第18話 俺と神父さんと教会
結果として、俺の課題『西の森のドラゴン討伐』は未達成のまま。
村長さんの判断によって、空き家の提供については保留となった。
しかし、俺が「あのドラゴンは怪我をしていて、回復さえすれば森を出て行くはずだ」と伝えると、
「ならば、例のドラゴンが森を出るのを見届けるまでは時間をやろう。……ただし、五日以内に動きが見られなければ、今度こそジン達に討伐を頼むからな」
と念を押された。
ドラゴンは長命であり、その生命力も強い。従って身体の治癒力も高いとされており、俺が渡した薬草もあればすぐに全快するだろうと思われる。
しかしそれは、怪我が完全に癒えたドラゴンを野放しにしてしまうことに直結する。
もしもあのドラゴンが人間を襲うべく、完全な状態でルルゥカ村へやって来たら……少なくとも、多くの村人が深手を負うのは避けられない。
その危険性がゼロだとは言えないので、村長さんもそんな決断を下すしかないのだ。
……それは俺も分かってはいるんだ。普通のドラゴンは、時に人を襲い喰らい、恐れられる存在。古くは神の使いであったとされる、人とは交わることの出来ない異質な生物。
それが世界の常識であり、無闇にドラゴンを刺激して滅んだ国だって歴史に残されている。この村だって、その国と同じ運命を辿ってしまうかもしれないのだから。
だが俺は──
「……分かりました。その条件でお願い致します」
あの赤いドラゴンが、そんな恐ろしい存在だとはとても思えなかった。
根拠なんて何一つ無い。ただ俺が、そう思っただけに過ぎない。
*
例のレッドドラゴンの怪我の経過は、俺が責任を持って毎日村長さんに報告することで決定した。
ただまあ、このままだと寝る場所すら無い。
最初は村長さんが家に泊めてくれるという話になったのだが、ジンさんが「申し訳無いが、年頃の娘達と同じ屋根の下にさせるのは……」と言ってきたので、それはナシの方向になってしまった。
確かジュリは十六歳で、妹のジーナちゃんは八歳だと言っていた。ジュリが年頃というのは分かるけれど、ジーナちゃんはまだそういうのを心配するような年齢では無いような……。
だがしかし、そういう複雑の父親心を汲んだ俺は、ジンさんの意見を尊重した。
なら今夜からどこで寝泊まりするのかという話に戻るのだが、どうやらこの村の教会は旅人を受け入れているらしい。少しのお金を寄付すれば、温かい食事とベッドを提供してくれるのだという。
元の職業からして、幸いにもお金には困っていない。そろそろ陽が暮れる頃というのもあって、早めに教会へ向かうべきだと判断した。
ルルゥカ村の端、小高い丘の上に立つ小さな教会。
光の女神リュミエールを信仰するアリストス聖王国では、教会施設のシンボルとして、光の女神と人類をモチーフとしたレリーフがそこかしこにある。
恵みの光を地上にもたらす女神と、その光に歓喜し祈る人類。その見事な浮き彫りは、このルルゥカの教会でも見ることが出来た。
「失礼致します」
扉を開けた俺の声に反応して、振り返る人物。
着ているものからして、彼がこの教会の神父さんなのだろう。年齢はジンさん達に近い、四十歳前後のように見える。
「ようこそ、ルルゥカ村のリュミエール教会へ。貴方が噂の彼ですね?」
噂の彼、とはやはり俺のことだろう。
村というのは、環境の変化が少ない。その分、何か新しい情報が入ればすぐに広まるものなのだ。
もしかしたら俺がジンさん達と村に来た時、そしてジュリと聴き込みをしていた時の話が、この神父さんの耳にまで届いていたのかもしれない。
やけにダンディーな神父さんに、俺は苦笑をしながら言葉を返す。
「はは……多分そうかと。初めまして、神父様。王都から来ました、レオン・ラントと申します。もし宜しければ、しばらくの間こちらでお世話になりたいのですが……」
すると神父さんは、二つ返事で了承してくれた。
すぐに食事の支度が出来るというので、教会内に設けられた生活スペースに案内され、食卓に着く。
どうやらこの神父さんも昔は王都に住んでいたそうで、若い頃は料理人として修行を積んでいたらしい。その腕は中々のもので、家庭料理にしてはハイレベルな質の温かいスープや、肉の香草包み焼きなどをご馳走になってしまった。
……やばいな、これは。こんなに美味しい食事が毎日食べられるなら、持ち家なんて無くても構わないんじゃないかと思えてしまう。もしや、貴方が神か?
そんな感想を胸の内に秘めながら、あっという間に完食。そして食後の薬も完飲。
お布施としてお金をいくらか出させてもらったが、それだけではこの料理のお礼には及ばない。そう判断した俺は、食後の洗い物をさせてもらった。
こうして教会で寝泊まりすることが決まった俺は、早速明日の朝からドラゴンの様子を見に行くことにして、早めに眠りにつくのだった。
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