第45話 あたしの本音と決意(ラスティーナ視点)

 あたしが送り出したレオンは、メルセデスさんに弟子入りしていた。

 レオンは彼女から特製ハーブティーや、ハーブを使った料理のレシピをいくつか教わっていたという。

 それを屋敷に帰ってから何回か口にしたことがあったから、あたしは彼女とレオンとの繋がりに気付くことが出来た。


 四年という月日の中、レオンはメルセデスさんからの厳しい修行に明け暮れていた。

 その弊害だったのか……彼はいつからか、夜になってもあまり眠れない日々が続くようになったらしい。


「レオンによく話を聞いてみたら、胃の痛みやら魔法の使いすぎやらで、ベッドに潜り込んでも寝付けないって言うんだよ。そんなんじゃ仕方が無いから、私がとっておきの配合で痛み止めと睡眠薬を用意してやってたのさ」

「痛み止めと、睡眠薬……」

「あいつがうちに来て三年目になった頃には、それが無いとまともに眠れない身体になっちまってた。『絶対に四年間で魔法を覚えてやる。それで王都に帰ったら、あいつにギャフンと言わせてやるんだ』……って、毎日私の修行メニューをこなしてたよ」


 メルセデスさんの口から語られた内容に、あたしは何も言えなくなった。

 四年間で見事に魔法を使いこなせるようになった裏側で、レオンは薬に頼らなければならないボロボロの状態になっていた。

 あたしが学校を卒業するまでの四年……。レオンはあたしとの約束を守ろうと、必死で奮闘してくれていたのだ。

 きっとエルファリア家に帰ってからも、あたしの知らない所で薬を飲んで、激しい痛みをやり過ごしていたはず。そうでなければ、あんな風に口から血を吐き出すまでになるとは思えないもの……。

 言葉を返せないあたしと、無言で話を聞き続けるルーシェに、メルセデスさんは更に語っていく。


「そうして、つい先日のことだ。『王都のお屋敷の仕事は辞めて、ルルゥカ村に移り住んだ。今度からそっちに薬を送ってもらいたい』って内容の手紙が、風の精霊経由で届けられた」


 レオンからの手紙には、『職場を辞めたから、自分用の痛み止めを追加で欲しい』という旨が記されていたらしい。

 ……あたしというストレスの原因から離れたことで、胃の痛みはあれど、不眠症には悩まされなくなった。そういう意味なのだろう。

 やっぱりレオンは、こんな面倒な幼馴染と離れられて清々してるんでしょうね。

 子供の頃からずっと一緒に居たのに、彼の異変に何一つ気付けなかった……パワハラ三昧ざんまいの令嬢のことなんて、早く忘れた方が良いんだわ。

 その方がきっと、彼の為になる──そんな確信めいたものが、徐々に輪郭を露わにしていくのが分かる。

 あれだけ知りたかったレオンの居場所が判明したというのに、これっぽっちも達成感が無い。

 胸の内を埋め尽くすのは、どうしようもない後悔と、底知れぬ絶望感。

 今更、彼にどんな顔をして会えばいいのか……分からない……!


