26.「輝く日の宮」の感想
確かにつながった。
「
ちなみに「輝く日の宮」の感想は賛否両論だった。
「驚きました……」
大概の読者の反応はまずこれに始まる。だがその後が微妙に違った。
「とても切ない甘いお話に、どうしていいのか判らなくなってしまいました」
と言う、梛や松野の様な読者が大半。
その一方でこんな意見も多かった。
「頭がどうかしそうです…… こんなことあって、いいのでしょうか」
「帝のお妃と密通…… 許されることじゃありませんわ…… この先が怖いです」
「一番の方のことを思いながら他の方に思いをかけるというのはどういうことなんでしょう? 若いとは言え、ちょっと浅薄ではないでしょうか、この光君は……」
無論、この意見も香の元に届けられた。
だが香からの返しにはその件については何も触れていなかった。あくまで題名に関する意見についての礼だけだった。
「怒っているのかしら」
梛はやや不安になる。それで続きが書かれないというのも困る。
「それは無いでしょう梛さま。題名の件についてお礼がついていた、ということは、次の…… ほら、『形代の姫君』につなげるおつもりなのでしょうから」
だったらいいけど、と思っていた矢先に「若紫」が届けられた。本文は既に書き終えていたらしい。
話の筋は前の「形代の姫君」とそう変わるものではない。ただそこに、前の巻の続きであることを示す様に、藤壺女御との関係が具体的に付け加えられている。彼等は春だけではない。まだ関係が続いていたのだ。
そして何よりも、藤壺が懐妊してしまうのである。さすがにそれには光君も焦り恐れる。だが彼はそれ故にまたしつこく文を送る。
一方、藤壺の側は警戒を強め、文の一つも返しはしない。手引きした命婦にしても、自分のしたことが恐ろしく、光君が何と言っても決して取り合おうとしなかった。
この辺りはさすがに「形代の姫君」には無かったところだった。そして姫自身の素性もはっきりとなる。
「兵部卿宮の脇腹の姫だったんですね! あの可愛らしい姫君は。藤壺女御の姪だったら似ているというのもありですよね!」
叔母と姪。なるほど、と梛は思った。中宮や皆で提案したものとはやや違うが、歳の差を考えるとその位の方が良いのかもしれない。
「相変わらず貪欲ってことよね……」
「この姫君はちゃんと呼び名がつけられていますね。最初から」
「それだけ大切なんでしょうね」
姫君には当初から「藤壺女御のゆかりの姫――紫の君」と。皆に呼ばせるのではなく、作者がこう、と決めた名。
また、家人の口から明石に住む元国司の話が唐突に付け加えられていた。
「これだけ詳しく話を持ち出す、ということは、いつかこれに関わる話を書くつもりかしら」
それはどうでしょう、と松野は首を傾げる。確かに判らない、と梛も思う。
香は意図的に皆が気に掛かる話題を振っておき、読者の意見を求めようとしているのかもしれない。「あれは何だ」と問われ、興味ありげだったら、その人物や場所を使う展開にしようと思っているのかもしれない。
実際その家人の話題の部分は、物語から取り外しても全く問題は無いのだ。
*
しかし、話は一旦そこで立ち止まる。
まず梛の方で、文を受け付ける余裕が無くなってしまった。皇后定子の死が梛に強烈な衝撃を与えたのだ。
中関白家の方からは引き続き勤めて欲しい、との希望はあった。
だが梛はすぐに主人を変える気分にはなれなかった。
定子そのひとが梛にとって最高の主人であり、敬愛や憧れであり、誰よりも護りたい対象だった。
その人が亡くなったからと言って、たとえ忘れ形見だったとしても、すぐにそちらへ気持ちを鞍替えすることはできない。
「全く不器用ですねえ」
と松野はずけずけと言ったものだ。
「それでもできるだけ早く気を取り直してくださいよ。このうちを支えているのは梛さまなんですからね」
乳母子なりに梛を元気づけようとしていたのだ。
とは言え、生活がすぐに困るということはなかった。この頃には、藤原棟世が何かと生活に必要なものを届けて持ってきてくれていた。
宮中でひょんなことから知り合って以後、彼は時々梛に会いに来る様になった。それが局であれ、里であれ。
静かに静かに、しかし着実に彼は梛の中に居場所を確保していった。
彼のおかげで気持ちも物資も安定し、夏の中頃には文章をまとめる気持ちにもなってきた。長い文の返しをするだけの心の余裕もできてきた。
なのに何ということだろう。それと入れ替わりの様に、今度は香の方に不幸が起こったのだ。
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