第28話 俺と夕陽と褐色美少女

「ひっく……ううぅぅ〜……!」


 とんでもない勢いで俺に飛び付いてきた、赤髪の少女。

 彼女は女の子らしからぬパワーでガッシリと俺に抱き付いたかと思うと、俺の胸元に顔を押し付けて泣き出した。

 しかし、俺の知り合いにこんな女の子は居ないはずだ。

 昨夜の歓迎会で見た覚えも無いから、村の人間という線も薄い気がする。

 となると、この子はいったい誰なんだ……?


「あ、あの……貴女は俺のことをご存知なようですが、失礼ながらお名前をお伺いしても……?」


 戸惑いながらそう告げると、少女はハッとした様子で顔を上げた。

 横に流した前髪と、揺らめく炎のような印象を受ける紅蓮のポニーテール。気の強そうな金色の吊り目が、俺を見上げる。


「ああっ、私としたことが……! すまない、どうにも君に会えた喜びで我を失ってしまったらしい」


 コホン、と咳払いをして身なりを整えた少女。

 少し距離を取ってみると、彼女の服装がかなり独特なデザインをしているのが分かった。

 脚や胸元といった箇所を大胆に露出したその服には、何かの毛皮が使用されている。丈夫で動きやすそうだが、年頃の女の子が着るには少々勇気のいる露出度だと思う。

 一言で言うなら、どこかの集落の伝統衣装という印象を受けた。

 とはいえ、健康的な褐色肌の彼女にはよく似合っていると感じる。普段は狩りをしています、と言われても全く違和感が無かった。


「……私は南方のとある一族の、族長の娘だ。名をセーラと言う」

「セーラさん、ですね。私は最近この村に越して来た、レオンと申します」

「レオンと言うのか……! うむ、良い名だな」

「ありがとうございます。……ところで、どうしてセーラさんは俺の家の前にいらしたのですか?」

「そ、それはだな……」


 セーラと名乗った褐色少女は、何故だか言い出しにくそうに視線を泳がせた。

 ついさっきまでは『やっと会えたぁあぁぁぁああっ‼︎』と、年頃の少女らしいリアクションで泣きじゃくっていた彼女。

 しかし今のセーラは、そんな素振りも見せないキリリとした印象を抱かせる振る舞いをしている。

 族長の娘だと名乗っていたし、普段はこうして大人びた態度をしているのだろうか。

 ある意味、彼女はその一族のお姫様という立場なのだろう。本来の性格が女の子らしいものなら、族長の娘としてそのギャップを隠すのも大変そうだ。

 するとしばらく悩んでいたセーラが、意を決して口を開く。


「……実はだな。私の故郷が、とある別の一族との争いに巻き込まれてしまったのだ。私はそこから命からがら逃げ延びたのだが……仲間の安否も分からぬまま、つい先日まで身を隠し、息を潜めていた」


 セーラの一族は、昔から別のとある一族と犬猿の仲らしい。

 時折小競り合いをすることもあったそうだが、ここ数十年はそれなりに平穏な日常を送っていたのだという。


「しかし……ある日を境に、その平穏は一瞬にして失われた。父上や母上は私を庇って里から逃がし、その道中でも多くの同胞が犠牲となってしまった。……性悪なあの一族のことだ。最早生き残りは誰も居ないだろう」

「……心中、お察しします」

「ふっ……やはり、君は優しい人間なのだな。だからこそ、私は──」


 儚く笑ったセーラは、何かを言いかけて口をつぐむ。

 しかし、ふるふると首を横に振って、改めてこう言った。


「……最早私に、帰る場所はどこにも無い。一度は一人で、どこか遠くの地でやり直そうかとも思ったのだが……。どうにか怪我が癒え、森を離れる際に……君の顔が、私の脳裏に浮かんだのだ」

「俺、の……?」


 思わず自分の顔を指差して問い掛けると、セーラは小さく頷く。

 やはり彼女は、どこかで俺のことを知っていた……のだろう。そうでなければ、見知らぬ男の顔なんて浮かびようもない。

 だが、俺にはセーラなんて名前の知り合いは居ない。もしかしたら、王都のどこかですれ違ったりしたのかもしれないが……。


「故に私は、君を探してこの村までやって来た。明るい茶色の髪の青年を探していると言ったら、ここが君の家だと案内されてな。……まさか、陽が沈むまで待つことになるとは思わなかったが」

「ああ……」


 そうか、だから彼女はさっき『やっと会えた』と……。


「そこで……その、君に一つ頼みがあるのだ。もし、迷惑でなければなんだが……」


 不安そうに眉を寄せながら、セーラは言う。

 既に薄暗くなり始めたせいもあって、彼女の顔色が少し分かりづらいが……どこか恥ずかしそうにもじもじとしていて、ほんのりと頬を染めているように見えた。

 俺がそう感じた理由は、すぐに彼女の言葉から察することが出来てしまった。


「わ、私を……君のつがいとして、共にここへ住まわせてはくれないだろうかっ⁉︎」



 ──それはまさかの、見知らぬ美少女からの逆プロポーズであった。

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