「……ごめんなさい、メルセデスさん。やっぱりあたしたち、ここにはもう居られないわ」

「ティナちゃん……?」


 あたしは椅子から腰を上げ、横に並ぶルーシェを見下ろして告げる。


「今から王都に戻るわよ。支度をなさい」

「……承知致しました、お嬢様」


 あたしに続いてルーシェも立ち上がると、今夜泊まるはずだった客室へと荷物を取りに行く彼女。

 自分も移動用の服に着替えようと、その場を立ち去ろうとすると──


「ちょ、ちょっとお待ちなさいな! 急にどうしたっていうのさ、二人共!」


 メルセデスさんがあたしの手首を掴み、引き留めてきた。

 あたしはぐっと奥歯を噛み締め、声が震えないように気を引き締める。


「……レオンはもう、新しい居場所を見付けたっていうことでしょう? それを今更、たかが元主人が連れ戻そうだなんて真似は出来ないも──」


 ──言い切る前に、乾いた音が部屋に響いた。


 それがメルセデスさんに頬を平手打ちされた音だったと気付くまでに、あたしは数分とも、数十分思えるような錯覚を覚えた。

 強く叩かれた頬は、ジンジンとした熱を持っている。あたしは思わずそこに手を添えた。

 戸惑いながら顔を上げると、麗しの魔法使いはこちらをキッと睨み付けているのが分かった。

 けれどもその表情が意味するのは、単なる怒りではなく。

 理解してもらえない苦しさと、悲しみ。その二つが色濃く出た、真摯な怒り。


「お嬢様……!」

「あんたは引っ込んでな! 私はこの子に話があるんだよ!」

「なっ……⁉︎」


 あたしとメルセデスさんとの間に入ろうとしたルーシェが、彼女の一喝と共に地面に倒れす。

 あれは恐らく、その場の重量を操る闇魔法の一つだ。彼女は予備動作も詠唱すらも無しに、鍛えられた肉体を持つ女騎士を拘束したのだ。

 精霊との繋がりが強く、実力のある魔法使いなら無詠唱も可能だと習ったけれど……。やはり彼女は、この里の中でも相当な実力者であるらしい。

 ルーシェが動かなくなったのを確認もせずに、メルセデスさんの視線はあたしへと戻る。

 これから何をされてもおかしくないような緊迫した状況に、あたしは内心身構えながら彼女を見た。


「……ねえ、ティナちゃん。あんた、レオンとちゃんと話し合ったのかい?」

「え……?」


 予想もしていなかった質問に、思わず疑問の声を上げるあたし。

 彼女は尚も真剣な表情で、こう続けた。


「何だか知らないが、あんたはレオンに会いたがってただろ? それなのに、あいつが新天地で生活を始めたと知った途端にあの態度だ」

「それ、は……」

「あいつはあんたの為に。あんたはあいつを信じて、この里へレオンを送り出したんだろ? そんな信頼し合ってた主従で、たった一人の幼馴染を……どうしてそう簡単に諦められるんだよ!」

「……っ、でもあたしは……」

「でもじゃないっ‼︎」


 声を張り上げたメルセデスさん。

 まるでいつかの喧嘩別れのように一方的な言葉の濁流に、彼の顔が脳裏にちらつく。


「あんたがどうしてレオンに魔法を覚えてほしかったのか、ちゃんとワケを話したかい⁉︎ そんな様子じゃ、あいつが屋敷に帰ってからも何も教えてやらなかったんだろ?」

「は……はい。何も、言ってません……」

「あいつ、私にこう言ってたんだよ。『俺の幼馴染は、何かと言うと俺に無理難題を押し付けてくるんだ。だけど、それにはきっと何か意味があるだと思うんだ。それをいつかあいつの口から聞けるまで、まだまだ頑張らないといけない』……ってな」

「レオンが、本当にそんなことを……?」


 あたしの問いに、彼女はコクンと頷いた。

 レオンはあたしの我儘わがままじみたお願いも全部聞き入れて、その全てを完璧に成し遂げてきた。

 それも、ただ単に頼みを引き受けるだけではない。あたしの言うことなんだから、きっとそれには理由があるのだと──あたしの言葉に信頼していたからこそ、レオンはあの日まで共に寄り添ってくれていたのだ。


「……きっと、レオンは全部を打ち明けてほしかったんだろうよ。頑張って頑張って、大好きな女の子の為にがむしゃらに走り続けて……終わりの見えない道の果てで、目指すべき場所を見失っちまったんだろうさ」

「あ……あ、あたし、だって……あたしだって、言おうとしてたのよ! あたしが学校を卒業して、レオンも戻って来て、とびっきり可愛いドレスだって用意して……大切な犬を亡くした友達を励ましに行ってから、帰りにちょっと寄り道して、景色の良いところで逆プロポーズして、彼をギャフンと驚かしてあげようって……! そう……思って、たんだからぁ……‼︎」


 話す途中から涙が止まらなくなり、言葉がつっかえた。

 それでもあたしは、メルセデスさんに自分の思いの丈を吐き出した。

 あたしだって本当は、レオンのことを諦めたくなんてない。だってあたしは、物心ついた頃からずっとレオン一筋だったから。




 お母様がまだお元気だった頃、家族で旅行に出ていたあの日。

 馬車の窓から遠くに見えた黒煙が妙に気になったあたしは、お父様に無理を言って、その近くまで馬車を走らせてもらった。

 けれどもそこは、焼け落ちた村の残骸で。

 お母様の手を振り切って馬車から飛び降りたあたしは、彼を──今にも息を引き取ってしまいそうな、全身火傷だらけの男の子を見付けた。

 せめて、この子だけでも助けないと。そう思ったあたしは、後から追い掛けてきたお父様に必死に頼み込んで、彼を王都の治療院に運んでもらったのだ。

 しかし、あまりにも酷い大火傷は簡単に治らなかった。

『付きっ切りで回復魔法をかけても治りが遅く、このままでは完治よりも先に少年の命が尽きてしまうだろう』……と、医師に宣告された。

 だが、一つだけ方法が残されていた。市場に滅多に出回らない、珍しいポーションが売りに出されている。それを購入してもらえるのであれば、助かる見込みがあるかもしれない。

