第15話 俺と長女と情報収集
西の森のドラゴン討伐。
これを達成すれば、俺は晴れてこのルルゥカ村の村民として受け入れてもらえる。おまけに持ち家まで手に入れられるのだから、受けない理由は何一つ無かった。
これぐらいで村の人達からの信用を得られるのなら、安いものだ。信用は金では買えないからな。
相手の為に何が出来るのか、何を出来たのか。その結果、相手にどんな印象を持たせることが出来るか。
今から俺が行うのは、ルルゥカ村の全ての人達に向けた、俺の有用性のアピールだ。
若い男というだけで、農業でも狩猟でも必要とされる。それが『村』という集団での、男の役割だからだ。
結局俺は、故郷の村では何の役にも立たなかった。
当時、まだ五歳だった俺。
一人だけ歳が離れた最年少だった俺に、明確な友達らしい存在は皆無だった。
村から少し離れた泉で魚を眺めていた俺は、しばらくして家に帰ろうとしたら、村が炎と煙に包まれているのを見た。
まだ家には父さんと母さんが居るはずで、早く二人の元へ行かなければ、助けなければと炎の中へ飛び込んだ。
……でも、何も出来なかった。
父さんも母さんも、村の皆も。俺以外、誰一人生き残ることが出来なかった。
だから、俺が生きているのは奇跡的なことだったんだ。
……そんな過去があるからか、村長さんからドラゴン討伐の話を聞いた時、俺は嬉しさを感じていた。
俺が誰かの役に立てる。俺の力を必要としてくれる人達が居る。
子供の頃に成し得なかった『村人』としての役割を果たせる、絶好の機会。
ある意味でそれは、一種のトラウマのようになっているのかもしれない。
──誰も救えなかった、役立たずの村の子供。
あの頃の俺は、今でも胸のずっと奥底に生き続けているのだろう。
昼食の時間が近かったこともあり、ドラゴンと遭遇した村人に聴き込みをする前に、腹ごしらえを済ませることにした。
その理由は勿論、腹が減るから……ではなく、痛み止めを飲む必要があるからだ。
今日のところは村長さんの家──ジンさんの奥さんお手製の料理をご馳走になった。そしてやっぱり、奥さんもジュリの妹さんも美人だった。
食事の際に初めて顔を合わせたのだが、どうやら妹のジーナちゃんは引っ込み思案な性格らしい。急いで料理を食べ切って、自分の部屋に逃げるように去っていってしまった。
……もしかして、嫌われてしまったのだろうか?
心にちょっとした傷を抱えて、俺は気持ちを切り替えていく。
ゴードン医師に貰った薬は、残り八日分。薬を飲み切ってしまう前に、師匠に連絡を入れておくべきだろう。
後で師匠宛てに手紙を用意することにして、食事を済ませた俺は、ジュリの案内で村人から話を聞きに行くことになった。
「ジュリさん、案内よろしくお願いしますね」
「任せて! きっと皆もレオンさんの力になってくれるはずだよ」
両手でぐっと拳を握って、力強く答えるジュリ。
その拍子に跳ねた毛先がピョコンと揺れて、何だかちょっと微笑ましい。
「それじゃ、ついて来て!」
張り切るジュリの笑顔に、村長さんの家で見た泣き出しそうな気配は一切感じられない。
それには、俺が村長さんに提案した『ある条件』が関係していた。
この村に来るまでの道のりで、俺は一度も魔物と戦っていない。
それはジンさん達が『病人に無理はさせられない』と、気を回してくれたお陰だった。
けれどもその結果、俺の実力は未知数。本当にドラゴンと戦えるのか。そもそも戦力として数えていいのか、判断が難しい。
だからジュリは、一人で俺を行かせるなんて無茶だと村長さんを止めようとしてくれた。
しかし、それでは課題の意味が無い。ジンさん、オッカさん、バーモンさんに並ぶ実力者が常に村に居るという安心感は、村長さんにとって喉から手が出るほど欲しいものだったのだろう。
そこで俺は、『俺がドラゴンと戦う間、少し離れた位置でジンさん達に待機していてもらうこと』を提案してみたのだ。
すると、ドラゴンの情報を知る村人の元まで向かう途中、ジュリが後ろ歩きをしながらこう言った。
「それにしても、レオンさん一人で森に行くことにならなくて良かったよ〜。危なくなったら、すぐにお父さん達をこき使って良いんだからね?」
「ふふっ。いざとなったら、頼りにさせてもらいますよ」
こき使う、と言う辺りが何だかジュリらしいというか。
長期間離れて暮らしていても、仲の良い家族とその仕事仲間だからこそ出る発言なのだと思う。
それにジンさん達が見守ってくれるということで、こうしてジュリも安心してくれた。それだけジンさん達が信頼されている証なのだろう。
……よし。俺も頑張らないとだな!
それから、家と畑を四ヶ所ほど回って情報を集めた。
ドラゴンのブレスを浴びたという男性は、自身を庇った左腕に火傷を負っていた。
ひとまず火傷に効果のある薬草で対処しているらしいが、薬の行商人が来るまでそれで乗り切るつもりらしい。
ということは、この村には薬や回復魔法を扱える人物が居ないのだろう。やはり早急に薬を頼んでおいた方が良さそうだ。
そして、肝心のドラゴンの話を纏めると、こうだ。
ドラゴンは口から炎を吐き出し、長い尻尾で攻撃してくる。
今のところ村を襲うつもりは無いようだが、不用意に近付くとブレスを吐かれてしまう。
怪我をしたのは、例の火傷の人だけらしい。ドラゴン相手に、それだけの被害で済んだのは幸運だろう。
となると……うん。やっぱり俺ならどうにか出来そうだ。
話を聞く限り、相手は炎を操るドラゴン。ならばこちらは、水属性の魔法で対抗するのが良いだろう。
そして俺には、四年間で培った魔法の腕がある。自称・偉大な魔法使いから一番弟子とまで称されたこの実力、ここで発揮しないでどうするというのか!
一通り情報収集も出来たので、一度村長さんの家に戻ることにする。
「えっ、もう良いの?」
「必要な情報は出揃ったので、ジンさん達を呼びに行きます。すぐにでも西の森に迎えるなら、早く済ませた方が良いですからね」
「ふーん。そっかぁ……」
そう短く答えたジュリは、何故かつまらなさそうに唇を尖らせている。
もしや彼女は、俺にもう少し村を見せて回りたかったのだろうか?
まあ、これからここで暮らすのなら時間はいくらでもある。その時にまた、彼女とのんびり村を歩いてみるのも楽しそうだ。
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