第68話 シルバー・ファング1


 旧拠点から今度は上り階段の方に向かって行く。通路には相変わらずのブラック・スライム。


 アズランが階段の下から上を見上げて、


「上の方がかすんで見えないんですが、この階段は何段くらいあるんですか?」


「ちょうど、300段。アズランはダンジョンの階段は300段って聞いたことない?」


「初めて聞きました。ここをのぼるのは結構大変そうですね」


『そんなことはないぞ。アズランもちょうど進化したあとだから、どれだけ自分がすごくなったか実感できると思うぞ』


「そうなんですね」


「そうだよ」


 今回も1段、2段と段数を数えながら階段を上ったのだが、トルシェに話しかけられて、それに受け答えしていたら、また数が分からなくなってしまった。


 ようやく、300段を上り切ったところで、


「299、300。ちゃんと、ぴったり300段ありました」とアズランの優等生的発言があった。


「へー、ほんとに300段あったんだ。わたしなんて、いままで一度も最後まで数えたことないのに、アズランえらーい」


 なんだよ、トルシェは自分で数えたことなかったのかよ。俺も数えようとして損した。


『ここの階には、二匹でペアになった緑のゴブリンが出てくるからそのつもりでいてくれ。そこの通路をまっすぐ行って突き当りを左に少し行くと、「大迷宮」へ抜ける孔が開いている。

 ここの通路は格子状になっているから、通路が交差したところで左右の通路を確認して、ゴブリンに挟み撃ちされないようにしないといけない。だけど、あいつら弱いし、こっちは三人もいるから、そこまで気にする必要もないかもな』


「そうは言っても確認するのに越したことはありませんから、私が先頭で歩きながら確認します」


『アズランのいう通りだった。いくら相手が弱くてもなめてかかれば思わぬところで足をすくわれるかもしれないからな。アズランよく言ってくれた』


「はい。それでは、行きましょう」


 アズランを先頭に、後ろでトルシェと俺が左右に並ぶ三角形のような形で、通路を進んで行くことになった。通路の交差するところに近づくと、アズランがシャッという感じで素早く前に出て、通路の角から、左右を確認してくれた。


「こちら側から、二匹の緑色をしたゴブリン?がやってきます」


『よし、それじゃあ、トルシェは左の一匹をたおしてくれ。アズランは右の方を頼む。その時アズランは、あれをやって見せてくれよ、例のヤツ』


「例のヤツ?」


『そう、例のヤツ。アズランの短剣「断罪の意思」でカッコいいセリフかあっただろ、アレだよ、アレ』


「はい、『しゅの御名のもとに断罪する』ですか?」


『そう、それ。どんな塩梅あんばいか早目に確かめておく方が良いだろ?』


 俺も、もっともなことを言ってみたのだが、単純に見てみたかっただけで提案したのだ。トルシェもうなずいてるだろ。早く見せろって。


「なるほど、そうですね」そう言って、アズランが短剣『断罪の意思』を鞘から抜き放った。


『それじゃあ、1、2、3で一気にいくからな。1、2、3!』


 俺は今の割り振りで、無職になったので、アズランの動きをゆっくり見ていられると思っていたが、アズランの動きはそんな生易なまやさしいものじゃなかった。


 30メートルほど離れた場所から、二匹横並びでこっちに向かって歩いて来るゴブリン。そこに向かって黒い影が残像ざんぞうだけを残して一瞬で通り過ぎ、振り向きざまに、


しゅの御名のもとに断罪する」という言葉が聞こえたところで、『断罪の意思』が一瞬光ったと思ったら、振り向きかけたゴブリンの心臓あたりに突き入れられた。ゴブリンは、その一突きで動きをとめ、突かれた傷口からは勢いよく緑の血が噴き出してきた。


 左のゴブリンもアズランにやっと気づいたようで、持っていたこん棒を振り上げようとしたみたいだがそれは果たせず、頭部の上半分がこめかみ辺りから上に向かってぜた。それこそ、シャンパンのコルク栓のように派手に吹っ飛んで行った。周りに配慮した素晴らしい魔法だった。トルシェを見たら俺に向かって右手の親指を上げて来た。どこでそんなのを知ったんだ?


 とにかくアズランのスピードはシャレにならない。俺の目でとらえるのがやっとのスピードだと、おそらくただの冒険者程度では、目で追うことはできないだろう。断罪の言葉の力は、正直ゴブリンだと弱すぎて、効果のほどがまるで分らなかった。


 戻って来たアズランに、


『断罪の言葉はどうだった? 俺から見ててゴブリンが弱すぎたせいか効果のほどがまるで分らなかった』と素直に感想を聞いてみた。


「自分の速さに驚きました。そこに行こうと思ったらもうそこに着いているようでした。断罪の言葉もすごかったです。今回、初めてゴブリンを相手にしたもので、肋骨の隙間が分からず、適当に『断罪の意思』を突き出してみたんですが、骨も断ち切ったはずが、水の中に短剣を突き刺したような手ごたえしかありませんでした」


「アズラン、いいなー」


「いえいえ、さっきのゴブリンの頭が吹っ飛んだのはトルシェさんの魔法ですよね。あれの方がよっぽどすごくないですか」


「え、そんなにすごく見えた? ちょっと今回は工夫してみたんだ。周りを汚さない気づかい? そういったものも加味してみました。みたいな」


『どちらも、すごかった。これでいいんだろ? それじゃあ行くぞ』




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