第36話 前略、地下と料理と
「あらセツナちゃん、手際がいいじゃな〜い♡」
「ど、どうも……」
グツグツ、コトコト。
あたしは得意のブリ大根に調味料を加え、煮ていく。
少し多めのみりんと生姜、それと生姜を薄切りで少量加えるのがあたしのブリ大根だ。
空いた時間で両隣の女の子の手伝いをする。他の作業と平行してできるのが煮物のいいところ。
「あ、ありがとう……」
「ん、気にしないで」
煮崩れを防ぐため、ささっと手伝う。初めて料理するみたいだし、これくらいのお節介は許されるだろう。あとは煮ていくだけだ。
「まぁ!リリアンちゃん!あなたセンスがないわねぇ!」
「次に口を開いたらあなたから切り刻みます」
少し離れたところでリリアンとラヴさんの声が聞こえる。リリアンなりに必死なんだろうけど物騒だ。
……いや、少しは上達して帰ってきてほしい。
「はて?なんであたしは料理なんかしてるんだろ?」
大きなホワイトボードに書かれた『あの人のハートを射止める勝負飯』の文字。
あたしはつい1時間ほど前の事を思い出してみることにした。
「変態じゃないわよ、わたしはラヴ。ここテンカ塾の講師よ♡」
めちゃくちゃガタイのいい変態はそんな自己紹介をした。
テンカ塾……おそらくここが『テンカ』の地下。あたしたちのような弱者を収容し、再教育するための施設だろう。
これからあたしたちがどんな目にあうのか……想像に難くない。身構え、次の言葉を待つ。
「さぁ行きましょ!これからお料理教室なの、リリアンちゃんもセツナちゃんが起きたから行くわよね?」
んん?あたしは頭の理解が追いつかない内に連行される。なしてお料理?
「今にいたると……」
回想終了。見れば、ブリ大根は好みの味まで煮詰まっていた。
「はーーい!それじゃあ味見していくわよーー♡」
ラヴさんの号令。一皿盛り、評価を待つ。
今更ながら、ワンピースにエプロンは料理がしづらい、これは改善点として提案するべきだろう。
「うんうん、少し薄味だけどキレイに煮れてるわ〜♡」
あたしの隣の娘が評価されている。味まで整えるのはマナー違反かと思って手を加えなかったけど、それでよかったみたい。
「あらセツナちゃん!手際がいいわぁ〜ってみていたけど味までいいわね♡文句なしよ〜。いいお嫁さんなれるわ♡」
「ありがとうございます」
よくわからない状況だけど、自分の得意料理を褒められるのは嬉しい。
なんだか満足げな気持ちで他の人の評価が終わるのを待っていると……
「まずぅぅううーーーい!!!」
後ろからラヴさんの悲鳴、大体理由はわかるので振り返らない。
「リリアンちゃん!これはなにかしら!?射止めるって殺すって意味じゃないのよ!?」
「『ゴロゴロ野菜の熟成カレー』です。もちろん、胃袋を掴むつもりでつくりました」
なに?素手で掴む感じなの?そして握り潰すの?
「なにがゴロゴロ野菜よ!こんなの『そのまま野菜のダークマター』じゃない!死ぬわよ!?下手したら!」
「おかしいですね、前に作ってあげた人はあまりの美味しさに、しばらく反応できてませんでしたよ?」
おっと、嫌な思い出が蘇る。あぁ……ノノちゃんやボスは元気にしてるかなぁ……
「それは失神してるのよ!それが本当ならなにも進歩してないじゃない!」
「なにを言いますか、進歩してますよ。お米がギリギリお粥ではありません」
「前はお粥だったの!?」
ラヴさんのツッコミが身に染みる。えぇ、前は完全にお粥でした。
うんうん、と頷く。悲しみが蘇る。
「それにしても……こんなものを食べれるなんて……その人はよっぽどリリアンちゃんを愛してるのね♡」
「愛……」
違います。リリアンに殺されるか、リリアンのカレーに殺されるかの2択だっただけです。
「全く、しょうがない人ですね」
ため息混じりのリリアンの言葉。
でもそれが少しだけ満足げなニュアンスに聞こえたので、あたしからはなにも言わないことにした。
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