第37話 俺と村と土砂降りの雨

 俺の言葉を受けて、ジンさんがテーブルから身を乗り出した。


「それは本当なのか、レオン!」

「はい。あっという間に魔力コントロールのコツを掴んで、簡単な風の操作なら自由に出来るようになりましたよ」


 村長さんの家にジーナちゃんを送り届けた俺とセーラは、早速ジンさんや村長さん達に話を伝えた。

 ジーナちゃんには、水と風の二属性に適性があること。

 その二つを持っているなら、もしかしたら回復魔法も使えるようになるかもしれないこと。

 そして、ヒュウという風の小精霊と契約を交わしたこと。

 これらを伝えてみたところ、村長さん一家はとんでもなく驚いた。ちなみに今、ジーナちゃんは奥の部屋でお昼寝中だ。

 食卓には俺、セーラ、ジンさん、村長さん、アデルさん、そしてジュリが勢揃いしている。セーラは既にその現場を見ているから驚きはしていないが、彼らの中でも特にジンさんの驚きぶりが凄い。


「ジーナの件に関してもだが……まさかお前が教師役に立候補するつもりだったとはな……。それならどうして今朝お前の家に行った時、その話をしてくれなかったんだよ」

「いや、その……学校を建てる件に関しては、何年も前からジンさん達が叶えたかった悲願じゃないですか。そこへ急に俺がしゃしゃり出るというのは、ちょっと気が引けてしまって……」

「だからこっそりジーナに魔法を教えてたってこと? レオンさんったら、心配性なんだか大胆なんだかよく分からないよ」

「あはは……」


 ジュリの素直な意見に、俺は苦笑で返すしかない。

 確かに、中途半端な行動をしてしまったのは自覚している。

 本来なら、保護者に無断で魔法を教えるなんて言語道断だろう。

 ジンさんから学校の話を聞いて、居ても立っても居られなくなってしまった俺の落ち度だ。

 けれども村長さん一家は、そこを責めている訳ではないらしい。


「お父さんの学校設立に協力する気があったんなら、早く言ってくれれば良かったのに〜!」

「本当よねぇ。それに、身近に魔法を教えられる人が居るなんて素敵なことですわ。わたくしはあまり、人に教えるのが得意ではないものですから……夫の力になれなくて……」


 ジュリの言葉に続いて、申し訳無さそうに告げるアデルさん。

 確かジーナちゃんの話では、アデルさんは魔法を使えるらしい。けれどもその使い方を教えるのが上手くいかず、娘であるジュリとジーナちゃんには魔法の練習はさせられなかった。

 そこに俺が現れたのだから、昔からジンさん達の夢を応援していたアデルさんからしたら、まさに渡りに船だったのだ。

 すると、先程まで黙って会話を聞いていた村長さんが口を開く。


「……ならばレオン、お前さんにも学校の件を手伝ってもらえると考えて良いのじゃな?」

「は、はい! 魔法を教えるぐらいなら、俺にでも出来ると思うので……。それに今度からは、何かをしたい時は事前に皆さんに相談させて頂きます。ジーナちゃんの件、出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした!」