 それを聞いたあたしは、またもやお父様に頼み込んだ。


『ティナ、これからおとうさまのいうこと、なんでもきく! だから、このこをたすけてあげて!』


 無茶なお願いをしていたのは分かる。

 だけど、それでもあたしは彼を見捨てることなんて出来なかった。

 お父様はそんな無茶なお願いを聞き入れてくれて、そのポーションを何とか買って来てくれた。

 それからそのポーションは男の子の治療に使用され、次第に火傷跡も綺麗さっぱりと、まっさらな状態に回復した。

 ……けれども、それだけでは意味が無い。

 帰る場所を失った彼に、行く宛が無かったからだ。

 このまま放っておけば、彼は近くの教会か孤児院に預けられるだろう。しかしあたしは、ここでもまた我儘をお父様に振りかざしたのだ。

 その男の子──レオン・ラントという少年は、我がエルファリア家の見習い従者として迎え入れられることとなり……今も昔も、あたしが恋して止まない、大切な幼馴染なのである。





「……それなら、やっぱり今日はここに泊まっていきな」


 全てを吐き出したあたしに、メルセデスさんがさっきまでとは打って変わって、優しい声音でそう告げる。


「だから今夜は、しっかり身体を休めて。明日になったら、愛しのアンチキショーの胸に飛び込みに行ってきな!」

「ふふっ……。アンチキショーって何よ」

「じゃあ、愛しのダーリンかい?」

「そ、それは……恥ずかしいんだけど……!」

「……話が纏まったのは良しとして。この拘束魔法を解除して頂けると、とても助かるのですが」

「ああ〜っ! ごめんよ、ルーシェちゃん!」


 穏やかながらも、騒がしい森の夜。

 あたしはレオンへの想いを再確認して、改めて彼の元を目指すと決意するのだった。



 ……例えこの恋が、もう実らないものであったとしても。





 *




「魔力感知機の反応はどうなっている?」

「微弱ですが、徐々にターゲットの魔力反応と酷似した信号をキャッチしています。このまま北方へ進めば、明朝にはターゲットと接触可能であるかと思われます」

「そうか。ならば良い。……殿下、今夜はこの地にて野営となります。飛竜も休ませねばなりませんので、どうかお許しを……」


 そう言って頭を下げるのは、王都騎士団長のゼストである。

 聖王国北方への視察という名目で城を離れた、第二王子ユーリス。

 ユーリスは騎士団を護衛として引き連れ、飛竜の引く荷台に乗って、ラスティーナらしき少女の目撃情報のあるシゼールの町を抜けた。

 飛竜による飛行速度は、馬を遥かに凌ぐ。馬車であれば時間のかかる傾斜や山林の移動も、竜車であればひとっ飛び。

 そのうえ、王立学校に登録されたラスティーナの魔力反応を元に追跡を行えば、遅かれ早かれ彼女の居場所も判明する。本来は罪人の追跡に使用されることの多い代物だが、ラスティーナを追えるのであれば何でも利用する。それがユーリスの下した判断だった。

 ユーリスは草原の一画に設営されたテントの一つで、ゼスト騎士団長からの報告にこう答えた。


「構いません。夜のうちに魔力感知機に反応があれば、すぐに僕に報告を。特に無ければ、夜明け前にここを発ちます。良いですね?」

「ははっ!」

「では、下がりなさい。明日に備えて、今夜はもう休みます」


 そう言って、追い出すようにゼストをあしらうユーリス。

 一人になったテントの中で、彼はテーブルの上に拡げられた地図に目を落とす。


「魔力感知機の反応は、ここより更に北……。賢者の住まう里と言われる、朝焼けの森周辺……か」


 もう少し……あと半日もしないうちに、彼女の元へ辿り着く。


「待っていて下さいね、ラスティーナさん……。貴女は絶対に、僕との婚姻を断れないのですから……!」

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