第47話 俺と竜娘と大切な家族
翌朝。俺とセーラが旅支度を整えて、出発する直前のこと。
「わたしも二人と一緒に行くからね! よろしく!」
そう言って、パンパンに荷物が詰め込まれた鞄を背負ったジュリが、俺の家の前で待ち構えていた。
ジュリはいつもの動きやすい服装の上に、皮で出来た軽鎧を身に付けている。そして腰には、女性でも扱いやすい短剣を提げたベルトか巻かれていた。
ぴょこんと茶色い癖毛を跳ねさせたジュリに、俺とセーラは思わず顔を見合わせる。
「え、ええと……セーラ、どうしてジュリさんまでついて来ることになってるんだ?」
「いや、私も今朝になって急に言われたものでな……。ただの見送りにしては不自然だなと思ったが、まさかこうなるとは予想もしていなかった」
今日でセーラは、このルルゥカ村を一時的に離れることになる。
昨日の夜も彼女は村長さんの家で過ごしていたはずだが、ジュリはこの計画をセーラに話さずに今日を迎えたらしい。
俺はどうしたものかと悩みながら、ひとまずジュリに視線を戻す。
「あの、ジュリさん」
「ジュリでいいよ! あと、堅苦しい敬語もナシで! セーラちゃんとジーナとは違う態度を取られるのって、多分レオンさんが思ってる以上に疎外感あるんだよ?」
「そ、そうなのか……?」
セーラに引き続き、ジュリまでフレンドリーな対応を要求してきた。
俺としては別にどっちでも構わないんだが、そんなに気になることだったのなら申し訳ない。
「ええと、それで……ジュリまでついて来ることも無いんだが……どうしても来るのか? 王都までの道中には魔物も出る。今回は魔法が使える俺と、接近戦も出来るらしいセーラの二人でならケルパの町まで行けると踏んでの計画なんだ。でも……」
「わたしは戦えないだろって? うん、それはもう役に立たないと思うよ。お父さんみたいに武器の扱いが上手い訳でもないし、お母さんみたいに魔法を自由に使える訳でもないから」
だけどね、とジュリは続ける。
「セーラちゃんはもう、うちの大事な家族の一人だから。ただでさえ心細い思いをしてこの村に来たっていうのに、また別の場所で暮らさなくちゃいけなくなっちゃったんだよ?」
「ジュリ……君は、私のことをそんな風に思って……」
声を詰まらせるセーラに、ジュリがニッコリと笑って彼女の手を取った。
「だからせめて、わたしも家族の一員としてセーラちゃんの……ううん。セーラの側に居たいんだ。ずっと王都に居るのは無理かもしれないけど……これでも体力には自信があるから、どこかで仕事を見付けて生活費を稼げるはずだし! お爺ちゃんもお母さんも、セーラの為ならって許してくれてるから!」
それを聞いて、セーラの目に涙が滲むのが見えた。
蒼海族の竜人達に故郷を追われ、命まで狙われているセーラ。
そんな彼女のことを大切に思ってくれる人が、ここに居る。ジュリのまっすぐな気持ちが、セーラだけでなく俺にまで伝わってきた。
「わ、私なんかの為に……。すまない……ジュリ、君に何と言ったら良いのか……!」
「謝らないで! ここは『ありがとう』で良いんだよ。それだけで、良いんだよ」
いつの間にか、ジュリまで涙混じりの声で。
二人のやり取りを見ている俺も、鼻の奥がツンとするのを堪えながら見守っていた。
「……ありがとう、ジュリ」
「えへへ……!」
*
ジュリが俺達について来るようになったのには、もう一つ理由があったらしい。
それは、ジーナちゃんからの頼みだったという。
ジーナちゃんは魔法の才能を開花させたものの、実戦を経験させるにはまだ早かった。
本当はジーナちゃんも俺達と一緒に王都に行きたかったらしいが、流石にまだ八歳の娘を村の外に出すのは危険だと村長さんから止められた。
なのでジーナちゃんは姉にセーラのことを託し、村で二人の帰りを待つことにしたのだという。
……おれが思うに、あの子なりに色々と辛い決断だったと思う。
