第11話 前略、少女と勇気と必殺技と!

「ああぁぁぁああああっっーー!!!」


 強い!早い!重い!今までの猿たちとは全然違うボスの力に絶叫。まさに叫ぶしかない。

 力の限り叫びながら、草原を走る!


「せめて斬れる剣なら!」

 

 ないものねだりしても仕方ないけど。

 ボス……というか猿の身体はゴムのようでゴムではない、刃物は通してくれない。けど


「叩けば通るし、殴れば伝わる」


 そのとおり、少しだけ戦った経験からそれはわかる、問題は。

 すでに手札は使い切った、手持ちの武器もなにもかも。今のあたしでは勝てない、今のあたしなら、いやさっきまでのあたしなら!


「そんじゃあいっちょいきますかー!必殺技!」


 逃げるのはもうお終い。立ち止まり、振り返る。

 ぶっつけ本番、それでも!


「こいつの速さは折り紙付きだよ!」


 なにせ2度もぶっ飛んだんだ、誰よりもわかってる。


 距離はとれてる、さんざん逃げ回った。

 もちろんこちらの攻撃は届かない。そのかわりに、ボスの手足も届かない距離!


 踏み込む、駆け出す。


 1歩、2歩──まだちょっと


 3歩、4歩──もうちょっと


 5歩──いこうか!


「ここで!」


 装備変更、片手剣から大剣へ。いつものブーツから両足の新しいブーツへ、自分からぶっ飛ぶのは初めてだった。


 踏み込む、飛ぶ、世界が加速する。

 少しだけ飛びすぎたかな?でも多少上でも問題ない。それくらい速い!


「おしまい!」


 加速の終わりにあたしの大剣はボスに食い込み、大きく身体を引き伸ばしていた。

 んん?……引き伸ばしていた?

 伸びるってことはつまり……


「ウキキ」


 言葉は通じてるのか、通じてないのかわからないけど。『勝ったな』ボスの表情からそんな言葉が伝わってきた。

 ふん、負けたな。


「ふんぎゃぁーーー!!!」


 自分でも出したことのない悲鳴と共に後ろに吹き飛ぶ。当然、ボロボロだ。


「痛いとかより……」


 情けない……いや、もちろん全身痛いんだけど。あたしは何度、こんなステキな体験をしなくてはならないのか。

 そろそろヤバいかも、立ち上がれない。

 見ればさっきまでボスとの一騎打ちを見守っていた猿たちがあたしを取り囲んでいた。もう決着はついたと言わんばかりに。


 諦めようか……


 ここであたしが諦めてもこの村の問題は時間が解決してくれるだろう。猿たちの絶滅をもって。


「それはちょっと違うよね」


 バカな考えを振り払う。諦める選択肢だけはない。たとえ死んでも。

 その後の後悔と比べたらなんでもない。


 まぁ、その前にあたしが絶滅させられそう。嫌だなぁ、あと1回は死んでも大丈夫だろうけど、それでも嫌だ。きっと痛いし辛いし。


 覚悟を決め、目を閉じる。殺すなら優しく殺してほしい。


 ボン!と大きな音が響く……なんだか辛い匂い?唐辛子みたいな。


 待っていても訪れない痛みに目を開く。あたしの周りには薄っすらと赤い煙が漂っていた。


 どうやら猿たちはこの匂いが駄目みたい。

 助けてくれた誰かを探す。振り返ると、それはすぐに見つかった。

 

 今日の朝泣いていた少女が、勇気をあげると約束した少女が、そこに立っていた。きっとあたしのために息を切らせて。

 やはり大きなリュックはトレードマークだろうか、そんな呑気な事を考えながら、少女を見る。


「ハァ……ハァ……セツナ…お姉さん……」


「どうしたのノノちゃん?初めてあったときのあたしみたいだよ?」


 できる限り明るく返す。

 立ち上がれない上に傷だらけで、あまり見られたくない姿なので声だけでも、態度だけでも柔らかく。


「そこはどうでもいいよ!そんなにボロボロで!」


「ごめんごめん、カッコ悪いよね、ダサすぎる」


 勇気をあげようって言ったのに、と続ける。

 今のあたしを見て、誰かが勇気づく事はないだろう。


「そんなことないよ!勇気をもらったよ!弱いのに逃げなかったセツナお姉さんは1番カッコいいよ!」


 面を向かって弱い、と言われるのはちょっとだけ傷ついたけど。カッコいいか……悪くない。


「うん、なら頑張らないとね」


 ポーチから薬草を取り出す。塗らずにそのまま口に放り込む。モシャモシャ、苦い。

 でも効いてる気がする、気休めでも気付けのために。


「それにしてもいいタイミングで来たね、ノノちゃん」


 さて、観客ができたぞ。今じゃなければいつ立ち上がる。


「実は今からあたしの必殺技で格好良くボスを倒すところだったんだ。だから……そこで見ててくれる?」


 虚勢なんかじゃない。あたしも勇気をもらった。

 嘘じゃない。だって今から嘘じゃなくなるから。


「うん!」


 ボロボロのあたしを見て、ノノちゃんは大きく頷き返してくれた。

 十分だ、待たせてしまったボスに向き合う。

 

 イベント中に襲わないなんて話しがわかる猿じゃないか。やっぱりわかり合えそう。


 でもそれは勝ってからだね。

 距離をとる、最初と同じくらいの距離を。


「そんじゃあいっちょいきますかー!」


 1歩、2歩──まだちょっと


 3歩、4歩──もうちょっと!


 5歩!心のなかで右手と両足の相棒に語りかける。いけるでしょ!


 踏み込む、飛ぶ、世界が加速する。そこからもう1歩!


 今までの無駄にしてたその1歩、それを加速の中で踏み出す、世界はもう1段加速する、後はあたしの時間だ。


 主人公に必殺技はつきものでしょ?名前はもうある。


 あとは叫ぶだけ!


「『セツナドライブ』!!!」


 瞬間──片手剣がボスの腹部に大きくめり込む、まだ加速は止まっていない。あとは!全力で!


「ぶっ飛ばーす!」


 気合と根性と愛や勇気、その他もろもろ含めて振り抜く!


 轟音と共にボスは猿山へ吹き飛び。戦いは終わった。あたしの勝ちで。


「セツナお姉さん!」


 ノノちゃんが駆け寄る。


「ええと……ええと……」


 うまく言葉にできないみたい。ゆっくりでいいよ。ノノちゃんの言葉であたしを労ってほしい。


「セツナドライブはダサいと思うよ!」


 フッ、と全身から力が抜ける。これはあくまで戦いに疲れただけであり。ノノちゃんの発言は関係ない。


 悲しくなんかない、傷ついてなんかない。


 だからこの涙も関係ない。本当だよ?


「ノノちゃんは大分……失礼だ……」


「セツナお姉さーん!」


 意識が落ち、倒れ込む寸前、あたしは初めて会ったときから、思っていた言葉をこぼしていた。

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