 そう言って、俺は椅子から立ち上がって深々と頭を下げた。

 俺の謝罪を受けて、村長さん達は『ジーナが喜んでいたのならそれで良い』と言ってくれた。

 彼らの懐の深さに心から感謝しながら、俺は村長さん一家に恩を返す為にも、この村で頑張っていこうと決意を新たにするのだった。




 *




 その日の夜、異変は突如として訪れる。


「…………っ! この気配は……⁉︎」


 自宅のベッドで寝ていた俺は、急に押し寄せてきた暴力的な魔力の気配を察知して飛び起きた。

 それも一つだけではなく、複数。とても人間が発して良いような大きさではない禍々しい魔力の渦が、村の南方から急接近している。


「この村の南といえば……セーラの故郷があった場所だよな」


 彼女は、南方の里の族長の娘。敵対する一族の襲撃によって、故郷の家族と仲間を失ったと言っていた。

 そこから命からがら逃げ出して、どういう訳か俺の家を探し出して、ルルゥカ村に移り住んだ少女である。

 セーラも火の魔法を扱えるようだったし、里の人々も同様に戦う力を持っていたはずだ。そんな里の人々が蹂躙され、故郷を乗っ取られるなんて只事ではない。

 その事件を思うと、今この村に迫り来る膨大な魔力の正体が、里を襲ったという彼らなのではないかと勘繰ってしまう。


「……相手が誰であっても、ここに危機が押し寄せているのに違いは無い。すぐにジンさん達と合流して、村を守らないと……!」


 俺は大急ぎでベッドを飛び出し、適当に上着を羽織って家を出た。

 灯りの消えた夜の村。村長さんの家を目指して一目散に駆け出していく。

 するとその途中、南の空の方にちらりと目を向けると……明らかに星の光ではない、青い光球を視界に捉える。


「何なんだ、あの光……!」


 思わず足を止め、その光を見上げた。

 その青い光球は一つ、また一つと増えていく。

 鋭く肌を突き刺すような、理由の分からない獰猛な殺気も数を増していた。

 そうして闇夜に浮かぶ無数の青が、ルルゥカ村の遥か上空へと放たれていく。

 光は一箇所へと集中し、そのままぶつかり合って強烈な閃光となって弾け飛んだ。


「なっ……⁉︎」


 俺は思わず片腕で目を隠し、光を直視しないように顔を背ける。それでも激しい眩しさに襲われてしまった。

 その閃光が止むと同時に、さっきまで星空で満ちていたルルゥカ村に大雨が降り注いできた。

 星々は雨雲に覆い隠され、俺の服も身体も滝のような雨に晒される。

 しかし、異変はそれだけではなかった。

 呆然と立ち尽くす俺の前に、巨大な影が降り立ったのである。

 ズシンッ! と地面に衝撃が伝わり、俺はその巨大な影を見上げた。

 そしてその影──巨大な青いドラゴンの群れが、俺だけを見つめている。

 この気配、間違い無い。こいつらがさっきの魔力の正体だ……!

 地上に降り立ったドラゴンの数は、ざっと見渡しただけでも十数頭。そのどれもが、西の森で出会った赤いドラゴンよりも大きな身体をしている。

 すると、そのドラゴン達の先頭に立つ一際凶悪そうなドラゴンが、低く腹に響く声でこう言った。


『紅蓮の姫がここへ逃げ込んだのは知っている。大人しくそやつを差し出せ。さもなくば……この集落は、我らの手によって押し流されると心得よ』

「紅蓮の、姫……?」


 もしかして……と、俺の脳裏に浮かぶのはセーラの姿だった。

 燃えるような赤い髪に、鋭さのある黄色い瞳。

 酷い怪我を負っていたという少女と、西の森で親しくなった赤いドラゴン。

 あの心優しいドラゴンは、真っ赤な鱗と黄色い瞳を持つ独りぼっちの竜だった。


「まさか……あのドラゴンが、セーラだったのか……?」

『ああ……やはり紅蓮の姫は生き延びていたか……!』


 俺の漏らした呟きに、目の前の青いドラゴンがすかさず食い付いた。


『人間よ、くその姫をこちらへ寄越せ! 我らの要求を呑まぬというならば、まずは貴様から噛み殺してくれようぞ‼︎』

「…………っ!」


 人語を解するドラゴン。

 つまり、それだけ長い時を生きる上位の竜である証だ。

 セーラがあの赤いドラゴンだったのなら、これまでの全てが繋がってくる。

 どうして面識の無いはずのセーラが、一方的に俺の顔を知っていたのか。

 それは彼女がドラゴンの姿で俺と出会っていて、困っていたところを助けてくれた人間だと記憶していたからならば──



 ……そうだとしたら、こんな奴らにセーラを引き渡せるはずが無い。

 こいつらはセーラの故郷を、家族を、全てを奪った殺戮者なのだから。


『さあ、答えよ! 姫をこちらへ渡すか、否か‼︎』


 村中に響き渡るような声量で、ドラゴンが咆哮ほうこうする。


「……決まってるだろ」


 俺は堂々と胸を張り、声を張り上げて叫んだ。


「俺達の村の大事な仲間を……セーラを、お前らなんかに売るわけねえだろうがッ‼︎」

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