光陰矢の如し

2020年12月20日。


クリスマス前、最後の日曜日。

商社で事務を担当している松本莉子(まつもと りこ)は大学時代の友人である相良杏樹(さがら あんじゅ)とランチの約束をし、駅前の広場にある大きなツバメの銅像の右に立っていた。


「あ、莉子ー!」


杏樹は相変わらず抜群のプロポーションで、すれ違う冴えない男たちの視線を釘付けにした。

大学時代は男子からの人気が凄まじく、莉子と共に所属していたバスケサークルでは毎月のように交際の申し込みがあったそうだ。


「杏樹、今日も相変わらず綺麗だね」


「やだもう、莉子。褒めても何も出ないよ。行こっか。予約ありがとうね!」


誰にでも向けられる、この笑顔。

これのせいで何人の男が餌食となっただろうか。


「私たち、もう31歳だよ。早く結婚相手見つけないと…」


莉子が、バスの自動ドアが開く時になる音に似た大きなため息をつきながらダージリンティーにミルクを入れる。


「だねー、焦ってきちゃった…」





「じゃ、またねー!ありがとうね」


二人は駅で別れた。

杏樹は電車で、莉子はバスで帰路に着く。

莉子はこの街に引っ越す際、便利だが騒々しい駅前よりも、駅から少し離れている静かなアパートを選んだ。


(プシュー)


莉子が数時間前についたため息のような音がなり、バスの自動ドアが開いた。

莉子の一つ前には杖をついた老女が並び、バスの入り口の段差を登るのに苦労している。


「おばあちゃん、お手伝いしましょうか?」


莉子が手を差し伸べると、老女はニコッとして身を委ねた。


「お嬢さんありがとう、大森ハツコと申します」


莉子とハツコは1番出口に近い席に座った。


「私はね、もう98歳なのよ。あっという間よ人生って。還暦のお祝いをしたのがついこの間のことのようだわ」


(38年前のことがこの間だなんて、ちょっと言い過ぎだよね…ははは…)


莉子はそう思いながら、100歳近いとは到底思えぬはっきりとした口調のハツコとたわいもない話をした。


「あ、私は次で降ります。ありがとう、またどこかでお会いいたしましたら、よろしくどうぞ」


「さよならー。お元気で!」





「莉子ー!」


2022年12月25日。


莉子は、杏樹と駅で合流した。


「クリスマスに女2人なんてねー。もう33歳だよ私たち」


杏樹が暗い顔でコーヒーに砂糖を入れた。


「ついこの前会った時も、似たような話をしたよね…」


莉子が口を開くとすかさず杏樹が、


「ついこの前?最後に会ったのって2年前だよ?」


とつっこんだ。


莉子の頭の中には、2年前のあの日にバスで会った老女の姿が浮かんだ。

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