第3話 俺とお医者さんとベッド
目が覚めたら、ベッドの上だった。
おかしいな。さっきまでラスティーナお嬢様と馬車に揺られて、カタリナ嬢の屋敷へ向かっていたはすでは……?
「おや、気が付いたかね」
声のした方に顔を向けると、エルファリア家の専属医であるゴードンさんが居た。
でも、何でゴードンさんが俺の寝顔をバッチリ見守っていたのだろうか。まさか、ラスティーナの身に何かあったんじゃ……⁉︎
「ラスっ……げほっ、げほっ!」
急いで起き上がろうとした途端、俺は激しく咳き込んでしまう。
そして、口の中に感じる血混じりの
「レオ坊、無理しちゃいかん! お前さんは血を吐いて気絶してたんだぞ!」
と言って、必死で俺をベッドに押し戻してきた。
「血を、吐いて……?」
「そうだ。ラスティーナ様がおっしゃるには、お前さんが急に咳き込んだかと思うと血を吐き出して、そのまま馬車の中で倒れたんだと……」
「あっ……」
そこまで聞いて、朧げだった記憶が全て鮮明に蘇ってきた。
「そうか……俺はあのまま、気を失って……」
次第に強くなっていく吐き気と頭痛。
俺はそれに耐え切れず、ラスティーナの目の前で血を吐いて……血を、吐いて……?
「……まずい! ドレスを汚したこと謝らないと、後でラスティーナにどんな罵倒をされるか分からな──」
「だから急に動くなと言っとるだろうに‼︎」
二度目の物理的ドクターストップを受けた俺は、込み上がる不安と焦りに包まれながらベッドに横たわる。
ああ、あのドレスはついこの間仕立てたばかりの新品だったのに……!
あれは、ラスティーナの青い瞳の色に合わせたドレスだった。これを一番に見せたい人が居るんだと言って、デザイン画の段階から完成を楽しみにしていたもので……。
そんな大切なドレスを、俺なんかの血で台無しにしてしまった。
おまけに俺が倒れたせいで、彼女はきっとお茶会どころじゃなかったはずだ。カタリナ嬢にあのドレスと髪飾りを見せる為に、そして励ましの贈り物として紅茶まで買いに行ったというのに……全部を無駄にしてしまった。
「ああ……全部、俺のせいで……うぐっ!」
ラスティーナの悲しむ顔。そして俺に怒りを向けてくる姿を想像しただけで、胃が燃え盛るように痛んでくる。
普通に寝そべっているだけですら辛くて、気がおかしくなりそうだ……!
この痛みのせいで昨日は一睡も出来ず、これを抑える為に師匠に薬を送ってもらえるように頼んでいたのだ。まさかたった一度薬を切らしたせいで、こんな事態を引き起こしてしまうだなんて……。
俺は、俺はもう、どうしたら……‼︎
「……レオ坊」
どこか憐れみの込もった声で、ゴードン医師が言う。
俺はエビのように背中を丸めながら、激しく痛む腹を押さえて、視線だけを彼に向けた。
「エルファリア家の専属医である俺の立場で言うのも何だが……お前さんのその症状、恐らくは極度のストレスが原因だろう」
「極度の……ストレス……?」
「お前さんがちっさい頃からお嬢様の為に奔走してたのは、屋敷に関わる者なら誰もが知っとる。だがな、その頑張りのせいで……お前さんの身体は、もう限界を迎えとる」
ゴードンさんが言うには、こういうことらしい。
俺はラスティーナの為に少しでも恩返しをしようと、俺に出来る事なら何でもやって来た。
『馬に乗れないなんて男じゃない!』と言われれば乗馬を始め、『甘い物の一つくらい簡単に作りなさいよ!』と
……うん、そりゃ身体も壊すわ!
むしろこんな無茶振りの数々をこなしてきた俺、もしかして天才なのでは? ああ勿論、ラスティーナは天災です。
そんな多忙な日々を過ごしてきた俺の身体は、遂に悲鳴を上げてしまったのだという。
特にここ最近感じていた吐き気の原因は、ストレスによって胃酸が増えていたのが濃厚らしい。それで俺の胃に穴が空いて血を吐き、過労と寝不足のトリプルコンボでぶっ倒れたと。
「あの……これ、どうやったら治るんでしょう……」
俺の切実な問いに、ゴードン医師はこう答えた。
「痛みや吐き気はある程度薬で抑える事は可能だが、ストレスの根本的原因を取り除かないことには治らんだろう」
「根本的原因、というと……」
「……この屋敷を離れた方が良い。それも、なるべく早い方が望ましいな」
即ち、ラスティーナから逃げろと。
ゴードン医師は、俺の言葉に重く頷くのだった。
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