように「呼ぶな」と、言っている彼の苗字を呼ぶ。  


「あ゛あ゛あ゛? 苗字で呼ぶなって、いつも言ってるだろ。何度も言わせるな……次、苗字呼んだら配給無しな」


 アンドリューはかなり不機嫌そうな顔と声でそう言ってから、舌打ちをした。


 どうやら目の前にいるのは本物のアンドリューのようで安心した。それと同時に全身の力が抜けるのを感じた。


「すみません……アンドリュー中佐。さっき味方を騙った敵がいたので、確認の為に呼びました

 あ、聞いてください!レオンハルトが被弾して動かないんです……今すぐ病院に運ばないと……」


「……その必要は無い」


 その声と同時に銃声が響き、足に激痛が走りその場に崩れる。そして間一髪入れずに、再び銃声が響き、腕が動かなくなる。 


「これでもう能力使えないねぇなぁ?あははははは」


 アンドリューだったら、絶対しないような表情と口調でそう言う。

 

 「確認したのは偉いねぇ……でも、甘い。信頼してる上官でも急に現れた時はすぐに信頼してはいけないよ〜」

 

 喋り方から考察するに先程の青年だ。ミカエラはしくじったと思った。

 

「これで君の物語は終わり。予想より呆気なかったね。最期に残す言葉は?」

 

嗚呼、自分の人生もここまでなのか……


「……アンドリューさんや、他の仲間達は無事ですか?」


「ああ、アイツならマヌケな顔して必死に今頃お前らを探してるよ。他の人間も元気だ」


 その言葉と同時に何発かの銃声が響き、生ぬるく鉄臭い血飛沫が頬にべたりと張り付く。  

             

 薄れゆく意識の中、痛みと共に昔の記憶が走馬灯のように蘇る。どれも泣きそうな程懐かしく、二度と戻らない幸せだった日々。


 ミカエラはもう自分の死が近いことを強く実感した。そんな時ふと、戦場に行く前に大切な人と交わした『生きて帰ってきてね』という約束を思い出した。


 そうだ……生きねばならない。


 どんなことがあろうとも決して死んではいけない。生きるのだ。生きて帰らなければ。


 ミカエラは、もう一度立ち上がろうと体を無理やり動かそうとするが、もう限界を迎えているのか身体に力が入らない。


 まるで泥沼に落ちた紙のように溶ける感覚を覚え、足は糸が切られたマリオネットのように動かない。


 瞼も勝手に下がって視界も灰色に霞んで見えなくなり、酸素さえ肺に詰め込もうとしても、喉あたりで止まり息苦しい。


 それなのに、頭だけはしっかりしているらしく、色々な感情が一気に溢れ出してきた。


  ああ、やっぱり本当は、死にたくない!死にたくない……死ぬんだったら、もう一度あの子の顔が見たい。


 ……なんでこんなよく分からない得体の知れない能力者に……殺されなきゃいけないんだ……


 ……そして何よりも……自分が居なくなると……あの子……は……本当に……独りぼっち……に……なってしまう……

 ……そんなのあまりにも!あまりにも……!ぼく……は……まだ……しねない……あのこをのこしては……けない……


 彼女の太陽のような眩しい笑顔と同時に、自分が死んだ後、ひとりぼっちの彼女の姿が脳内に浮かぶ。


 きっと、彼女は自分が死んだら、後を追うだろう。それを想像すると、胸は撃たれていないはずなのに、苦しくぎゅっと締め付けられる感覚を覚えた。


 しかし、徐々にそれすらも感じられなくなくなってきた。


 瞼を閉じる瞬間、ミカエラは動かない口角と表情筋を無理やり動かし、笑ったような表情を浮かべると

 

 「ごめんね……そふぃー。やくそく……うち……かえれそうにないやァ……」 

 

 掠れた声で呟くと、ピジョンブラッドの双眸からガラスのような一筋の涙を流した。


 涙は冷たい肌を伝い、血に濡れた大地を濡らした。


 そして彼が倒れたことに気づく人は彼の上官を除けばしばらくいなかった。

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