47食目 ひみつの小鳥は黒い魔を帯びて
鼻をくすぐる香ばしい香りで私は意識が徐々に覚醒していくのを感じた。すんすんと本能だけで匂いを嗅げば、カフィの落ち着く香りだとわかる。
瞼を開くと、ノエルの顔とその向こうに僅かに天井が見える。
「―――レティシア様!」
「ノエル……?」
気が付けば私はどこかの部屋で横たわっているらしかった。まだぼんやりしていて頭に靄がかかったようだ。
「良かったです……本当に」
優しく頬を撫でるノエルの手はとても温かく、眠ってしまいそうになる。
気持ちいい……こうしていたいけれど、起きなくちゃ。
私は起き上がるとようやく状況を理解し始めた。ノエルは硬い長椅子に横たわる私を膝枕してくれていたのだ。だから、目の前にノエルの安堵した顔や天井が見えたわけだ。
ひ、膝枕……。
温かくて程よく柔らかい膝だった。まだ離れたくない惜しい気持ちと醜態を晒した恥ずかしさで胸がいっぱいになり、挙動不審に辺りを見回す。どうやらアルフレッドやディオンといたカフィの店の一室のようだ。
「レティシア様、お体の具合はいかがですか?」
「大丈夫みたい、痛いところもないわ。それよりアル……フレッド前国王様は?」
部屋には私達以外いない。お店の中というより、居間のような造りで机や椅子の他、戸棚や生活雑貨が置いてある。開け放った窓からは夕暮れのひんやりとした風が入り込む。
「今はお話しの途中だそうです。もうすぐ戻られると思います」
「そう……。あぁ、ノエルに迷惑をかけてしまったわね。膝……ありがとう」
「とんでもございません」
ノエルに迷惑はかけるし、前国王様には無礼なことばかり……。流石に気持ちが落ち込む……。
「ねぇノエル。私……こんなことで本当に父上に会えるのかしら」
ぽつりと、不安で言葉が出てしまう。
「会えたとして、こんな醜態を晒してしまわないかしら。ちゃんと、娘としてみてくれるかしら。こんな私を……許して……くれるかしら」
ノエルは私の言葉が途切れるのを待ってくれた。
「私はレティシア様が聖王様にお認めいただけないとは微塵も疑っておりません。それに以前お伝えしたとおり、すべてを敵に回したとしても私はレティシア様の味方です」
そう言ってノエルは私に微笑んでくれた。
いつもは冷静で鉄仮面みたいな顔してるのにな。
この優しくて慈愛に満ちた眼差しは、私だけしか知らない。私にだけ見せてくれるノエルの本当の顔。いつの間にか、不安もどこかへ逃げていってしまった。
「―――ありがとう」
ノエルにはいくら感謝しても足りない。どうしたらこの感謝の気持ちを伝えられるのだろう。
―――私の何を差し出せば、この恩に報いることができる?
無意識に私がノエルの手に自分の手を重ねようとすると、唐突に部屋の扉が開かれビクリと体が跳ね上がる。
「あぁ気が付いたのか、良かった」
無作法に入ってきたのはディオンだった。そしてその後ろにはアルフレッドとチャーリーがいる。皆心配してくれたのだろう、私を見て安堵しているようだ。
「ディオン……皆さん。突然倒れてしまってごめんなさい。私、びっくりしてしまったみたいで……」
私が立ち上がって頭を下げようとすると、それをディオンは優しい手つきで制止した。
「君が無事ならいいさ。体の具合はいいのか?」
「ええ、大丈夫よ。それで……商談は終わったの?」
「ああようやく話がまとまってね、これで新規出店を増やせそうだ」
嬉しげなディオンを押し退けて、アルフレッドが私の前に出た。
「レティシア、驚かせてすまなかったね」
「い、いいえアルフレッド様! 私が勝手に気を失ったことが悪いのですから―――」
「いいや、君に何度も無礼なことをしたのはワシだよ。どうか償わせてくれ」
償いだなんて、前国王様にそんなことさせられないわ。
「ならば、今は貸しということにしておけばいいだろう」
私が戸惑っていると、ディオンが助け船を出してくれた。
「君がいつか困った時に上手く使ってやればいいんだ」
「国王様を使うって……」
ディオンは物怖じしないので私の方が戦々恐々としてしまう。
でも、今は何も思い付かないしそれが一番なのかも。
「ワシは構わんよ、君は孫みたいなものだからな」
「ありがとうございます。アルフレッド様にそうおっしゃっていただけるなんて光栄です」
「もう、アルとは呼んでくれないのか?」
寂しげなアルフレッドに私はおずおずと声をかける。
「ア、アルさん……が良ければまたお茶をしましょう。今度は私のおすすめをご紹介しますね!」
「あぁ、楽しみにしとるよ」
そう言ってアルフレッドは嬉しそうに笑ってくれた。
身分が明かされたからって、相手が望んでいないのに態度を変えるのは失礼だわ。
そう思い、私は先程と変わらぬよう接した。気が付けば、体調の方もすっかり良くなっていた。
明瞭になった頭の中に本来の目的がパッと思い出された。黒い小鳥の捜索だ。あの黒い小鳥のことを話していいものかと考えたが、もし何か繋がりがあるとすればディオン以外にはいない。
彼は、黒影鷲なのだから。このことは私と彼の秘密だ。
「そうだわディオン。黒い小鳥を知ってる?」
私の不意の質問にも不適な笑みを絶やさない。相変わらず隙のない男だ。
「ほう。それがどうしたんだ?」
「さっき露店商でいただいたのだけど、宿の窓からどこかへ飛んで逃げてしまって探しているの。どこかで見かけなかった?」
「ふむ……」
ディオンは顎に手を当てながら、おもむろに部屋の窓に近づき外へ向かって手をかざした。
すると、甲高い鳴き声と共に小さく黒い何かが素早く彼の腕に止まった。
「あー!」
その光景を目にして、驚きを隠せず大きな声が出てしまう。
「―――君が探しているのは、この魔鳥だろう」
魔鳥と呼ばれるには愛らしすぎるその小鳥は、呼応するように小さく鳴いて私を見つめていた。
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