第88話 ずっと愛し続けているよ ACT9

昨日の煮物は大成功だった。

浩太さんは本当に喜んでくれていたようだった。私はそれで満足だ。


夕食の後

「なぁ繭、お盆休みお前どうする?」

何気ない浩太さんからの質問だった。


「浩太さんはどうするの?」


「俺か、そうだな、なんか今日この煮物食ったらたまには実家に帰ってみるのもいいかもしれないな、なんて思ってきたよ。まぁこの前姉貴の所で親にはあって来たんだけど、しばらく帰っていねぇからな。あとは友香の所っていう感じかなぁ」


「ふぅ―ンそっかぁ。私はバイトだよ」


「お盆休みねぇのかよ」

「ま、杜木村さんの話だとかなぁ――り暇なんだけど、お店はやっているんだって」


「そっか、あんまり無理すんじゃねぇぞ」

「うん、ありがとう。あ、そうだ水瀬さんはどうするのか聞いてない?」

「水瀬かぁ、そうだなそう言えば訊いてねぇな。どうしたんだ?」


「うんあのさ、服欲しいなぁって」

「服?」


「うん、どっかに出かける時の服、私ないんだなぁ。そろそろあってもいいと思って、服なら水瀬さん詳しそうだから」


「直接訊いてみたらいいじゃねのか」

「うん、そうなんだけど……」


そうなんだけどやっぱりさ、ちょっと気が引けるというか、いきなり私からじゃなんとなく。

最近よけいに水瀬さんを意識し始めている私がいるから。


「ま、いいか、明日それとなく訊いてみるよ」

「うん、ありがとう」

でもどうして私、水瀬さんを頼ったんだろう。


服選びなら、有菜でもよかったと思うんだけど、でも……なぜか水瀬さんの事が頭から離れなかった。


浩太さんがそれとなく、水瀬さんに訊いてくれたんだろう。

水瀬さんのお盆休みは、日帰りで、実家のお墓参りを済ませたらあとは自分のマンションでコスプレ衣装の手直しと、なんでも今会社やっているコンテストを進めるという事だった。


水瀬さんからメッセージが来ているのに気が付いたのは、休憩時間の時だった。

「服選びいいよう付き合ってあげる。繭ちゃんもお洒落に目覚め始めたかぁ。楽しみ」


「ありがとう、よろしくお願いします」なんか硬いよなぁ。まぁでもいいか、と送信してやった。


お盆休みまで後3日、浩太さんが言うには、この3日が最も大変だと。遅れている案件の調整と、休みはみんなちゃんと取らないといけないから、そのスケジュールの調整が難しいてぼやいていたっけ。でもそれが過ぎれば晴れて最低でも5連休が待っている。


中には土日を挟んでその時とばかりに有休を使う人もいるらしい。晴れて10連休の偉業を成し遂げるつわものもいるって言っていた。


「俺なんか10連休も取ったら体なまっちまって、もう仕事出来ねぇんじゃねのか」

なんて言っていた。根っからの仕事人間何だなぁ浩太さんて。


だからなんだろ。この前はマリナさんから強制有給取得で出勤停止を受けていた。でもそのおかげで浩太さんは友香さんとまた出会う事が出来たんだ。


でも思えば、本当に私は浩太さんとの関係はどれも間接的だけど、つながりが出来ていた。不思議なくらいに。やっぱりこのつながりは昭島さんが言ったように、お父さんとお母さんが私に仕向けた偶然なのかもしれない。



「先輩!」


水瀬がわざわざ俺のディスクのところまでやってきて声をかけて来た。


「どうした、用件があるんだったらメールすればいいだろ」

「ああああ、そっけないなぁ」水瀬がちょっとムスっとした感じで言う。


「なんなんだよ」


「繭ちゃんの事ですよ。服選びしたいって言ってたじゃないですか」

「ああそのの事か、忙しかったら無理とは言わねぇけどな」


「無理なもんですか、私物凄く楽しみなんですよ。だって繭ちゃんを着せ替え人形に出来るんですもん。えへへへ」


「み、水瀬お前そんなこと考えていたんだ」


「当たり前じゃないですか。あんな逸材そうそういませんからね。私は着るのも好きですけど、着させるのも好きなんですよ。そうそう、繭ちゃんの服選び先輩も付き合ってもらいますからね。予定を空けておいてくださいね、それを言いに来たんです。それじゃ」


「それじゃって、おい、俺がどうしても行かないといけねぇのか?」

「当たり前じゃないですか、先輩の好みに合わせてやろって言うんですから、その当事者がいなくてどうするんですか」


「俺の好み? なんでだよ!」

「さぁね、何ででしょうかねぇ」


含み笑いを俺に投げかけながら、水瀬は自分のディスクに戻った。


視線をディスプレイに戻し手をキーボードに向けた時、ふと俺の頭に、そう言えば、繭に何か買ってあげたいよな。彼奴何も自分から欲しい物言ってこねぇし……でも今回は服が欲しいって、初めてじゃないのか繭がそうやって言って来たのは。そうだよな、彼奴自分で買うつもりでいるんだろうけど、俺がプレゼントしてやってもいいよな。これくらいは彼奴にしてやってもいいんだよな。


そんなことを自問自答していた。



「まぁゆたん」


ドアを開いてニンマリとしながら、有菜はお店に予告通りやって来た。


「いらっしゃい有菜」

「やっぱり今日は空いてるねぇ。お盆が近いからかなぁ」


「どうだろう。お盆休みになるともっと暇になるらしいんだけど」

「あれぇ、繭たんお盆休みないのぉ」

「うん、シフト入れてるよ」

「そうなんだ」ちょっとがっかりする有菜。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもないんだけどさぁ。この夏休み繭たんと、どこにも行っていないよなぁてさぁ。本当は海でも行きたかったんだよねぇ。でもさぁ、もうこの時期になるともう遅いんだよね」


「まぁねそうかもね。アイスコーヒーでいい?」


「えーとね今日はパフェ食べたい」

「珍しいねパフェだなんて」


「別にぃ、だってアイスコーヒーで3時間はやっぱり迷惑かなって」


「なははは、有菜気にしてたんだぁ」

「えへへ、実はねぇ、ちょっとだけど」

「いいわよ、待っててね今作ってくるから」


「あ、繭たんあのね、さっきお店に入る時ちょっと気になったんだけど、変な男の人がさっきうろうろしてたんだよ。お店に入る様子もなくてさぁ、中を覘くような感じで物凄くヤな感じしてたんだぁ」


「え、それ本当? マネージャに言わなくちゃ」

事務室にいる杜木村さんに有菜から聞いたことを伝えて、急いで外に出てみた。でもそんな人はいなかった。


「いなかったよ有菜」

「そうぉ、変だなぁ。私来るときはいたんだよなぁ」


「ま、お盆も近いしこの暑さだ、少しばかり挙動不審に感じる人が出てきてもおかしくはないだろうけどな」


杜木村さんは苦笑いをしながらまた事務所に戻っていった。


でもその人物はいたのだ。


私を追い回すように、その身を隠し様子を遠くから見つめていた。

義父のその姿が……。

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