魔法は使えるのに、戦える程の力は振るえない。
まだ子供だから危ないと大人に止められて、姉だけが自由に村の外へ出ていける。
そんな現実を、ジーナちゃんは受け止めている。彼女にはもう、そうするしかなかったから。
だからその分、俺がセーラとジュリを王都まで送り届けた後、ジーナちゃんをたっぷり甘やかしてあげたいと思っている。
ジーナちゃんはまだ八歳なのに、村の他の子供達よりもずっと大人びた子だ。
聞き分けがいい子は、それだけずっと我慢をしている。子供らしい文句を言わずに、大人の言うことを黙って聞き入れる『良い子』であろうとする。
俺も五歳の頃に生まれ故郷が焼け落ちて、エルファリア家で育てられたから、気持ちは理解出来ているつもりだ。
文句を言ったら、皆を困らせてしまうかもしれない。だったら素直な子として振舞って、皆に喜んでもらう方がずっと良い。
そうやって自分の気持ちを押さえ込んで、何もかもを飲み込んで。
……そうやって抱えていたものが多過ぎたから、俺は限界が来てしまったんだと思う。
ジーナちゃんには、俺と同じような道を辿ってほしくない。だから俺が、ジーナちゃんの本心を晒け出せる相手でありたいと……勝手ながらそう思っている。
「途中で馬車を拾えて良かったな、レオン。これなら今日中にケルパの町まで行けるはずだ」
「あ、ああ。本当に、運が良かったよ」
一人で考え事をしていたら、箱馬車の向かい側に座るセーラに話しかけられた。
ケルパの町までは徒歩で移動するつもりだったのだが、運良く通りかかった馬車に途中乗車させてもらうことが出来たのだ。
四人乗りの馬車には、二人ずつの座席が用意されている。セーラとジュリが隣同士に座って、俺の横には三人分の荷物が置いてある。
この分なら、予定より早くケルパに到着するだろう。今夜は以前ジンさん達と泊まった宿で休んで、明日には王都行きの馬車に乗っていけるはずだ。
そうして馬車は北へ進んで行き、道中に現れた魔物は俺のとセーラが片付けた。
セーラは竜人の中でも紅蓮族という、炎の竜と人の姿をそれぞれ併せ持っている。
西の森で見た赤い竜の姿の時は、鋭い爪や牙、そして炎のブレスを吐いて攻撃出来る。
そして人間の姿に変化している際には、恵まれた身体能力を武器に素早く動き回り、素手の重い一撃で敵を葬り去るパワーを持っていた。
しかし、それだけの能力を持った彼女にも弱点がある。
紅蓮族は炎の一族。対して蒼海族が操るのは、あの大雨を降らせるに至った水の力。
それこそが、彼女の故郷が奪われた原因だったのだ。
水というのは意外と万能だ。
激しい水流は岩をも砕き、燃える炎も掻き消してしまう。仮に事前に蒼海族の襲撃を知っていれば対策も立てられただろうが……不意打ちを喰らってしまっては、奴らの水を蒸発させるような炎の大魔法を準備する時間も無かっただろう。
けれどもセーラが王都に逃げ込めば、状況は大きく変わる。
流石の蒼海族であっても、聖王国そのものを敵に回すようなことはしないだろう。
王都騎士団が言うには、蒼海族に何らかの処罰を与えるらしい。
理由の無い殺戮。もう少しセーラから詳しい事情を聞いて、調査を進める必要があるらしいが……。その結果によっては、国による制裁措置もあり得るのではないだろうか。
だがここから先は、俺ではなく国が負う役目だ。
この事件が落ち着いたら、また皆で一緒にルルゥカ村で暮らせるようになる。
……それまでの、辛抱だ。
俺達を乗せた馬車はケルパの町に辿り着き、それからも順調に王都への旅は続いていった。
そうして俺は、二度と戻って来るはずの無かった王都へと足を踏み入れた。
もう縁を切ってしまった、大切な幼馴染──ラスティーナの暮らす、この王都に。
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