第58話 お礼参り


 トルシェから渡された服を着たアズランが先頭に立ち、『闇の使徒』の幹部がいるという街はずれに向かった。すでに時刻は真夜中なので、通りに人はほとんど歩いていない。


 ……


「ここです」


 たどり着いた先に建っていたのは、3メートルほどの高さの塀で囲われた、かなり大きな屋敷だった。塀の上には槍の先のような鉄製の突起が仕込まれているのでその塀を乗り越えるのは生身の人間だとかなり危険だ。


 広い通りに面した正面の門には簡単には壊せそうにない頑丈がんじょうそうな鉄製の両開きの門扉もんぴが門柱に取り付けてあった。とはいえ、今の俺たちにとってはこの程度のものはどうってことのない障害だと思う。


 通りから塀越しに三階建ての屋敷を見上げると、真夜中にもかかわらず何カ所かの窓から中の明かりが漏れていた。空振りではないようだ。


「塀をよじ登りましょう」と、アズランが言うのだが、


『別にそんなことしないでいいと思うぞ。アズランよく見とけよ。どれ、門扉を叩き壊すとするか』


「ダークンさん、やっちゃってください」


 トルシェが、どうぞ、という感じで両手のひらを上向きに広げ、門の方に向けて動かして見せた。『あかつきやいば』の5人を皆殺しにして吹っ切れたトルシェには、もはや怖いものなどないと言わんばかりに調子がいい。


 トルシェに乗せられたわけではないが、アズランに少しはいいところを見せようと思い、腰から外したリフレクターを両手で構えて門柱に取り付けられた蝶番ちょうつがい部分に思い切りたたきつけた。


 バーン!


 上の蝶番部分が吹き飛び、下の蝶番だけで支えられた扉がグラグラと前の方に傾いた。


 ドーン!


 今度は右足で、傾いてグラグラした片側の扉を蹴り飛ばしてやったら、門柱から蝶番ちょうつがいはじけ飛んで、5メートルほど扉が吹き飛んだ。


 これには、アズランも驚いたようだ。


 今の一連の大きな音で、屋敷の中が一斉に明るくなり、どたばたとうるさくなってきた。


 すぐに玄関の扉が開き、五、六人の男たちが中から出て来た。


 手にたいまつを持っている者、槍や剣を持っている者などがいたが、不用心ぶようじんにも鎧を着ている者はいなかった。この短時間ではさすがに鎧は着れないから、不用心とは一概には言えないが、着ていようがいまいがあまり俺たちにとっては差はないので、ある意味、動き易そうな今の格好の方が正解だろう。


 玄関から出てきた連中の中の一人が一歩前に出て、


「誰だ? 門を壊したのは、おまえたちだな!」


『ダークンさん、あいつが、私のターゲットだった男です』


『分かった。今すぐ殺してもいいがどうする?』


『ダークンさん、本来なら有無を言わせず皆殺しにするのが正解なのでしょうが、ここの『闇の使徒』の組織に少し興味がありますから聞き出せるだけ聞き出してみませんか?』


 最近のトルシェにしては、真っ当な意見だった。すこしは大人になったのか。俺はトルシェの精神的進歩が嬉しいぞ。しかし、カタカタ言葉しか喋れない俺が何かを聞き出すのは難易度が高い。どうすればいいんだ?


 俺たちが、門のすぐ近くで何も口に出さず突っ立ていたら、先ほどの男が、


「何もしゃべる気がないのならそれでもいい。おや、立派な鎧を着けているから、それなりの手だれかと思っていたが、何だ? そこの首からぶら下がっている木札は? Gランクの木札じゃないか。隣りの女も木札だ。あれ? そこのおまえ、今日ここに忍び込んだヤツだろう。『暁の刃』の連中は何をしている。殺せと言った相手が舞い戻って来てるじゃないか。

 まあいい。どうせザコの集まり。ひねりつぶしてやる。おまえたち、容赦ようしゃはするな」


 男の後ろに控えていた男たちが無言で前に出て来た。少し前に『大迷宮』の入り口で俺のことを見ていたヤツはこの中にいないらしい。


『ダークンさん、こんなところですか。それじゃあサックリ、アッサリ、っちゃいますか?』


『トルシェ、ちょっと待て。

 アズラン、おまえがこいつらをるか? おまえを罠にはめた連中なんだろ?』


『いえ、一人一人を相手にして戦うのでしたら何とかなりますが、正面から複数の敵とは渡り合えません。すみません』


『ダンジョンで鍛えればすぐにアズランも強くなるはずだから気にするな。それじゃあ、今度は俺がこいつらをっちゃうとするか』


 エクスキューショナーを鞘から抜き放ち、近づいて来るヤツらに向かって、一歩、二歩前に出てやった。右手のエクスキューショナーはまっすぐ前に突き出し、左手のリフレクターは、左肩に乗っけてかついでいる形だ。


『ダークンさん、カッコいー!』


『そうか? それじゃあ、アズランもいるし、いいところを見せてやらないとな』


 俺が、どうみても不用意ふよういそうに前に出てやっているのに、誰もかかって来てくれない。それどころか俺が前に出ると、合わせて一歩、二歩と後ろに引いていく。俺はお前らとダンスをしに来たんじゃないんだぞ!


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