第35話 俺と次女と風の鳥

「そ、それは本当なのか⁉︎」

「ええ、間違いありません! ジーナちゃんに渡した検査石は、確かに青と緑の二色に変わりましたから!」


 目覚めたセーラにジーナちゃんのことを説明すると、セーラは慌ててこちらに駆け寄って来た。


「セーラお姉ちゃんも見て下さい……!」


 最初は無色透明だった石──持った者の魔力によって変色する性質のある検査石を持って、ジーナちゃんがセーラの前に石を掲げた。

 それは太陽の光を浴びて煌めき、柔らかな青と緑色に透き通っている。


「本当に……二色になっている……!」

「やはりセーラさんの里でも、ジーナちゃんのような二属性持ちは珍しいようですね」

「ああ、私の里では……身内も友人達も、火属性を持つ者ばかりだったからな」

「あっ……」


 俺が里の話を出した途端、セーラの表情が曇った。

 彼女が暮らしていた里の人達は、敵対する一族によって蹂躙されてしまった。その唯一の生き残りであろうセーラは、俺の発言によって故郷の皆のことを思い出したのだろう。


「も、申し訳ありません……! 俺の気が利かないばかりに、セーラさんにそんな顔をさせてしまって……」

「いや、君が気にすることではない。私は結局、何も出来ずに逃げ延びることしか出来なかった……。それだけの話だ」

「セーラさん……」


 そう言って、無理矢理に笑顔を作るセーラ。

 俺はそれ以上、何も言えなかった。自分の話題選びが悪かったのだと、心の底から深く反省した。




 *




 その後、俺はジーナちゃんに魔法習得の第一歩を踏み出す手伝いをした。

 検査石によって判明した彼女の適性は、水属性と風属性。

 水は動植物の命を繋ぎ、風は次なる命が芽吹く種子を遠くへ飛ばす。

 ……俺の先生はそう教えてくれたのだが、実際にその二つの適性があるから回復魔法を扱う資格があるのかどうか、真偽までは分からない。

 しかし世の中の回復魔法使いには、水と風の両方に適性があるケースが最多なのだという。特例としてエルフ族に多い光魔法の使い手も挙げられるそうだが、人間には滅多に現れない適性なので、ひとまずこれは置いておく。


 俺とジーナちゃんとセーラの三人は、魔法を使っても周囲に影響の少ない広い空き地に居る。

 つまりは俺の家周辺なのだが、しばらくはここを魔法の練習場として使っていくことになるだろう。

 セーラには少し離れた場所から見学してもらい、俺は早速本題に入ることにした。


「まずジーナちゃんには、風魔法の練習から始めてもらおうと思う。その為に、君には風の精霊と契約を結んでもらうことになる」

「精霊さん……こ、怖くないですか……?」

「全然怖くないよ。ちょっと呼んでみるから、少し待っててね」


 まだ精霊を見たことがないというジーナちゃん。

 ならばまずは、可愛らしい見た目をした精霊から慣れさせていくのが良いだろう。

 いきなり人型の精霊なんて喚び出そうものなら、ジーナちゃんの人見知りが発動して、魔法の勉強どころじゃなくなるからもしれないからな。

 そこで俺が召喚したのが、先日もお世話になった小鳥の姿をした風の小精霊・ヒュウである。

 俺の魔力を辿って風と共に現れた、ふくふくとした丸っこい黄緑色の小鳥。ヒュウは「チチッ!」と鳴くと、差し出した俺の人差し指へと止まった。


「この子が、俺の契約する風の精霊。名前はヒュウって言うんだ」

「こ、小鳥さんっ……!」

「チチュンッ!」


 ジーナちゃんは嬉しそうに頬を染めて、宝石のように輝く瞳をヒュウへと向ける。

 そんな眼差しを受けて、ヒュウは偉そうに胸を張るような仕草をしている。

 うんうん。目の前の子供に、精霊としての威厳をアピールしたいんだな。

 ……まあ実際のところ、見ているこっちとしては微笑ましい行動にしか映らないんだけど。

 そんな無邪気な精霊さんを指に乗せた俺は、続いて空いている方の指先で、召喚した際とは別の魔法陣を描いていく。

 指先から魔力を細く流し出すようなイメージで、正しい円と図形を描き出していく。そうして必要な情報を書き記したところで、空中に浮かぶ魔法陣が緑色の輝きを放ち始めた。


「精霊っていうのは、何も一人だけしか契約出来ないものじゃない。精霊が気に入った相手であれば、何人とでも契約を結べるんだ」


 すると、横からセーラも会話に入ってくる。


「私にも契約精霊が居るが……気難しい奴だからか、私以外とは契約をしないと言っている。いくら精霊に対応する属性に適性があろうとも、相手に拒絶されれば契約は果たせない」

「そうそう、セーラさんの言う通り! 精霊との契約は、自分と相手の同意が無ければ結べないものなんだ。だから自分と仲良しになれる精霊と出会うことも、立派な魔法使いになる為に必要なことなんだよ」

「そうなんですか……。ジーナとお友達になってくれる精霊さん、どこかに居るんでしょうか……?」


 不安げな表情で俯くジーナちゃんが、ワンピースの裾をキュッと掴んだ。

 すると、


「チュッチュン!」

「ぴえっ⁉︎ 小鳥さんが……!」


 そんな不安を吹き飛ばすかのように、ヒュウが俺の指先から飛び立った。

 ヒュウはくるくるとジーナちゃんの頭上を飛び回り、俺が出した魔法陣の中に突っ込んでいく。

 するとヒュウの身体が、淡く光を放ち始める。何が起きているのか分からないジーナちゃんは、目をぱちくりさせていた。


「な、何が起きてるんですかぁ〜⁉︎」

「ヒュウが魔法陣に飛び込んだのは、契約を結ぶ為の合図だよ! ジーナちゃんもその魔法陣に手を伸ばせば、契約は完了になる……!」

「それって……小鳥さ……いえ、ヒュウちゃんが、ジーナとお友達になってくれるってことですか……?」

「チュンッ!」


 元気一杯に返事をするヒュウ。

 そんなヒュウの姿を見れば、ジーナちゃんもその鳴き声の持つ意味を理解出来た。

 ジーナちゃんは、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「ジーナ……ヒュウちゃんとの契約、したいです……! フツツカモノですが、末永く……よろしくお願いしますっ……‼︎」


 精一杯声を振り絞った臆病な少女の手が、魔法陣に触れる。

 次の瞬間、ジーナちゃんの身体も優しい光に包まれていき──その光が収まった頃、俺はヒュウとの間に繋がる『もう一つの魔力の流れ』を感じ取った。

 それこそが、精霊との契約……他者との繋がりの証。

 人と精霊が手を取り合った命の糸が、更なる拡がりを見せた合図だった。


 こうしてこの日、風の小精霊ヒュウにはもう一人の契約者が誕生したのであった。

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