第194話 前略、釣りと恋バナと

「…………なんか、起きる気しないな」


 頭がもやもやでグチャグチャしてるなら言い訳もできるけど、ビックリするぐらいスッキリ。

 

「昨日寝る前はあんなに消えちゃいたかったのに」


 雰囲気のせい……じゃないけど雰囲気のせいにして。

 自分のせいだけど他人のせいにして、またつまらないことを言っちゃった。


「頑張るしかないのにね」


 頑張れ、そう言われたなら頑張る。

 当たり前だ、あたしもそうしたい。少しづつ変わっていけばいつかは音無椎名になれるはず。


 分かっているのに……嫌になる。

 弱音を吐きすぎた。でもいいや、どうせあと少しの仲なんだし。

 

 寝て、起きて。つまらない考えは消えた。

 相変わらず単純すぎる、あたしもなかなかシンプルだ。


 睡眠は人に与えられた救済だね。

 自分でも昨日とは別人になってしまったように、頭の中はクリアな感じ。昨日のうじうじはどこかに消えた。


「ん?なんかそんな映画があったね」


 一晩のうちに街と、街の人全ての記憶が組変わってしまうSF映画。確かそんな感じ。

 記憶は大事なもの。だから自分の記憶が薄れていくのは嫌だし、忘れられない記憶があるのは幸せだと思う。


 きっとあたしの頭も弄られて、都合の悪い記憶が消されてるに違いない。


「んー、見すぎ……じゃなくて見なさすぎ、かな?」


 趣味が恋しくておかしな妄想。

 そんな事あるわけない、どこまでいってもそんなつまらない人間なのだ、あたしは。


「顔洗って歯を磨いて……お腹も空い……たっ!」


 身体を丸めて跳ね上がる。

 うん、調子は悪くない。寝起きが良いのは長所だよね。


 すっかり私物が増えた物置。

 といっても歯ブラシとかの日用品だけど。


「んー……ちょっと腫れぼったいかも……」


 鏡の中のあたしはなかなかパッとしない顔をしてる。

 おいおい、それじゃあモテないぜ?いやモテなくてもいいけど、無関心でいるのもよくない。


 …………まぁ、いっか。そんなに目立たないし、顔を見られる機会も多くない。

 ぶっ壊れた涙腺がなかなか言うことを聞かなかったせいで、昨日はリリアンに手間をかけさせちゃった。


「まぁ済んだことだし、切り替え切り替え」


 さて、朝ごはんはどうしようかな。

 正直、昨日はあんまり食べれてないからここはガッツリと……


「えぇ、です─らどうに─してあの星を撃ち落とそう─と」


 ………………今なんて?


「撃─落とす、って─なぁ……」

 

 階段降りて一階。

 工房からなにやら不穏な単語が聞こえてきた。


 気になる……

 ちょっと聞かせてもらおうかな、壁に耳あり障子にメアリーってね。


「こう……す─く長い棒で─んとか……」


 長い棒……?


「おいオ───、こりゃあれか。お前─アホなの─、それともお前の影─でリ──アホになった──?」

 

 アホって聞こえた。

 ぜつみょーに聞き取れない。でも多分アホがいるとしたらリリアンの中の人だと思う。


「んー……」


 なんか居づらいな。

 朝ごはんは外で食べてくることにしよう。





「…………いやよ、なにしてんだ?セツナのねぇちゃん」


「ん、見てわからない?釣りだよ、釣り。まぁ今から始めるんだけどさ」


「……なんっか前にもあったような気がすんだよなぁ、こんなの」


「気のせいだよ、それより暇ならパラソルたてるの手伝ってよ。日焼けしちゃう」


 船のない船着き場で、ビジュアル系のボーカルのような銅像の側で、せっせと日陰を組み立てるあたしに都合良く手助けが。

 一度はやってみたかったんだよね、釣り。貸し出しの店があったのは良かった。日焼け止めも探せばあったのかな。


「そりゃかまわねーけどよ。なんで竿が二本もあるんだ?」


「んー、誰か来ないかなってさ」


「セツナのねぇちゃんは基本、その場のノリで生きてんだな」


「よせやい、照れる」


「褒めてねー……よっ」


 偉いぞ、さすが男の子。

 二人いれば多少重いくらいのものなら、手早く組み立てられる。


「釣ってく?」


「散歩中なんだけどな……ま、いっちょ釣ってくか」


「お、もしかして経験者?」


「島育ちなんだよ、こちとら」


 折りたたみの椅子も竿も二人分用意して良かった。

 そしてヒョウが経験者で本当に良かった。コレがどうにも触れない。


「ん」


「あん?」


「餌、つけてよ」


 意外とね、無理だった。


「…………いや、いいけどよ」


 目が、目が語ってる。

 虫触れねぇやつが釣りすんなって。





「釣れないね」


「まだ始めたばっかだぜ?」


 そりゃそうなんですが、もっとバンバン釣れると思ってたんです。

 竿を放り込めば魚の方から釣られに来ると思ったんです。


「ねぇ、ユキちゃんは?」


「寝てるよ」


「残念、会いたかったのに」


「暑くなってきたからなぁ」


「だねー」


 ……………………。


「恋バナ……しない?」


「セツナのねぇちゃんって……まぁ、いいけどよ」


 こう……誰でもいいから話がしたかった。

 したかったっていうか、とりあえず口に出してみたかった。


 ってか恋バナで通じるんだ。


「好きな人がいるんだけどどうしたらいいと思う?」


「そっちが話すのかよ、しかもめちゃくちゃフワッとしてるしよ」


 そんでもうとっくに死んでるんだけどどうしたらいい?

 とは口に出せないのであった、出さないのであった。


「まぁ、あれじゃね?とりあえず伝えてみたらいいんじゃねぇの?」


「んー……ちょっと遠くにいるんだよねぇ」


「…………あぁ、死んでんのか」


 ちょっと察しが良すぎない?

 マジですか、侮れないな子供の感性。


「あのセツナのねぇちゃんが、遠くにいる程度でやめるわけがねぇからな」


「……なるほどね」


 納得した。あの、には納得できないけど。

 そんでどうやら、告白して失敗したらどうしよう。そんな考えはないみたい。若いっていいねぇ。


「残念だったなぐらいしか言ってやれないけどよ、落ち着いたらまた別の人を好きになればいいんじゃねぇの?」


「それがなかなかできなくてねぇ」


「ま、そのうちいい人と出会えるぜ」


「なんかその人を代用品にしてるみたいで悪いよ」


「そうゆうもん……かなっ!」


 おぉ、さすが島育ち。

 見事に一匹釣り上げて、桶の中へ。


「セツナのねぇちゃんも若いんだからよ、悩めばいいんじゃね?」


 そう言って釣り竿を置く。自分よりも年下に言われてしまった、どうやらこのまま散歩に戻るみたい。

 ちょっと寂しい、一人で釣りができるにはまだまだ経験値が足りない。


「ねぇ、ヒョウ。この銅像どう思う?」


 あまりに場に合わない。羽の生えたビジュアル系ボーカルの銅像。

 なんだコイツ、お城でも見たぞ。


「コレの近くに女の子一人置いてくつもり?」


「セツナのねぇちゃんの方がつえーから大丈夫だよ」


 そりゃどーも、それなら続けようか。

 目標、せめて一匹。あわよくばみんなの夕飯。

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