番外編 第5話 あの日から……始まったんだね。

それは、朝食を食べている時に始まった。


昨夜は浩太さんになんか悪いことしちゃったなァ。

急な残業で疲れて帰って来たのに、なんか余計な気使わせちゃったみたい。


でもさぁ、まぁね、なんか凄い強いドリンク剤を飲んでいたんだろうけど、私の裸見て、あの浩太さんがだよ。


「俺は2次元の女しか愛せねぇんだ!」って言っていた浩太さんがだよ、欲情したなんて、なんだかちょっと嬉しいかも……。て、さぁ、そんなことを思う私はすごいスケベなんだろうね。


うん、それは否定しないよ。でもさぁ、なんだろうこうして浩太さんの近くにいるとなんだかこうもやもやと言うかさぁ、たまに落ち着かなくなる時があるんだよねぇ。


それがさ、最近多いんだよ。


浩太さんとの関係は、基本的に冷蔵庫の共同使用が前提。その代わりに私が浩太さんの食事を作ってあげるというのが交換条件。


ただそれだけ、それ以上のものでもない。


でもさ……、何となく感じているんだよ。その感じている気持ちって何かって言う事もだんだんと形がはっきりしだしてきているのも事実。


そんなつもりは全くなかったんだよ。……、本当だよ。

嘘は言ってないもん。


「はぁ―」なんだろうこの中途半端な状態が、最近私を少しイライラさせている。



「なぁ繭、今日気分転換にどこか行かねぇか」

「ほへ? どうしたの急に?」


「いや別にこれと言って意味はねぇんだけど。なんだか、せっかくの休みなんだし家でゴロゴロしていても、もったいねぇな。なんて思ってさ」


「ふぅ―ン、どこかねぇ。別に私は家でゴロゴロしていても構わないんだけど」


「そぅか、なんかお前冷めてんな」


冷めてんなって、何? ……どうせ私は年相応なあのキャピキャピした反応。んーアニメとゲームの中だったら「わぁー! ねぇねぇ、どこに行くのぉ!」なんて言うかもしれないけど、そこまで飛び跳ねるような気分でもないし、そんなキャラ演じることもない。


でもさぁ「冷めてる」って何? 私そんなに冷たいの?


「どうせ私は冷め切っていますけど……」

つい嫌味な返事をしてしまった。


多分浩太さんも、その返事にカチンときたのかもしれない。


「なんだよ。せっかく誘ってあげてんのに」

「別に頼んでもいない事なんだけど。そんなに誰かと行きたいんだったら水瀬さん誘ったら」


「うっ、水瀬は実家に帰っているからいねぇんだよ」


「ふぅーん、さすが会社じゃ付き合っていることになっている仲ですね。ちゃんと水瀬さんの行動も把握済みなんだ」


「……あ、あのなァ、会社じゃ勝手にそう思われているだけで、特別水瀬とはそいう関係じゃねぇことお前が一番分かってんだろ」


「ええ、分かってますよ。でも当の水瀬さんは本当の所どう思ってるんだろうね。……水瀬さんの気持ち、知ってんでしょ。それなのに『先輩!』って呼ばれていることにデレデレしちゃって」


「……うっ! 繭、お前何キレてんだよ」


「もういい、私部屋に帰る」


あ―、何でこんなこと言っちゃたんだろう。言ってから物凄く後悔してる。けど……言っちゃたんだから後に引けない。今すぐ「ごめんなさい」 って一言謝れば済むことなのかもしれないけど、それも出来ないし、なんだかしたくない。


そのまま、三和土でサンダルはいて踵を返しながら「浩太のバカぁ!」と言って部屋を出た。


自分の部屋に戻った途端涙が一気に溢れて来た。


何で、何でよ、気持ちと言葉が逆になっている。こんなこと言いたくないし、いっちゃいけないのに、水瀬さんに嫉妬している私? だからあんなこと言ってしまったんだろうか。


後悔しても、もうどうにもならないよ。


泣いた。自分自身に悔しくて、素直になれない自分が嫌で……、浩太さんに訊かれない様に泣いた。そしてそのまま寝てしまった。


夢を見ていた。


そんなに遠くない未来何だと思う。ううん、多分私の本音。願望て言うのかもしれない。


大切な人がいつも私の傍にいてくれる。その人の傍に居ると心がいつも温かくなるような気がする人。そしてとても安心する。


小さい子の鳴き声。赤ちゃんがいる、私と彼の赤ちゃん。そうかぁ、私赤ちゃん産んだんだ。


その子を二人で見つめながら、元気に育ってくれることを願う。


「ねぇ、泣き止んだら今度は笑ったよ」

「ああ、ほんと忙しいなぁ」


「ホントにね。忙しいのはあなたに似たのかなぁ」

「どうだか、でも、すぐ泣くところはお前似だよな」


私の隣にいるのは、浩太さん。


そっかぁ、私たち結婚したんだ。結婚? 嘘、私と浩太さんが……。


やっぱり私、浩太さんの事。でもさ、これは私の勝手な想いなんだろうから、現実にこうなることはないんだよね。


願望、こうなりたいなって言う私の想いが見せているんだよ。


ああ、でもさぁ、こうして幸せになりたいよね。

私にそんな資格あるのかなぁ。


これは夢なんだから、いいんだよ。私が勝手に見る夢なんだもん。だから幸せな自分を描いてもいいんだよ。


でも本当にこうなりたいね。


多分一コマくらいの夢だったのかもしれない。それでも目が覚めた時、とても幸せな気分になれた。


ゆっくりと体を動かして、仰向けになって天井を見つめた。


「うん、ちゃんと謝ろう」


モヤモヤとした気持ちのままいたくない。


ベランダのサッシを開けて外に出た。仕切り版に手をかけて、開こうとした時、ふわっと煙草の香りがした。


浩太さんがベランダで煙草を吸っているんだ。


ただ立てかけてあるだけの仕切り版から手を放して

「……こ、浩太さん。いる?」

「ああ」とだけ聞こえて来た。


「あ、あの……さっきはごめん」

「いや、俺も言い過ぎた。悪い」

「ううん、悪いのは私だから……」

「俺も大人げなかったよ。ごめん」


「だからさ、悪いのは私なんだって……だって……」


「もういいよ。また喧嘩したいのか? 繭」


「馬鹿。したいわけないじゃない」

「ならこっち来いよ」

「行ってもいいの?」

「ああ」少し力ない声が返って来た。


仕切り版を外して顔を上げると同時に、私の体はグイッと抱き寄せられた。


そして彼の胸の中に。浩太さんの胸の中に強く抱きしめられた。


「ちょっと、浩太さん」

浩太さんの香りが私を包み込んだ。


「まだ怒ってんのかよ」

「……ううん」

「だったらもういいよ」


「うん」

ぎゅっと抱きしめる力が強くなった。そして私も彼の体を抱きしめた。


「ねぇ、今晩の夕飯何が食べたい? 一緒に買い物行こっかぁ」


今思えばこの時から私は浩太さんの事が、はっきりと好きだと思えるようになったんだ。


それでも、その気持ちはまだ表にあんまり出しちゃいけないんだと思う。もう少し、これからまだ続くであろう私たちの生活が……。


そう、この想いは自然と伝わる様な気がするから。



私の想いはあの日から始まったんだ。

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