番外編 第7話 これだからオタクって……。

「急げ! 絶対に間に合う。私には幸運の神様、山田様が付いているんだから」


「おい! いったい何言ってるんだ水瀬」

「いいんです。なんでもいいからもっと早く走ってください」


まったくよう。一体なんだってんだ水瀬の奴、それに何処……ん、この方向は、俺ものこの方向に重大な用事があるんだ。


「おい、水瀬、前こっちに何かあるのか?」

「そうなんです。物凄く需要な案件がこの先で私を待っているんです」


「奇遇だな。実は俺もこの方向に用事があったんだ」

「そうなんですね。奇遇ですね」


「ああ」と返事をした時、俺のスマホが鳴った。

走りながらスマホの画面を見ると繭からだった。


「どうしたんだ珍しいな通話なんかけて来て……ほっ、ほっ」

「あ、ごめん間違って通話しちゃった。まだ仕事中なんでしょ」

「はっ、はっ、いやもう仕事は終わった」


「あ、そう……ならもう帰れるの?」

「うっ、うっ。多分もうじき帰れると思う……」


「よかったぁ、それなら途中でお豆腐買ってきてくれたら嬉しいなぁ。あ、お豆腐でも焼き豆腐ね。大丈夫そう?」

「おっ、おっ、わ、分かった」


「で、浩太さん今どこで何してるの? さっきからやたら息上がってるみたいなんだけど」


「いやなんでもねぇ、ちょっとな……豆腐な! 分かったそれじゃ切るぞ」

「うん……あ」ブチ! 繭なんか言いかけてたけど、通話きっちまったよ。


しかし年は取りたくねぇな。これしきの事でもう息上がって足がいてぇ。

つか、やっぱ運動不足なんだよな。

でもよう水瀬の奴、あのパンプスでよくあんなにも早く走れるもんだな。

若けぇっていいよなぁ。


なんか本当に俺、おじさんの気分になっちまう。

と、そうしている間に、俺の目標とする店がみえて来た。


あ、やっぱり並んでいやがる。

やべぇぞ! もしかして整理券なんか発行……、あ、してやがる。間に合ってくれよ!


「お―い水瀬! 俺あの店に用事があるんだけど!」

「えええ! ぐ、偶然ですねぇ。私もそうなんですよ」

おいおい、まさか彼奴の目的って俺と同じなんじゃねぇのか?


「まさかお前もあのゲームの特典目当てなのかよ!」

「そういう先輩もそうだったんですね。だから朝からそわそわしてたんですよね」


「それならそうだと早く言えよ!」あ、だから俺に付き合わせたんだ。此奴特典くじ俺にもむかせていいやつ出たら、ねだるつもりだったんだ。

ほんとやってくれぜ水瀬の奴。


はぁ、はぁ……しかしマジきちぃ!


ようやく最後尾に着いた時もう完全に息が上がっていた。


「やったぁ! くじの整理券ゲット出来たぁ」

「ああ、俺も手に入れたぜ……はぁはぁ」


「先輩大丈夫ですか? もう、これしきでこんなにも息上げちゃって」


「う、うるせぇ! ただの運動不足だ誰がおっさんだっていうんだ!」

「誰も言っていませんけど? ほら前進んでいますよ先輩」

「あ、ああ」いけねぇ。今はそんなことよりも、なんとかお目当てのヒロインフィギアが当たることを祈らねば!


ようやく受付カウンターまで到達した。

「さぁどうぞこちらからくじを引いてください!」店員が差し出したくじボックス。祈りを込めて手を突っ込んで一枚を手に取り引いた。


期待を込めてそっとくじを剥くと


「お、おめでとうございます!! 一等です」やったぜ! 一等だ。当然このゲームのヒロインのフィギアなんだと……思ったら。


店員がくくくっ、と笑いを抑えながら


「一等のコスプレ衣装です」


「ええええええええ!!! せ、先輩当てちゃったんですかそれ! 嘘でしょ。マジ! ほんとマジなんですかぁ?」


俺も何が何だか分からず、きょとんとしながらその特典をもらい受け、次いで水瀬がくじを引いた。


「はぁい、三等のフィギアです」

マジ! 水瀬がフィギアかぁ。


二人とも何となく肩を落として店を出た。言っておくが決してくじが外れ商品だった訳じゃない。むしろ二人とも人がうらやむような特典品をゲットしたのに、なぜかあんまり嬉しくない。


「あ、そうだ繭から豆腐買ってこいって言われてたんだっけ」

「豆腐ですか? なんだか繭ちゃん先輩の奥さんみたいですね」


「馬鹿なこと言うじゃねぇよ! まったく」


「ああ、いいなぁ帰るとちゃんと温かい夕食が用意されているなんて。ホント羨ましいですよ先輩。繭ちゃんに感謝ですよ」


「そうだな」ちょっと照れ臭かったが、何となく水瀬の顔も赤くなっていた。

帰りは二人で何処にもよらず真っすぐ電車に乗り駅に着いた。


「お前に今晩付き合えって言われて、もしかして飯かと思ったんだけど、目的が同じだったとはな。なんか笑えるぜ」


「なははは、私は何となく感ずいていましたけどね。だって今日この百合ゲーの発売だって言うの、先輩が見逃すはずがないと思っていましたからね」


「そう言うお前だってそうだったんじゃねぇか」

「はい、否定はしません」と水瀬はきっぱりと言い放った。


ちょっと無邪気な感じがする水瀬に、何となく此奴可愛いじゃねぇか。と、思った時繭からメーセジが届いた。


「ねぇ、焼き豆腐まだぁ? こんばんはすき焼きなんだけどぉ。早く帰っておいでよ」

おお、こんばんはすき焼きかぁ。なんかすげぇな今晩の夕食。


「繭ちゃんからでした?」水瀬がちょっと気にしたように訊いてきた。


「ああ、豆腐まだかってさ。こんばんはすき焼きだから早く帰ってこいだってよ」

「んっもう、本当に二人とも新婚みたいな会話しないでください。私ヤキモチ妬きたくなるじゃないですか」


うっ! おいおいよしてくれよ水瀬。


「ああなんだか私もすき焼き食べたくなってきちゃった」そう言いながら、スマホで電話をかけ……てもしかして繭にかけてんのか?


「ああ、繭ちゃんごめんねぇ」

「めっずらしい! 水瀬さんから電話よこすなんて」


「あのさぁ今私、先輩と一緒なんだぁ。そんでさぁ、訊いたよ今晩すき焼きなんだって、私も行っちゃ駄目かなぁ」


「別に構わないですけど。お肉はいっぱいありますから……でも特売品のお肉ですけど」


「んんんんっ! もう十分、ありがとう。急いで先輩連れて帰るからもちょっと待っててね」


「了解じゃ準備していますね」


「あのぉ……水瀬さん」

「ん? 何ですか、せ・ん・ぱ・い!」


「すき焼きだけが目的なんですか?」

「さぁ、どうだかね。でももうお腹ペコペコ。ああ、早く繭ちゃんのすき焼きたべたいなぁ」


うふふとほほ笑む水瀬の顔が、小悪魔的な可愛さを秘めて俺の目に映ったのは、此奴がやっぱりそう仕向けているからなんだろうか……。




でもよう……。


俺、水瀬があてたフィギア……。欲しいなぁ。

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